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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻

ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
ジョー・スワンバーグの作品についてはこちら参照。

さて、スワンバーグは「ドリンキング・バディーズ 飲み友以上、恋人未満の甘い方程式」(邦題長すぎる)で初めてオリヴィア・ワイルドジェイク・ジョンソンなどのプロ俳優を物語の中心に据え新境地を開拓、完全に内向きなスタイルからメジャー寄りに舵を切ることになった。が、勿論それが自身のスタイルを捨てたということを意味しない。「ドリンキング・バディーズ」はむしろ有名俳優たちを自身のスタイルへと引き込んでいったという方が正しいだろう。そして主演俳優4人の中でも特に彼のスタイルに惹かれたのが、日本でもピッチ・パーフェクトでお馴染みなあのアナ・ケンドリックだった。

インタビューで彼女は撮影についてこう語っている。"エンド・オブ・ウォッチでも多くのアドリブをこなしたんですが、この作品くらいの規模では初めてでした。「エンド〜」は「ドリンキング・バディーズ」の補助輪になってくれた訳です。ロン(・リヴィングストン)やジェイク(・ジョンソン)、オリヴィア(・ワイルド)と私の4人はアドリブという分野でほぼアマチュアだったのでこんなやり方どうかしてる!とも思いましたけど、同時にやってやる!と興奮もしていたんです。だからアドリブのプロではなくともポテンシャルはある3人との共同作業は完璧なものになりました"……そうして意気投合した2人が再びのタッグを組んだ作品が2014年製作の「ハッピー・クリスマス」な訳である。

27歳のジェニー(「スリル 少女たちの危険なアクセス」アナ・ケンドリック)はクリスマス目前で恋人にフラれるという最悪な状況に陥ってしまう。傷心を引きずる彼女が向かうのはシカゴ、そこには兄のジェフ(スワンバーグが兼任)が妻のケリー(「Go! Go! チアーズ」メラニー・リンスキー)や息子のジュード(ジュード・スワンバー)が住んでいるからだ。兄の家にしばらく居候することになるジェニーだったが、早速友人のカーソン(「インキーパーズ」レナ・ダナム)とハメを外しすぎて醜態を晒すことに。ジェニーは兄やケリーから呆れられながら、特に反省する素振りもなく居候を続けるのだったが……

このようにあらすじ自体は、スワンバーグ作品ではおなじみ感溢れるものになっている。が、今作において彼は、前作に続いて自身の可能性を模索し、新たな要素を取り入れようと苦心する様が伺える。まず冒頭から、スワンバーグを追ってきた人ならオッ!と思わされるだろう。粒子の荒い画調から分かる通り、実は本作フィルム撮影(撮監は引き続きベン・リチャードソン)なのである。粒子と共に微かな赤紫色が混じる映像に、おもちゃ箱や飾付けられたツリーが浮かぶOPには今までの作品にはなかった懐かしさや、それにクリスマス前で何となく浮き足立っている空気感が満ちている。この選択についてスワンバーグはこう語っている。

"理由はいくつかあります。映画学校ではいつもスーパー8か16mmフィルムが使われていて、またそれで撮影したいという思いがありました。10年プロの映画作家としてやってきた間、業界ではフィルムが――私の目の前で――消え去ろうとしており、手遅れになる前にそうしたかったという理由もあります。それらに加え、今作に求めるアナログな暖かみと(このスタイルが)合っていました。登場人物たちが暖かくて居心地のよいブランケットに包まれているような感覚を求めていて、他にはその感覚が16mmフィルムにはあると"

そんな暖かな感触の中で物語は紡がれていくのだが、ジェニーの奔放ぶりは全然暖かくない。酒でやらかしたかと思えば、カーソンとつるんで色々やったり、ジェフ家に出入りするベビーシッターのケヴィン(「グリーン・ルーム」マーク・ウェバー)と良い感じになったりと自由ここに極まれりである。彼女に満ちるエナジーは伸び伸びと演じることの喜びを知ったアナケン自身が源になっていることは明確で、伸び伸びやりすぎてキャラが必要以上にクズと化してるきらいもあるが「ドリンキング・バディーズ」に続き勝手知ったるスワンバーグとの撮影は楽しいものだったよう。痺れを切らした妻に"兄なんだからガツンと言って!"と言われたジェフはジェニーのいる地下室へと赴くのだが、ソファーに座り口ごもる兄と我が物顔でパソコンを弄る妹、この何とも言えない沈黙の気まずさは2人だからこそ作り上げられたのだろう。

