鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

お家でヴェネチア国際映画祭 総評

ということで半月かけてきたお家でヴェネチア国際映画祭もとうとう閉幕、オリゾンティ部門+ビエンナーレ・カレッジ作品15本中14作のチケットを買ってのめり込み、観たら記事を書くという日々を続けていたのでかなり名残惜しい。が、何にも終わりは来るということで総括として14本から見えてきた傾向と今後の展望みたいなのを書いてみたいと思う。(題名にリンク付いてる奴は、そこから監督紹介・レビューに飛べます)

まず目立ったのが“少年少女の不穏な青春”を描いた作品が割かし多く見られたことだ。クバ・チュカイ"Baby Bump"アナ・ローズ・ホルマー"The Fits"メルザック・アルアシュ"Madame Courage"ハダル・モラグ"why hast thou forsaken me?"アニタ・ロチャ・ダ・シルヴェイラ"Mate-me por favor"の5作に加え、配信はされなかったが新人賞・監督賞を獲得したブラディ・コルベット"The Childhood of Leader"もそのような作風の映画らしく、この不穏さは今年のトレンドと言っていいかもしれない。"Madame Courage"はラインナップの中で一番のベテランであるアルアシュ監督の作品だが、ダルデンヌ兄弟風にアルジェリアの貧困と青年の青春を描くも現実の提示に留まり、作品としての深みがないように思われた。それに比してホラグ監督の"why hast thou forsaken me?"は性と暴力の衝動に翻弄される青年の物語を徹底して禁欲的に描きながら、意図的かそうでないかは解らないが逆に官能的な魅力が溢れる、初長編とは思えない老成の仕上がりを見せていた。

そしてチュカイ監督の"Baby Bump"とダ・シルヴェイラ監督"Mate-Me por favor"は自分のやりたいことを全て詰め込む!という力強さに溢れた作品だった。前者は主人公の名前ミッキーハウスから明らかなように、アメリカのポップカルチャーからの影響を全く隠さない、ポップにふざけまくった演出が全編で繰り広げられながら、"思春期、親に性欲を抱いてしまうこと"ということを、ただ気持ち悪いと切り捨てるのではなく、むしろこれをとっかかりとして思春期のジェンダーセクシュアリティを真摯に描いていく作品で好印象だった。後者は連続殺人が郊外のコミュニティに波紋を広げ、主人公たちの青春が変貌を遂げる様を、不穏で濃厚な死の香りとラテン仕込みの陽気な生のステップを織り交ぜ描く、なかなかの怪/快作だった("The Fits"については後述)

ヴェネチアが位置するイタリアからは2作品が出品、偶然にも両作ともモキュメンタリー映画だったが完全に明暗が分かれる結果となった。レナート・デ・マリア"Italian Gangsters"は実在の犯罪者を演じる俳優たちの語り+ニュースや映画のフッテージ映像だけで構成された志高い作品だったが、その志が映画の面白さに些かも繋がっていない意味で致命的だった、14作品中最もつまらなかった作品はこれだと断言してもいい。対してアルベルト・カヴィリア"Pecore in Erba"は突然失踪してしまった若き偉大な活動家レオナルド・ズリアーニを称えるドキュメンタリー、という体で話が進むが、徐々に彼がユダヤ人差別・排外主義者であることが明らかになり、しかも彼の活躍でイタリアが素晴らしき純血主義に目覚めるという恐ろしい事実が発覚する。これはもちろん風刺劇だが、街中でヘイトスピーチが公然と野放しにされ、「日本が戦ってくれて感謝します」という名のおぞましい本がベストセラーになる日本は描かれるイタリアと大差ないではないか!……という意味で戦慄を覚えたのがこの作品だった、今の日本でこそ観られるべき傑作だ。

