2017年も1/3が過ぎたが、それが意味するのは世界最大の映画祭であるカンヌ国際映画祭が開催されるということだ。コンペティション部門にはトッド・ヘインズからポン・ジュノ、ノア・ボーンバックにミヒャエル・ハネケなどなど錚々たる映画作家が揃っているが、その中でも私が驚いたのがサフディ兄弟の選出だ。日本でも「神様なんかくそくらえ」が公開されている彼らは先述の作家陣に比べると未だ新人で、正に大抜擢とも言える選出だった。だが何故彼らが選出されることとなったのか? そんな訳で彼らを取り上げるべき時が来た訳だ。ということで今回から何度かに分けて、結果的にマンブルコアにおいて最も早くカンヌのコンペティション部門という世界の大舞台に躍り出たサフディ兄弟の道筋を追っていくことにしよう。
ジョシュとベニーのサフディ兄弟はニューヨークを拠点とする映画作家だ。ユダヤ教徒の家庭に生まれ、叔父は有名建築士のモシェ・サフディだという。ジョシュが2歳、ベニーがまだ生後6ヵ月だった頃に両親が離婚、母親の元で生活することとなる。しかし時々一緒に暮らしていた父親が映像作家だったというのもあり、彼らは子供の頃からビデオカメラを持って映画を作る日々を送ることともなる。ボストン大学で映画を学ぶが、この時友人となったAlez KalmanにZachary TreitzやBrett Jutkiewicz(彼らについてはこの記事参照)らと共に映像団体であるRed Bucket Filmsを結成することとなる。この繋がりを起点として、サフディ兄弟は多くの作品を製作することとなる。
まず最初に紹介するのは2006年製作の“We're Going to the Zoo”だ。今作の主人公はミッキーとジャコモ(ミッキー&ジャコモ・サムナー)という姉弟だ。ミッキーは弟のワガママに付き合い、動物園へと車を走らせる途中だった。ある時2人は髭面の青年ヒッチハイカー(ジョシュアが兼任)と出会い、行動を共にすることとなるのだったが……
サフディ監督と撮影担当のJutkiewiczは、そんな彼らの道行きをビデオの荒すぎる画で描き出していく。その歪んだ色彩とノイズには映し出される世界の空気が濃厚に練り込まれている。青年は騒音まみれの道路の傍らで寝転がり、ミッキーは公園の片隅で野ションし、ジャコモはわざと大きな声を出して彼女を困らせる。そんな3人が集まるとなると騒動は必死で、ダイナーで食い逃げを図る場面には荒々しい臨場感とスリリングな活力が漲っている(更に一捻りがあるのだが、それは秘密)
きょうだい役を演じる俳優たちは名字の通り実際にきょうだいでほぼ本人役を演じていると言っていいのだが(ちなみにミッキーらはあのスティングの子供)、こうして本人たちを起用し彼らの人生を映画に反映させるやり方はマンブルコアの手法に共通していると言えるし「神様なんてくそくらえ」まで続くサフディ兄弟の手法はここにおいて既に芽を出している。こういった風にサフディ兄弟の持ち味は目前の空気をそのまま切り取るダイレクトな筆致と言えるだろうが、この頃の映画製作には未だ様々な試行錯誤が見られる。
例えば後にネット恋愛の暗部を描く“Carfish”のクリエイターとなるアリエル・シュルマンとの共同監督作“Jerry Ruis, Shall We Do This?”は言葉遊びと疑似スプリットスクリーンで以て敢えて学芸会的なすっちゃかめっちゃか振りを目指したコメディ作品だ。2007年製作の“I Think I'm Missing Parts”はある町に生きる人々の姿を、白黒映像でとりとめもなく描き出す叙情的な作品で、ある種の感傷と共に世界が豊かに広がっていく心地よい感覚は今の作品群にはない魅力がある。
そしてこの時期において最も洗練された作品と言えるのが“The Back of Her Head”だ。物語の舞台はニューヨーク・ボストンのとあるアパート、最上階の住む気弱な青年(ジョシュアが兼任)は3階下に住むシャーロット(Charlotte Pinson)という女性に恋をしていた。しかしシャイな彼は、騒音に驚き窓から顔を出した時に見える彼女の後頭部しかまともに見ることが出来なかった。
