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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Farnoosh Samadi&"Gaze"/イラン、私を追い続ける視線

男女は平等であるはずなのに、どうしてこんなにも深刻な女性差別が罷り通っているのか絶望したくなる時が、この日本で生きていると本当によくある。女性専用車両への抗議やレイプ事件を告発した伊藤詩織氏へのバッシング、東京医科大学でのテスト点数改竄問題などなどその絶望には枚挙に遑がない。そしてそれは他の国に生きていても多かれ少なかれそんな気持ちを抱く者は少なくないと、映画に触れていると分かってくる。という訳で今回はイランにおける女性差別の実態を、その作品で以て告発する映画作家Farnoosh Samadiと彼女の監督作“Gaze”を紹介していこう。

Farnoosh Samadiはイラン出身の映画作家だ。Iranian Youth Cinema Societyにおいて映画製作を始め、数多くのビデオ・インスタレーションを手掛ける。そしてイタリアのフィレンツェ国立芸術大学で映画について学ぶが、この地で創作上のパートナーとなるAli Asgariと出会う。意気投合した2人は共に映画製作を始めるのだが、その記念すべき1作目が2013年の“Bishtar az do saat”だった。1組の若いカップルがある事情から真夜中のテヘランを駆け回る姿を描いた今作にFarnooshは脚本家として参加、カンヌ国際映画祭でプレミア上映後、釜山やナウサなどの映画祭で賞を獲得するなど高い評価を得る。そして2014年には共同第2作“Bacheh”を、2015年には歯医者へと赴いた男が直面する悲劇を描く“La douleur”を製作、着実にステップアップを果たしていく。その中から今回は“Bacheh”を紹介したい。

今作の主人公はナルゲス(Sahar Sotoodeh)というテヘランに住む大学生だ。彼女は親と離れて暮らしている故、休みに親の訪問を目前としていたのだが、ナルゲスにはある秘密があった。それは父の分からない赤ちゃんを産み、そして育てているという事実だ。この事実を隠し通すために、彼女は友人(Faezeh Bakhtiar)と共にテヘランを駆けずり回ることとなる。それでも子供を預けられる場所は見つからず、他の友人に電話をかけるもすげなく断られ、ナルゲスたちは2人途方に暮れてしまう。

Asgali監督はそんな彼女たちの姿をステディカムで執拗に追跡していく。それはダルデンヌ兄弟クリスティアン・ムンジウかと言った風の社会派リアリズムであり、息詰まる空気感が画面から濃厚に薫ってくる。彼はこの物語によってイランという保守社会における女性の劣悪な立場を鋭く描き出している。だが希望も存在している。ナルゲスと友人の絆は固いものであり、女性同士の連帯がここにおいて確かに希望となりうることを、絶望と平行して彼は示しているのである。

このイランに生きる人々の日常を描いた三部作を完成させた後、Farnooshは監督としても活動を始める。まず手掛けたのが2016年に製作されたAsgariとの共同監督作“Il silenzo”(「サイレンス」という邦題で日本でも公開済み)だ。主人公はイタリアに生きるクルド人移民の少女ファトマ、彼女は病院で母が乳ガンに冒されているとの告知を受けるのだったが……今作はベルリンで最優秀短編賞を獲得するなど世界中で高く評価されることとなる。そして2017年にFarnooshは単独初監督作である“Negah”(英題:"Gaze")を完成させる。

1人の女性(Marzieh Vafamehr, 自身も映画監督)がバスの座席に腰を下ろし、携帯で家族と会話している。だがその最中に彼女は場面を目撃してしまう。若者が老人から財布を抜き取ったのである。彼は女の視線に気づいてか、彼女の方へと向き直り淀んだ視線で睨みつける。

ここにおいてFarnooshは女性の表情にカメラを向けることになる。彼女の視線は時間と共に劇的に移ろっていく。最初は犯行現場と若者をじっと見つめながら、恐れを成した後には全てをやり過ごすように俯いてしまう。しかし最後には意を決して犯人を決然と見据えて、周囲の人々に対して彼の犯行を暴き出すのだ。

こうしてイランの新しい波を踏襲するような倫理劇が繰り広げられた後、しかし物語の風向きが変わっていくのに観客は気づくだろう男が逃げ出す前に乗客たちは彼を捕まえようとするが、一瞬の所で彼は逃げおおせてしまう。男が居なくなったことで安堵する女性だったが、それも束の間、窓から仲間のバイクに乗った男の姿が見え、安堵は再び恐怖へと引き戻されてしまう。

今作の英題は“視線”を意味しており、つまりはそれが核となっていく。バスに乗っている間も、バスから降りて自宅に向かう間も、現れては消える男の姿/視線に追いたてられ不安に怯える彼女の姿、それは女性にとっては多かれ少なかれ覚えのある光景なはずだ。誰かに追われている/周りの誰かが自分を襲おうとしている、この家父長制社会においてそんな恐怖は女性たちの日常に深く根づいてしまっている。“Negah”はそんな女性が日常的に感じるだろう神経症的不安を追体験させる試みに満ちている。ぜひともこの映画は男性が観るべきだと言えるだろう。

今作はAFI映画祭やティミショート国際短編映画祭で作品賞を獲得、世界中で好評を得た。彼女の次回作は脚本を執筆したAsgariの初監督作“Nepadid shodan”(英題:“Disappearance”)だ。先述した短編“Bishtar az do saat”を元にした本作は、若いカップルが巡る運命の一夜を描き出した作品でヴェネチアを皮切りにトロントサンパウロテッサロニキなど世界中の映画祭で公開され高い評価を得ている。ということでFarnoosh監督の今後に期待。

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