だが物語の中心になるのはジェニーだけじゃない。メラニー・リンスキー演じるケリーは小説家として作品も発表していたのだが、子育てに追われて現在は休業中、更にジェニーまで現れ何となく落ち着かない日々が続いている。だがある日彼女はジェニーから激励を受ける、何であんなに才能があるのに小説書かないの? 兄貴は映画監督として自由にやってんのに、あなただけ子育てにつきっきりって酷くない? 自分のやりたいことやりなよ!……そんな言葉に背中を押され、彼女は空きオフィスを借り執筆を再開することになる。

ここまで読んでくれればピンとくる方も多いが、ケリーのモデルは明らかにスワンバーグの妻クリスである(今作にもカメオ出演している)彼自身、インタビューで今作の着想源についてこう語っている。"始まりは私と妻との、今自分たちが置かれた状況についての会話からです。子供ができて私も(映画監督として)生計を何とか立てられるようになり、私は外で働き妻は家で息子の面倒を見るという形になりました。この状況は私たちにとって複雑なものでした。2人の独立した芸術家が"稼ぎ頭のお父さん、専業主婦のお母さん"という、従来の規範に即した状況に陥っているんですから。こんなことになるなんて予想もしていませんでしたよ(中略)そして妻は大変な時期を過ごしていて、そんな関係性について2人で話し合ってきたのですが、こういった状況を映画の中で観たことがないように感じました。スクリーンに映る結婚したカップルはこんな会話をしていない。でも映画には魔術が宿っています、自分はこの世界で独りじゃないと思わせてくれる魔術が(中略)ですから私はそれを描きたかったんです。(妻が抱くような)そういった思いを抱えている女性が自分は孤独ではないと知ってくれるように"

そしてスワンバーグはそんなジェニーとケリー、更にレナ・ダナム演じるカーソンを交え親密な雰囲気を作っていく。3人はケリーがどんな小説を書けばいいのか議論を重ねるのだが、創作意欲とマネタイズの折衷案から官能小説の執筆に乗り出すこととなり、嬉々としてネタ出しを始める。俳優陣が女子会気分で盛り上がってる感がありありと伺えるのだが、スワンバーグは物語のアウトラインしか脚本を書いていないので、ネタの数々は驚くことに全てアドリブである。更にこの場面が印象的なのは、スワンバーグ作品の撮影現場が実際こんな風なのでは?と思わせる程の親密さに満ちているからでもあるだろう。

アナケン以外の俳優陣についても少し。レナ・ダナムは言わずと知れたテン年代を代表する勢いのドラマ作品「Girls」のクリエイターであり、実生活では性差別などに対して積極的にコミットしていく勇気あるフェミニストとして有名である、が、一方で人種差別については脇が甘く差別発言を幾度となくブチ撒ける、白人特権におんぶにだっこの典型的な問題人物としてもお馴染み。マンブルコアとの関わりは、彼女の長編作品"Tiny Furniture"はこのムーブメントの影響下にあったり(マンブルコアとして括られるのは拒否している)、スワンバーグの「ハンナだけど、生きていく!」にも出演していたライ=ルッソ・ヤングの第2長編"Nobody Walks"で脚本を執筆していたり、更にタイ・ウェスト"The House of the Evil"「インキーパーズ」にもカメオ出演したりとガッツリ関わっていたりする。だがスワンバーグとダナムの大きな共通点は肉体への意識にあることも書くべきだろう。「Girls」では特に美男美女という訳ではない普通の男女が生々しい裸体を晒してセックスする描写が多いが、これは正にスワンバーグがやっていることと同じである。自分たちのリアルを語るには自分たちの肉体についても率直に映し出し語らなくてはならない、この意識は確実にスワンバーグからダナムへ受け継がれていると言えるだろう。

そしてもう1人の重要人物として挙げられるのがメラニー・リンスキーである。名前だけでは分からなくとも、ピーター・ジャクソン監督作乙女の祈りで強烈な演技を見せてくれた黒髪のぽっちゃり少女と言えばピンとくる方も多いのではないだろうか。故に彼女が一発屋だと思っている方もやはり多いと思うが、リンスキーはアメリカに渡り、主にインディー映画界で名脇役として活躍している。例えば「ウォールフラワー」「お家をさがそう」更にマイレージ、マイライフではアナケンと既に共演していたりする。そんな中で彼女の転機となった作品が何を隠そうこの「ハッピー・クリスマス」だったのだ。彼女は今作からマンブルコアに本格参入、更にデュプラス兄弟がHBOで製作した"Togetherness"では主要キャストの1人に抜擢され、更に盟友クレア・デュヴァルの初監督作"The Intervention"によってサンダンス映画祭の主演女優賞を獲得し、今正にリンスキネッサンスを迎えているのである。

ままならない若さを描いていたマンブルコアの作家陣が年を取るにあたり、ままならない中年期を描く上で、彼女を起用する理由はとても分かる。雨に濡れそぼち子犬のような幼い顔立ちに、まあまあ良い生活を送っているように見えて、自分の生きたかった人生を生きられていない故の不満と失望をも醸し出すぽよぽよ体型。この若さと老いの過渡にある者が持つ独特な不安定さを、佇まいだけで饒舌に語る彼女の存在はマンブルコアにぴったりな訳だ。

と、話がかなり逸れたが「ハッピー・クリスマス」は今までのスワンバーグ作品に比べると16mmフィルム撮影、本業俳優による洗練されたアドリブの数々、更に"The End"の妙なそっけなさなど異質な要素が多い。そしてその要素は、例えばスワンバーグが影響を公言する「ボブ&キャロル&テッド&アリス」「結婚しない女」ポール・マザースキーなど、60〜70年代の映画を指向している側面も窺える。そういう意味で今作は最もアナログな映画であり、形式的にジョー・スワンバーという名が意味する物から最も隔たっている作品でもあるのだ。

そして今作の問題は、スワンバーグ作品を何本も観てきて初めてその実験的な試みの実像が分かる訳だが、そういった物を取っ払ってみると内容は結構無難な所である。形式にこだわりすぎて、そのテーマについても掘り下げが甘いというか、突き抜けが足りないのだ。更にこれは日本特有の問題だが、日本に紹介された最初のジョー・スワンバーグ監督作がよりにもよって今作だったのだ。これはマズイ、何度も書くが本作は他作品を観た後にこそ観る価値があり、これだけ観たら"アナケンがクズで中身の薄めなコメディ"として認識される可能性が高い。だから個人的には先に「ドリンキング・バディーズ」「新しい夫婦の見つけ方」あるいは現在Netflixで配信中なドラマ作品「イージーを観るのをオススメしたい。本音を言えば"Kissing on the Mouth""Uncle Kent"を観てこそなのだが、まあ日本語じゃ観られないので……

最後にアナケンについてもう少し。「ドリンキング・バディーズ」「ハッピー・クリスマス」の2本で、俳優としての新境地を切り開いたアナケンだったが、次に出演したピッチ・パーフェクト2」で、彼女は何とセリフの半分をアドリブでこなすという行動に打って出たのだ。インディー映画ならまだしも、あの規模の娯楽映画でそれをやってしまうほど、スワンバーグは彼女に影響を与えたのだ。こうして彼の精神は様々な形で未来へと繋がっていっている。


参考文献
http://collider.com/joe-swanberg-happy-christmas-interview/(監督インタビューその1)
http://wegotthiscovered.com/movies/exclusive-interview-joe-swanberg-happy-christmas/(監督インタビューその2)
http://www.vulture.com/2013/08/anna-kendrick-drinking-buddies-interview.html(アナケン・インタビュー)

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?