鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる

今、ブリテン諸島映画界を席巻する存在は何と言ってもベン・ウィートリーである。自身「ハイ・ライズ」フリー・ファイヤーなどの監督作で世界をブン殴る一方、プロデューサーとして異様な才能を持つ新人作家たちを世界へ巣立たせていく役割も果たしている。例えばこのブログで紹介しただけでも「バーガンディー公爵」のピーター・ストリックランド"The Greasy Strangler"のジム・ホスキングなどヤバい奴らがウィートリー門下生として世界に衝撃を与えている。

そんな中ウィートリーの長編作品の1つに、旅をしながら人々を次々とブチ殺していくカップルを描き出した「サイトシアーズ」という作品があるのだが、件のカップルを演じた人物、スティーブ・オラムアリス・ロウもまた映画監督としてデビューを果たすこととなる。オラムは"Aaaaaaaaah!!!"という登場人物がウホウホしか言わない凄まじい猿人映画を作り、そしてロウの方は…………ということで今回はアリス・ロウ渾身のデビュー長編"Prevenge"を紹介していこう。

この物語の主人公はルース(ロウ監督が兼任)という女性だ。彼女は娘の出産を間近に控えていたのだが、最愛の夫が山岳事故で亡くなるという悲劇に見舞われることとなる。悲嘆に暮れるルースだったが、彼女はある時自分の膨らんだお腹から声が聞こえてくるのに気づく。パパが死んだのはアイツらのせいだよ、あのクソ野郎共をブチ殺さなくちゃ、ママ!

“Prevenge”はその題名の通り、妊娠中(Pregnancy)の女性が愛する人を殺した相手に復讐(Revenge)するという頗るシンプルで頗る奇妙な映画だ。まるで神から啓示を受け取るかのように、お腹の赤ちゃんからの声に従ってクソ野郎共の腹にナイフをブチ刺し、クソ野郎共の頸動脈をブチ切っていく。監督が好きらしい70’&80’sディスコミュージックにマイク・リー仕込みのキッチンシンク・リアリズムと極彩色の不気味な幻想が交わるカオスによって描かれる、そんな血まみれ妊婦の復讐行脚っぷりはビジュアル的にかなり強烈だ。

そして英国印とも言うべきユーモア感覚もなかなか辛辣なものがある。やっすいアフロかつらを被った売れない男や仕事しか能のない孤独な女、出てくる登場人物皆が何とも惨めな人間ばかりだがそんな彼らの生態を露悪的なまでに黒い笑いで解剖していき、その後には文字通り……更に“健全な魂は健全な肉体に宿る”的な体育会系マインドやら何やら世界に蔓延る価値観をもブチ切っていく。先述した通り、ロウは元々コメディエンヌとして名を馳せた人物であり、その笑いは腹部もはらわたもブチ貫く程にキレッキレだ。

物語が進むにつれ、しかしもっと重要な要素が今作には現れることになる。ルースが産婦人科に来院した時、彼女は医師にこんな忠告をされる。妊娠すると心も身体もコントロールが効かなくなりますから、くれぐれも気をつけて下さいね。つまり“Prevenge”の根底にある恐怖がこれだ。お腹が膨らむ、ホルモンバランスが崩れる、悪阻で動けなくなる、乳房から母乳が漏れる、否応なくそうした体型/体調の変化が訪れることで、心のバランスまでもが崩れていく。この苦痛と鬱憤のよって心が崖っぷちに追い詰められてしまうことで、自分は何かとんでもないことをしでかしてしまうのではないか。今作ではそれが殺人衝動として大爆裂を遂げる。妊娠してる時はこんなに大変なんだウオオオオオオオオオオ!!!という凄まじいまでの叫びが彼女の行動には刻まれている訳だ(だから妊婦の苦しみを知りたい人はこの寓話を観よう)

これはロウ監督の実感でもある。というのも今作を撮影中、彼女は実際に妊娠6ヶ月という状態だったのである。そもそもロウは妊娠が発覚した時こう思ったそうだ。”私の身体に何が起こるの?死んじゃうの?ステップフォードの妻たちみたいに起きたら別人に変わってしまうの?肉体も精神も子宮の中にいる子供によって支配され、自分のものでなくなっていくんじゃ? 順調だった自分の人生が見るも無惨に破壊されてしまうんじゃ?と。更に映画業界の現状として母親になると仕事が激減するという状況があり、彼女は自分のキャリアが潰えるのでは?という恐怖にも怯えることになる。その最中、彼女に初長編を監督するチャンスが突如訪れる。妊婦の自分に監督なんか……と一度はオファーを蹴りながら、彼女はこの恐怖を作品作りに生かさず何になる、今しか出来ないことがあるんだと考えを改める。凄まじい勢いで脚本を執筆、11日間という驚きの短さで撮影を終え、そしてこの“Prevenge”という作品を完成させたのである。

少し話題が脇に逸れるが、この頃ローズマリーの赤ちゃんのような妊婦ホラーが復興の兆しを見せ始めている。例えばナターシャ・リオンがセックスも無しに妊娠したことから巻き起こる悪夢を描いた“Antibirth”“Prevenge”と同じ英国発のポランスキー正統後継スリラー“The Ones Below”デンマーク産の社会批判要素なども持ち合わせたゴシックホラー“Shelly”、更に件のローズマリーの赤ちゃんがTVドラマとしてリメイクされるなど、近年立て続けに妊婦ホラーが製作されているのだ。この群雄割拠の時代、それでも“Prevenge”は他と一線を画する存在だと断言できる。何せ監督本人が実際に妊娠中で、現在進行形の混乱と不安をダイレクトにぶつけているのだ。それ故に鬼気迫る覇気を今作は持ち合わせていると言える。

そして妊婦ホラー以外にもこの映画に影響を与えている作品がある。ロウ監督はインタビューでこんなことを語っている。“タクシードライバーは影響を受けた作品の1つです。今までずっと、なぜ女性版のタクシードライバーが存在しないのか考えていました。何で私たちには一匹狼で、異端のアウトサイダー的な女性がいないのかと。人々はタクシードライバーを観ても“何て酷い男性表象だ”と思いません、トラヴィスが1人の人間に過ぎないと分かっているからです。別に彼を好きになる必要もありません、というかどうして彼がそんな人物である必要があるでしょう? しかし女性キャラに関してはこういう問題が良くあるんです。“彼女あまり良い性格じゃないね、何で?”……脚本家として、俳優として私は何度も聞いてきた言葉です。でも誰が気にしますか、そんなの社会の決めつけですよ。そういう考えではフィクションにおいて独創的な作品は生まれないでしょう”*1

“Prevenge”はジャンル映画という鋳型を使うことで、観客に強烈な一発をお見舞いするような作品として仕上がっている。妊娠するということに否応なくつきまとう身体的/精神的な変化について、それといかに向き合っていかなくてはいけないかについて、その果てに母になるということの複雑さについて、そんなテーマの数々が一筋縄では行かない捻れと共に描かれる様は正に圧巻だ。

さて今作を含めて、今世界では女性監督によるホラー映画が隆盛を誇っている。ジェニファー・ケントの妊婦ならぬ育児ホラー「ババドック〜暗闇の魔物」アナ・リリー・アミールポアーのヴァンパイア・フェミニズムウェスタ「ザ・ヴァンパイア」(aka “The Girl Walks Home At Night”という最高の題名が……)を筆頭に、アナ・ビラーの「ラブ・ウィッチ」(実はブログには書いてないがこりゃ傑作である)、ジュリア・デュコルノ“Raw”サラ・アディナ・スミス“Buster’s Mal Heart”などなど多彩な作品が勢揃いだ。詳しくはこの解説記事を読んで欲しいが、別のインタビューでロウ監督もこんなことを話していた。

“最も成功した映画作家たちは得てしてホラーを作っていると私は思ってるんです。ですから女性たちがホラーを作っているのは、映画監督としてメジャーに進出する女性が多くなっていくことの兆しではないかと感じています”*2……ということでロウ監督と女性ホラー映画監督たちの活躍に期待!

参考文献
http://www.metro.us/entertainment/interview-prevenge-s-alice-lowe-on-how-to-make-a-horror-film-while-pregnant/zsJqcx---XYDPEJPE1POmA(監督インタビューその1)
http://screenanarchy.com/2017/03/interview-alive-lowe-talks-prevenge.html(その2)
http://www.indiewire.com/2017/03/alice-lowe-prevenge-horror-interview-1201795842/(その3)