本作は窓を通じて誰かの人生を垣間見ると、そんな群像劇に仕上がっている。青年の下に住んでいるのはシャーロットの他にも気難しいヒンドゥー教徒の老人(Jagdeep Singh)に窓からゴミを投げまくるクソ英国人(Jake Sumner)がいる。ゴミが落ちる騒音のせいでこの一帯では騒動が耐えないが、端から見ればそんな様子は頗るおかしい。
喧騒に揉まれながらも、青年は片想いの相手に近づこうと必死になる。しかしそれには大きな障壁がある、彼女には恋人(Stephen Schneider)がいたのだ。だが喧嘩の声が聞こえるなど関係は冷え込んでるらしい。この期を見計らい、青年は人知れずシャーロットの窓に置いてある花壇に水を上げたり、ペットに暴力を振るう彼氏の悪行を告発したり、あの手この手で彼女の信頼を獲得しようとするのだが……彼の奮闘が洒落たユーモアで描かれる様は、ヒッチコックの「裏窓」をウディ・アレンが監督したら、というifが実際に再現されているかのようだ。もちろんサフディ兄弟なので恋の道行きは一筋縄で行く筈もないのだが。
そんな中で、彼らの今後を決定的づけた短編が1作存在する。それこそが“The Ralph Handall Story”だ。今作の主人公はラルフ・ハンドール(ベニーが兼任)という売れないスタンダップ・コメディアンだ。昼に仕事をする傍ら、夜はコメディクラブでジョークを披露するのだが、芽が出ることは全くない。単調な毎日に磨り減りながら、無意味に日々は過ぎていく。
今作の様式はいわゆるシネマヴェリテと呼ばれる様式に則っている。カメラを担いでストリートに乗り込み、目の前に広がる風景を切り取っていく生のスタイルだ。監督はこのスタイルで以て”ラルフ・ハンドールを追うドキュメンタリー”という体の映画を作り出そうとする。ハンドールの主に映画が中心のジョークは傍目から見ても味気ないものばかりで、実際笑いは疎らも疎らだ。更に自分の惨めな人生をネタにしても受けやしない。ボロボロの笑いだけが響く。印象的なのはショーの翌日、スーツを職場の洗濯機で洗う彼の姿だ。薄笑いを浮かべる彼の背中には惨めと一言で切り捨てられない悲哀が滲む。
だが今作の本当の主人公はニューヨークそれ自体と言えるかもしれない。ラルフが日夜行ったり来たりを繰り返す大通りの猥雑さ、彼が買い物に寄る雑貨店の親しみある空気感、今は亡きビデオレンタル店ブロックバスターの浮き足立つような匂い(そして懐かしさよ、RIP)、ジョークを披露するクラブに満ちるしらけっぷり。荒々しいカメラワークによって焼きついたニューヨークは、さもすれば自分がこの目で実際に見るニューヨークの街並みよりも生々しさを以て迫ってくる。それは一体何故だろうか?
劇中、幾度となくラルフがジョークを披露する姿が現れるが、これは演技ではなく彼を演じるベニーが本当にネタをやっている姿を隠し撮りしたものなのだ。ベニーはこの撮影のためにコメディアンとして活動していたのである。つ生々しさの淵源はここにある。生身で銃弾と血煙に満ちた戦場へと赴くかのように、彼らは生のNYに飛び込んでいくのだ。この彼らの荒々しい美学が作品を荒々しいまでに洗練させていくのだ。
だが荒々しさだけでは勿論彼らがあそこまでスターダムを駆け抜けることはなかっただろう。もう1つの重要な要素は武骨さの中にある豊かな詩情だ。ハンドールが闇と白色灯の交錯する路地をとぼとぼと歩く姿には人生の哀感がこれでもかと詰まっている。ジャコモが車の窓から棚引かせるトイレットペーパー、それが風を抱いてまるで飛行機雲のように揺れる姿には、倦怠感に満ちた日常を一瞬のうちに変えてしまう無邪気で魔術的な魅力が宿っている。こうして短編製作の中で技術を磨いてきたサフディ兄弟は長編デビュー作“The Pleasure of Being Robbed”によって、世界の表舞台へと躍り出ることとなる。
結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら