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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ

日本における旧ユーゴ圏のイメージはやはり90年代に繰り広げられた内戦を中心とした物が多いだろう。先日ブログで取り上げた、ボスニア・ヘルツェゴビナの映画監督アイダ・ベジッチの作品"Djeca"(この記事を読んでね)は内戦の傷が色濃いサラエボで懸命に生きる姉弟たちの姿を描いており、私たちの抱くイメージに重なる物がここにはあった。だから今回は逆に何処の国にだって広がっているだろう普遍的な"青春"というものを描き出した作品を紹介していこうと思う。

Nikola Ležaićは1981年8月6日、セルビアのボルに生まれた。十代の頃はコミックにハマっており、自身もSmogというグループで活動するなどしていたという。ベオグラードのFaculty of Dramatic Artsで監督業について学び、2005年に短編"Rain Smoke Man Woman"でデビュー。2007年にはアーネスト・ヘミングウェイの原作を元にした"Bokser ide u raj"(英題:Boxer Goes to Heaven)を監督、自身の兄弟を守るため主人公は2人の殺し屋に戦いを挑むのだが……というコメディ作品でベオグラード・ドキュメンタリー&短編映画祭で上映され話題になった。

2009年には自身の制作会社Smog Entertainmentを設立、CMやMVなど映像作家としても活躍(作品は監督の公式vimeoから視聴可)しながら、2010年には初の長編作"Tilva Roš"を手掛ける。

この物語の舞台は"赤い丘"と呼ばれる地域だ。一時期はセルビア随一の銅の産出地として隆盛を誇ったのだが、内戦や内戦後の民営化などのゴタゴタが原因で、町もかつての活気を失っている。現在では"ヨーロッパに開いた大穴"なんてアダ名がついてしまった。冒頭に現れるのはそんな"赤い丘"で遊ぶ2人の青年の姿だ。ビデオカメラを持って撮影している1人に対して、もう1人が叫ぶ、俺の姿撮っとけよ!そして彼はスケートボードにケツを乗せ、丘を勢いよく滑り落ちていく。おいマジで撮ったか!そんな言葉に返ってくる返事は、ぶれちゃってお前の姿ちゃんと映ってねーわ!

無二の親友であるステファン(Stefan Đorđević)とトード(Marko Todorović)は"赤い丘"で最後の夏休みを過ごしていた。秋になればステファンはベオグラードの大学に進学してしまうから、今が一緒に過ごせる最後の時間という訳だ。そんな彼らの趣味はアメリカのおバカ集団ジャッカスを真似て、ボクサーパンツ一丁で虫がヤバい草むらに飛び込む、香水を使った火炎放射を仲間にお見舞いする、キンタマ辺りに的を書いたブリーフを履きキンタマ目掛けて玉を投げ合うとそんなバカな行動を撮影してYoutubeにアップすることだった。だがそんなバカ騒ぎの間にも、2人の別れは迫ってきている。

"Tilva Ros"はトーダとステファンの姿を通じて、現代セルビアに広がる青春を映し出す。廃工場でスケートボードを駆り、帰りは友人の部屋に集まって誰も彼もがビールを呑みまくり、この時は永遠なんだと無謀で馬鹿げた行為に頭から突っ込んでいく姿。そして青春には恋だって付き物だ。久しぶりに町へと帰ってくるのは、フランスに留学している2人の幼馴染みデューニャ(Dunja Kovačević)だ。彼女は2人と再会を喜ぶが、どちらかと言えば仲睦まじいのはステファンの方だ。彼女たちが喋っているのを横目で見ながら、トーダ不満を抱いたり。良いとこ見せようと廃工場の足場から地面へ大ジャンプ!…………ながらミスって病院送りと空回り。撮影監督のMilos Jacimovicは太陽の光をふんだんに取り入れる撮影で以て、彼らの青春を瑞々しく描き出していく。

だが、ただ遊び呆けて楽しめる時間だけが青春なんかではない、暗い部分だってそこには存在している。それについて印象的なシークエンスがある。トーダたちがメキカという友人の誕生パーティーへと遊びに行った時、酒を呑みすぎて悪酔いしたメキカが壁に寄りかかり喋りまくる、俺はスケーターなんだよ、何でスケートやってんだよ、好きだからだよ、畜生、一体何なんだよ、そして段々と泣き顔を浮かべ始めながら、何なんだよ、だから俺はスケーターなんだよ、誰がとかじゃねえ俺が好きなんだからやってんだよ、バカが……と5分ほど同じことを延々と言い続けるのだ。何か、ここでかなりグッときた、こう、誰にだって悩みがあってそれを他の誰かに言いたい時はあるだろう、だが"若さ"はそれを表現できる言葉を与えてくれない、しかしそれでも何かを、何かを言わなくては耐えられないと同じことをひたすら口にしてしまう、この気持ちは痛いほど分かる。そしてこの叫びにダイレクトに共鳴したのがトーダだった。

中盤から物語はトーダへと焦点が定まっていく。大学も決まりデューニャと良い感じのステファンに対して、自分は金もないから大学に行けず、恋人もいないと不満を露にするトーダ。かと言って働く気なんか更々なく、スケートだけやって遊びたいと思いながら夏休みを無意味に磨り減らしていく。トーダの中にジリジリと沸き上がるのは焦燥感だ、でもそれって自業自得だろと切り捨てるのは容易いが、監督は彼の心に寄り添う。しかしここから不穏さも画面を包むこととなり、"若さ"への不満が爆発するあの悲劇の光景を予感する者も多いかもしれないが、"Tilva Roš"はもっとリアルな方向に舵を切る、つまり"中途半端さ"にだ。

トーダは焦燥感を様々な物に対してぶつけたり、罵倒として吐きかけたり、時には露出したりするが、そのどれも後戻り出来ない何かに発展するだとかそういうことはない、全てが何となくのうやむやさに収斂していく。映画としては見映えが足りないという意見もあるだろうが、私にはこれがリアルに思えた。青春の中で悩み苦しんだことは誰にでもあるだろう、だがその不満が突き抜けたことがあっただろうか、何もなんないんだよこれが、青春っていうのは実際何も起こんないんだよ、何も起こんないまま時は過ぎていつの間にか終わりがそこにある、青春っていうのは振り返るからこそ美しいのであって、その真っ只中にいる者にとっては何もない、だから苦しいんだ。

"Tilva Roš"は社会に迎合できない中途半端な少年の中途半端な反抗が中途半端な着地点に落ち着く青春の物語で、それだからこそ素晴らしい。舞台は例えセルビアという私たちに馴染みのない場所であったとしても、普遍的な"若さ"という苦しみがここには描かれている。

"Tilva Roš"はサラエボ映画祭でプレミア上映され作品賞を獲得、その後もロカルノワルシャワ、ザクレブ、オスロなど欧州の映画祭で上映、近年最も世界的に評価されたセルビア映画として話題を集めた。これ以後監督としては2014年にTVドラマ"Odeljenje"のパイロット版を手掛けたのみで、映像作家としての活動が主となるが、プロデューサーとしてサンダンス映画祭でも上映されたロードムービー"Neposlusni"を制作し、更に"Pogledaj Me"は現在製作中、次回作の脚本も既に準備しているそうだ。ということで監督の今後に期待。

参考文献
https://www.festivalscope.com/director/le-ai-nikola(監督プロフィール)
https://vimeo.com/nikolalezaic(監督公式Vimeo)
http://lezajenezan.com/#custom_plain(監督公式サイト)

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