リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
リン・シェルトン&"Humpday"/俺たちの友情って一体何なんだ?
リン・シェルトン&「ラブ・トライアングル」/三角関係、僕と君たち
リン・シェルトン&"Touchy Feely"/あなたに触れることの痛みと喜び
リン・シェルトン&「不都合な自由」/20年の後の、再びの出会いは
リン・シェルトンの経歴および長編作についてはこちらの記事参照
マンブルコア作品は主人公の半径数mの世界だけを描き出す故に、ぬるま湯のような関係性に浸かり続ける若者たちの話が多かった。しかしマンブルコアに属する作家たちが成熟するにつれて、彼らはそのぬるま湯から抜け出して新たな作品を作っていこうとし、実際にぬるま湯の関係性に決着をつけるコミットメントについての作品が作られ始めた。今回紹介するリン・シェルトン監督の第6長編“Laggies” aka「アラサー女子の恋愛事情」は正にその趨勢を象徴するような作品となっている。
この物語の主人公はメグ(「サンダーパンツ!」キーラ・ナイトレイ)という28歳の女性、彼女は20代も後半に差し掛かりながら定職にもつかずプラップラ生きる日々を送っていた。だが何もかもを先延ばしにしてきた末、友人であるアリソン(「アンブレイカブル・キミー・シュミット」エリー・ケンパー)の結婚式の日、長年の付き合いである恋人のアンソニー(「スノーデイ/学校お休み大作戦」ポール・ウェバー)からプロポーズされてしまう。気が動転したメグは車で逃走を図るのだったが……
序盤において描かれるのはメグのダメダメな性格についてだ。冒頭においてはしゃぎまくるメグと友人たちを移した10年前のビデオ映像が流れるのだが、彼女はその時代の感覚を今でも引きずったままに歳を取ってしまった訳だ。周りは大人になり結婚したり子供を妊娠したりと、確実に人生のステージを進んでいっているのに、彼女だけが取り残されてしまっている。その癖就職カウンセラーの元に行くと言いながら、実家のソファーに寝転んでテレビを見ていたりと、本人に前へと進む気がないのだ。そこでプロポーズだなんて、彼女にとっては寝耳に水の出来事だった訳である。
そして夜の町へと逃げ出したメグは、偶然アニカ(「27年後……」クロエ・モレッツ)という少女たちに出会う。酒を買ってあげたのが縁でメグは彼女たちと仲良くなり、スケートボードで遊んだり、家に大量のトイレットペーパーをブン投げたりといろいろなバカやりまくってあの頃に戻ったような感覚を味わう。こうしてアンソニーと結婚から逃げ続けるため、なし崩し的にメグはアニカの家に居候することとなる。
この“Laggies”はシェルトン作品史上、最もマンブルコアから離れて且つ最もメインストリームに近い作品となっている。過去の荒削りさは全く皆無の洗練ぶり、俳優陣も前作に続き有名俳優が勢揃いという豪華さ、何より違うのは今作は初めてのシェルトン自身が脚本を執筆していない(執筆者は小説家のアンドレア・シーゲル)点と言えるかもしれない。だが本作には確かにシェルトンの代名詞である深いヒューマニズムが宿っており、その意味では紛れもなくシェルトン作品だと言えるだろう。
その通りに監督はヒューマニズムを縁として、繊細に登場人物の心情を追いながら物語を進めていく。同居生活を始めたは良いが、メグは速攻でアニカの父親であるクレイグ(「N.Y. 少女異常誘拐」サム・ロックウェル)に見つかり、詰問されてしまう。しかし嘘をこねくり回した末、クレイグから許可を勝ち取ったメグは居候を続けるのだったが、同時にシングルファーザーだというクレイグに対して惹かれ始めている自分にも気がつくことになる。
さて、ここからは俳優陣を順に追っていこう。まずサム・ロックウェルはいつものハジケキャラを封印して節度ある弁護士役を演じており、いつもとは違う雰囲気を漂わせている。クロエ・モレッツは正に今どきといった感じの少女を巧みに演じており、ナイトレイ演じるメグとの掛け合いは抜群に楽しい。そして彼女の存在感があってこそ、今作は年の離れた女性同士の友情もの(ロマンシスもの)としても珠玉の出来となっている。
そしてメグを演じるキーラ・ナイトレイだが、彼女は時代物に多く出演(2018年の最新主演作も小説家コレットの伝記映画“Colette”だ)しているクラシックな英国人俳優な訳で、現代劇の印象は「ラブ・アクチュアリー」ぐらいしかない。そんな人物がアメリカの典型的なダメダメこじらせ女子役を演じるというのはミスマッチ、かと思いきやいやいやさすがの演技力で以て、等身大のダメっぷりをあっけらかんと演じきる姿は驚嘆の声を上げる他ない。
“Laggies”に描かれるのは上述の通り、ぬるま湯に浸かっているような生活を送る女性のフラフラを描き出した作品だ。しかし劇中で彼女は友人にこう言われる。“自分をダメにするのは止めて、大人にならなくちゃ”と。そうしてメグは様々な騒動を乗り越えながら、誰かに道を決めてもらうのではなくて自分で道を決めていけるような大人になっていく。だからこそ“Laggies”は変化を恐れている人々に捧げられるべき、ちっぽけだけど輝いている勇気についての物語なのだ。
結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
その63 サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
その66 サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら
その67 ライ・ルッソ=ヤング&"Nobody Walks"/誰もが変わる、色とりどりの響きと共に
その68 ソフィア・タカール&「ブラック・ビューティー」/あなたが憎い、あなたになりたい
その69 アンドリュー・バジャルスキー&"Computer Chess"/テクノロジーの気まずい過渡期に
その70 アンドリュー・バジャルスキー&「成果」/おかしなおかしな三角関係
その71 結局マンブルコアって何だったんだ?(作品リスト付き)
その72 リン・シェルトン&"Humpday"/俺たちの友情って一体何なんだ?
その73 リン・シェルトン&「不都合な自由」/20年の後の、再びの出会いは
その74 リン・シェルトン&「ラブ・トライアングル」/三角関係、僕と君たち
その75 リン・シェルトン&"Touchy Feely"/あなたに触れることの痛みと喜び
その76 リン・シェルトン&「アラサー女子の恋愛事情」/早く大人にならなくっちゃなぁ