アジアからは3作品が出品、そのどれもが今の時代の暗い部分を捉えた作品だった。ヴァヒド・ジャリルヴァンド"Wednesday 9 May"は100万を無償で提供するという新聞広告をめぐる3人の男女の物語で、貧困や女性差別など現代イランの問題を描こうとする意図は伝わるのだが、3人の描き方がアンバランスで物足りない、徹底的に登場人物たちを追い詰めることで倫理へと深く切り込んでいく他のイラン映画に比べるとそのレベルに至っているようには到底思えない、踏み込みが甘すぎる。しかし他の2本は水準以上の作品だった。ペマ・ツェデン"Tharlo"は正に発見ともいうべき出会いだった。日本でも既に有名な映画監督だが寡聞にして私は知らず、この作品で初めて彼に触れたのだが、チベットを舞台に1人の羊飼いが時代から取り残されていく様を描きながら、間の抜けたユーモア、圧倒されるほどの崇高さ、そして胸を締め付ける痛切さが同じ映画の中に現れることには驚いた。固定長回しやPlanimetric Shotの使い方も絶品で、これほどの映画作家を知らない自分を恥じる思いだった。だがもっと驚かされたのはヴェトリ・マラーン"Visaaranai"である。前半は60、70年代の刑務所映画や何とはなしにインド映画と聞いた時に浮かべるイメージそのままの率直な力強さに溢れた作品だったのが、後半では一転、“敵は個人ではなくシステムである”というボーン三部作やスティーヴン・ソダーバーグ以降ともいうべき陰謀のスリラーへ劇的に姿を変えてしまう。それで収まりが付いているかと言えばYESだ、全く異なる2つの作品を繋ぐのは、踏みにじられる者たちへの哀れみと踏みにじる者たちへの怒り、そんな監督の強い思いが荒業としか形容しようもない作品に一本芯を通しおおせた、本当に素晴らしい作品だった。

今回はどちらかと言うと“何を語るか”ではなく“どう語るか”に主眼が置かれていた印象があり、その傾向の明暗はガブリエル・マスカロ"Boi Neon"サミュエル・コラデイ"Tempête"にハッキリと浮かび上がっていた。前者はブラジル東部に伝わる伝統文化"ヴァケジャダ"に携わる人々の生活を通じて、現代ブラジルの諸相を描く作品だった、今作はストーリー性をほぼ廃し、日常のみを淡々と描く。だがその描き方は印象的で、ゆるやかに流れる時間を長回しで優しくすくいとるドキュメンタリー的なアプローチが主ながら、その間に息を呑むほど美しく詩情豊かで、時には当惑するような光景を結いあわせ、観客を世界へと引き込んでいく、ラストの月明かりを映し出す長回しは圧巻で、この作品がグランプリを獲得したのも納得だ。逆に後者はストーリー性一本で物語を進めるタイプの作品だった。漁師である主人公は娘の妊娠をきっかけに、海に戻るか陸に上がるかとそんな選択を強いられることとなるとそんな作品だが、正直に言えばここの何か突出した物は何もない。既視感だけで構成されている作品であり、こちらは俳優賞を獲得したのであるが、そのストーリー性――それ自体が陳腐だが――が俳優の演技力を魅せることのできる時間をより多く提供したと、それだけで受賞したとしか思えない。

そして新人監督の活躍が多く見られたのも今回の嬉しい傾向だった。先に挙げた"Baby Bamp"、"Mate-Me por favor"、"why〜"、"Pecore in Erba"は全て監督にとっての初長編作であり、これらに加えヨルゴス・ゾイス監督の長編デビュー作"Interruption"ギリシャ映画界の未来を感じさせる作品だった。オレステスの逸話を下敷きにしたポストモダン劇が上演されているさなか、舞台上にコロスと名乗る7人の若者たちが現れ、不条理劇の舞台が上がる。ギリシャ映画界はグリーク・ウィアード・ウェイブと呼ばれる一連の作品群で世界的な名声を獲得したが、ギリシャ神話を取り込んだこの作品で奇妙なる波は新たなるフェイズに到達したと言っても過言ではないだろう。