ブリテン諸島映画作家たち
その1 Cecile Emeke & "Ackee & Saltfish"/イギリスに住んでいるのは白人男性だけ?
その2 Sally El Hosaini&"My Brother the Devil"/俺の兄貴は、俺の弟は
その3 Carol Morley&"Dreams of a Life"/この温もりの中で安らかに眠れますように
その4 アンドリュー・ヒューム&"Snow in Paradise"/イスラーム、ロンドンに息づく1つの救い
その5 Daniel Wolfe&"Catch Me Daddy"/パパが私を殺しにくる
その6 私が"The Duke of Burgundy"をどれだけ愛しているかについての5000字+α
その7 Harry Macqueen&"Hinterland"/ローラとハーヴェイ、友達以上恋人以上
その8 Clio Barnard&"The Arbor"/私を産めと、頼んだ憶えなんかない
その9 Joanna Coates &"Hide and Seek"/どこかに広がるユートピアについて
その10 Gerard Barrett&"Glassland"/アイルランド、一線を越えたその瞬間
その11 ベン・ウィートリー&"Down Terrace"/自分の嫌いな奴くらい自分でブチ殺せるよ、パパ!
その12 Joe Stephenson&"Chicken"/このトレーラーハウスから飛び立つ時
その13 ジム・ホスキング&"The Greasy Strangler"/戦慄!脂ギトギト首絞め野郎の襲来!

私の好きな監督・俳優シリーズ
その151 クレベール・メンドーサ・フィーリョ&「ネイバリング・サウンズ」/ブラジル、見えない恐怖が鼓膜を震わす
その152 Tali Shalom Ezer&"Princess"/ママと彼女の愛する人、私と私に似た少年
その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
その157 Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
その158 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
その160 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その161 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その162 Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……
その163 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その164 ポン・フェイ&"地下香"/聳え立つビルの群れ、人々は地下に埋もれ
その165 アリス・ウィノクール&「ラスト・ボディガード」/肉体と精神、暴力と幻影
その166 アリアーヌ・ラベド&「フィデリオ、あるいはアリスのオデッセイ」/彼女の心は波にたゆたう
その167 Clément Cogitore&"Ni le ciel ni la terre"/そこは空でもなく、大地でもなく
その168 Maya Kosa&"Rio Corgo"/ポルトガル、老いは全てを奪うとしても
その169 Kiro Russo&"Viejo Calavera"/ボリビア、黒鉄色の絶望の奥へ
その170 Alex Santiago Pérez&"Las vacas con gafas"/プエルトリコ、人生は黄昏から夜へと
その171 Lina Rodríguez&"Mañana a esta hora"/明日の喜び、明日の悲しみ
その172 Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと
その173 Nele Wohlatz&"El futuro perfecto"/新しい言葉を知る、新しい"私"と出会う
その174 アレックス・ロス・ペリー&"Impolex"/目的もなく、不発弾の人生
その175 マリアリー・リバス&「ダニエラ 17歳の本能」/イエス様でもありあまる愛は奪えない
その176 Lendita Zeqiraj&"Ballkoni"/コソボ、スーパーマンなんかどこにもいない!
その177 ドミンガ・ソトマヨール&"Mar"/繋がりをズルズルと引きずりながら
その178 Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で
その179 Alessandro Aronadio&"Orecchie"/イタリア、このイヤミなまでに不条理な人生!
その180 Ronny Trocker&"Die Einsiedler"/アルプス、孤独は全てを呑み込んでゆく
その181 Jorge Thielen Armand&"La Soledad"/ベネズエラ、失われた記憶を追い求めて
その182 Sofía Brockenshire&"Una hermana"/あなたがいない、私も消え去りたい
その183 Krzysztof Skonieczny&"Hardkor Disko"/ポーランド、研ぎ澄まされた殺意の神話
その184 ナ・ホンジン&"哭聲"/この地獄で、我が骨と肉を信じよ
その185 ジェシカ・ウッドワース&"King of the Belgians"/ベルギー国王のバルカン半島珍道中
その186 Fien Troch&"Home"/親という名の他人、子という名の他人
その187 Alessandro Comodin&"I tempi felici verranno presto"/陽光の中、世界は静かに姿を変える
その188 João Nicolau&"John From"/リスボン、気だるさが夏に魔法をかけていく
その189 アルベルト・セラ&"La Mort de Louis XIV"/死は惨めなり、死は不条理なり
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その227 パス・エンシナ&"Ejercicios de memoria"/パラグアイ、この忌まわしき記憶をどう語ればいい?
その228 アリス・ロウ&"Prevenge"/私の赤ちゃんがクソ共をブチ殺せと囁いてる