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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について

ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
ケリー・ライヒャルトのデビュー長編"River of Grass"についてはこちらの記事を参照

1994年ケリー・ライヒャルトは初の長編映画"River of Grass"を監督、サンダンス映画祭ヴェネチア国際映画祭に出品され大きな話題となる。こうしてライヒャルトは映画作家として華々しいスタートを飾った、かと思われたが彼女の第2長編"Old Joy"は2006年に製作と12年ものブランクが開くこととなる。この空白期間、ライヒャルト監督は何をしていたのか?といえば、自分のスタイルを見出だそうと苦心していたと言うべきだろう。今回はこの12年の間に彼女が作っていた数少ない短編・中篇から1999年製作の"Ode"と2004年製作の"Travis"を紹介していこう。

まず紹介していくのは"Ode"だ、今作は映画「おもいでの夏」の原作を執筆したハーマン・ローチャー、彼の小説「愛のかけ橋 - ビリー・ジョーに捧げる詩」が元となっている。この物語の主人公は南部に住む少女ボビー・リー(Heather Gottlieb)だ。思春期真っ只中の彼女は恋愛に憧れているが、周りの少女たちが次々と恋人を作っているのとは裏腹に、自分にはそんな気配すらないことを気に病んでいる。"River of Grass"に続き監督はナレーションと彼女の独白で以て観客とボビー・リーの心を寄り添わせながら物語を進めていくのだが、道をとぼとぼと歩きながらボビー・リーは呟く、世界の全ては私の外にしか広がっていない、そこに私は居ないんだと。

しかし彼女にも気になる青年がいて、それが幼馴染みのビリー・ジーン(Kevin Poole)だった。彼はいつもタラハシー橋の周りにいて、川の水面を見つめたり芝生に寝転がったりしている。ボビー・リーは時々彼に会いに行き会話を重ねるのだが、関係は進展していかない。ある日彼女は思わず彼にキスをするのだがうやむやのまま別れることとなり、その後に会っても何かぎこちない空気が流れる中、突然ビリー・ジーンは姿を消してしまう。

今作においては撮影の面にこそライヒャルト監督の苦心が滲んでいる。前作は16mmフィルムによる撮影だったが、今回はスーパー8を駆使し自身が撮影監督も兼任している。画質は当然粗く手振れも激しいが、彼女はそんなスーパー8でいかに叙情的な画を作り出せるかを追究する。南部に広がる美しい自然、例えば鬱蒼と繁る森の緑や水面に反射する陽光の瞬きを彼女は雄大さ・繊細さそのままに捉えようとする。特に夕日を背景としたキスシーンは思わず息を呑むほどの美しさを宿しているが、同時に夜に至る前にだけ存在する切なさをも湛える。そしてそれは物語の悲壮なトーンへと繋がっていく。

突然消えたかと思うと突然タラハシー橋へと帰ってきたビリー・ジーンを、ボビー・リーは嬉しさと共に迎える。そして再会の喜びと共に芝生の上で2人は肌を重ね合わせるが、ビリー・ジーンは彼女を拒絶する。そしてビリー・ジーンは自分はゲイだと告白するのだ、しかし彼女は叫ぶ、そんなの間違ってる!と。自分の愛を拒まれた故の幼い怒り、それは理解できなくもないが、その幼さは時によって致命的な痛みとして作用する。監督は彼女たちの愛のすれ違いを無邪気さの終わりと絶望の始まりとして描き出す、そして2人を柔らかく包んでいた夕日は水平線へと消え、もう帰ってくることはない。

この"Ode"ライヒャルト監督の技術的な苦心が見られる1作として重要だが、ある意味ではそれ以上にマンブルコア、もしくはこの潮流において核を成す映画作家アーロン・カッツの登場を準備する作品として重要かもしれない。カッツの場合はデジタル・カメラで以て詩情を持たせるにはどうすれば良いか?を追い求める作家であり、"Quiet City"や"Cold Weather"などに加え、日本では現時点での最新作「ミッチとコリン 友情のランド・ホー!」の配信での鑑賞が可能だ。ちなみに上に載っているポスターを描いたのはなんと「キャロル」トッド・ヘインズライヒャルト監督の親友で、実は彼女の作品の製作も担当していたりする。

さてこの後2001年の短編"Then a Year"を経てライヒャルト監督はもう1作の短編"Travis"を手掛けているのだが、この時期の彼女は実験的な映画に傾倒しており、この映画もその傾向が明らかだ。まず映し出されるのは水彩画のようなぼんやりとした色彩だ、赤、青、灰、紫、黄と様々な色が溶け合い一瞬一瞬に姿を変えていく。そこに響いてくるのは女性の声、ごめんなさい、こんなことになるなんて、約束していたのに……悲痛な響きを宿すそれはぼやけた色彩とまた溶け合って異様だ。

この光景がランタイム13分の間ずっと続く故に、一体これが何を表現しているのか全く解らないとそんな観客も少なくない筈だ。しかし粗筋を読むとその一端が見えてくるだろう、この映画に使われている音声はアメリカのラジオ局NPRによる、イラク戦争によって子供を失った母親に対するインタビュー音声なのである。

この亡くなった兵士とその母の姿を思い浮かべながら"Travis"を眺めていると気づくことがある。色彩の中に何か、人の姿、もしかすると子供の姿が見えるのではないか。解説はない故に此処からは私の想像でしかないが、これは亡くなった兵士の子供時代に撮られたホームビデオではないかということだ。クレジットによれば今作もまたスーパー8で撮影された素材が使われているらしいのだが、つまりこの"Travis"はホームビデオを色彩が水に潤むように見えるまでに引き延ばした映像作品という訳だ。ここに息子の死を悲しむ母親の声が重なることで、この作品は喪の儀式として昇華される。大切な人を失った悲しみを越えるための涙として"Travis"は存在するのだ。ということでライヒャルト監督の初期作品2作を観ていったが、この苦悩の道筋が第2長編であり彼女の名を再びアメリカに轟かせる出世作"Old Joy"へと繋がっていく。

次回記事に続く↓
ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する

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その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
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その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
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