そして最後に書き記しておきたいのが、アメリカ・インディーズ映画2作の赫赫たる輝きについてである。まずはジェイク・マハフィー"Free in Deed"、昨今アメリカでは“キリスト教啓蒙映画”ともいうべき、信仰が全ての人を救う的なジャンル(英語では"Faith-based movie"という)が隆盛を誇っているが、それに反旗を翻し“信仰こそが人を殺すとしたら?”という問いを強く突きつける作品が今作だ。映像詩的に紡がれる不穏な冒頭から、息子を助けたいがゆえに信仰にのめりこむ女性と、自身の中にある信仰が崩れ行く音を耳にしている男性、2人の出会いが悲劇を生み出す様を凍えるほどの痛烈さを以て描き出すこの作品は、オリゾンティ部門で最高賞を獲得したがこの采配も"Boi Neon"と共に納得いく結果といえる。だが私にとってこのヴェネチア国際映画祭での1番の発見はビエンナーレ・カレッジ部門のアナ・ローズ・ホルマー監督と彼女の劇映画デビュー作"The Fits"だった。“新人監督”による“少女の不穏な青春”と正にトレンド通りの作品なのだが。ただでさえクオリティの高い作品が並びながらも、この作品はその中でも断トツだった。ボクシングを学びながらもそこは自分の居場所ではないのではないか?という思いを抱く少女が、ダンスと出会い新たな自分を見つけだす、ストーリーとしてはシンプルだが、演出の凄みというのだろうか、映画を構成する全ての要素が彼女の采配で以て最高のゴールへと辿り着くというか、ストーリーは上述通りだが、不穏さを軸として、少女の灰色の青春が、いつ何が起こるか分からないホラー映画となり、最後には世界の終わり、もしくは始まりの正に1日目を描き出すSF映画のようになるのだ、このディレクションの巧みさは神業としか言いようがない。アナ・ローズ・ホルマー、絶対にその名前を覚えておいた方がいい、アナ・ローズ・ホルマー、それは映画界の未来を担う者の名なのだから。

で、個人的な賞としてはこんな感じ(オリゾンティ部門に則ると味気ないので、コンペに則っての作品賞です)
金獅子賞:"The Fits"監督アナ・ローズ・ホルマー
銀獅子賞:"Visaaranai"監督ヴェトリ・マーラン
審査員大賞:"why hast thou forsaken me?"監督ハダル・ホラグ
男優賞:"Free in Deed"デヴィッド・ヘアウッド
女優賞:"The Fits" Royalty Hightower
新人俳優賞:"Mate-Me por favor"の少女4人
脚本賞:"Pecore in Erba" アルベルト・カヴィリア
審査員特別賞:"Tharlo"監督ペマ・ツェデン

ということで全体としては、玉石混淆どころか大粒の映画揃いでこんな良い思いしていいのだろうかと思うほどだった。ヴェネチア国際映画祭の新作を日本の殆ど誰よりも先んじて観ることが出来たし、未来を担う才能にたくさん出会えたし、もう最高以外の何物でもない。あー名残惜しい、でもSala Webでは今後もどこかの映画祭と連携して新作バンバンやるらしいし、その時になったらまたこういう特別記事を書こうと思う。 それでは明日からは、普通に日本で知られていない作品とか紹介する鉄腸野郎に戻ります、引き続きこのブログ読んでね、それではサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……

ヴェネチア国際映画祭特別編
その1 ガブリエル・マスカロ&"Boi Neon"/ブラジルの牛飼いはミシンの夢を見る
その2 クバ・チュカイ&"Baby Bump"/思春期はポップでキュートな地獄絵図♪♪♪
その3 レナート・デ・マリア&"Italian Gangsters"/映画史と犯罪史、奇妙な共犯関係
その4 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その5 アルベルト・カヴィリア&"Pecore in Erba"/おお偉大なる排外主義者よ、貴方にこの映画を捧げます……
その6 ヴァヒド・ジャリルヴァンド&"Wednesday, May 9"/現代イランを望む小さな窓
その7 メルザック・アルアシュ&"Madame Courage"/アルジェリア、貧困は容赦なく奪い取る
その8 ペマ・ツェテン&"Tharlo"/チベット、時代に取り残される者たち
その9 ヨルゴス・ゾイス&"Interruption"/ギリシャの奇妙なる波、再び
その10 ハダル・モラグ&"Why hast thou forsaken me?"/性と暴力、灰色の火花
その11 アニタ・ロチャ・ダ・シルヴェイラ&"Mate-me por favor"/思春期は紫色か血の色か
その12 ヴェトリ・マーラン&"Visaaranai"/タミル、踏み躙られる者たちの叫びを聞け
その13 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば