鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アサフ・ポロンスキー&「喪が明ける日に」/イスラエル、哀しみと真心のマリファナ

主人公たちがマリファナを吸いまくってマリファナで笑わせまくってマリファナって最高!と大団円に至る、いわゆるストーナーコメディというジャンルがある。「チーチとジョン〜スモーキング大作戦」「ハロルド&クマール」シリーズなんかがその例だが、私とそのジャンルの出会い方は悲惨だった。あの悪名高い「スモーキング・ハイ」を観た私は、マリファナなんて男の友情最高!なクソホモソーシャルを強化する道具でしかねーじゃんという感じになってしまったのだ。だが今回紹介するのはそれとは全く違う、もっと真摯にマリファナを愛する気持ちの詰まったイスラエルストーナーコメディ“One Week and a Day”だ。

Asaph Polonskyは1983年アメリカのワシントンDCに生まれた。その後はイスラエルアメリカを行き交いながら、PVやテレビ番組を製作する。映画監督としてはとある孤独な男の姿を描いたスリラー"Ritch-Ratch"(2008)、70代の夫婦がめぐる緊急事態を描いたコメディ"In Bed at 10 PM"(2010)などを手掛ける。2013年には学校の卒業制作として短編"Samnang"を製作、カリフォルニアを舞台にカンボジア移民である男性の日々を描き出した作品はミラノ国際映画祭の短編部門で作品賞を獲得するなど話題になる。そして2016年には初の長編監督作"One Week And A Day"を完成させる。

この物語の主人公はエヤルとヴィッキー(Shai Avivi&Evgenia Dodina)という中年夫婦だ。彼らはつい先日最愛の息子であるロニーを亡くし、ユダヤ教における喪の儀式であるシヴァを終えたばかりだった。1週間の儀式の後、2人はいつもの日常に戻ろうとするが、そう簡単に戻ることなど叶わない。そんな中でエヤルはある行動に出る。

その行動というのがマリファナである。彼はロニーがいたホスピスへと赴き、病室から彼が吸っていたらしい医療用マリファナをせしめてくる。様々な障害を乗り越え、何とかそれを家まで持ち帰ってきたエヤルだが吸い方が分からない。ということでロニーの親友だった隣人夫婦の息子ゾーレル(Tomer Kapon)を呼びつけ、彼は人生で初めてのマリファナに挑戦する。

息子の死とそれに対処できない両親という設定自体はとても悲壮なものだが、今作は彼らの心の彷徨いを軽やかな笑いと共に描き出している。エヤルはマリファナの紙を上手く巻けなかったり、草をブチ撒けてしまったりと不器用で、お調子者のゾーレルの力を借りて何とかマリファナを吸うまでに至る姿は微笑ましいし、少しずつテンションが上がり始めるのもおかしい。それをを見つめる作品の眼差しはとても暖かなものだ、まるで亡くなったロニーが“親父、やっぱマリファナって最高だろ?”と笑いかける表情が目に浮かぶようだ。

そして監督の手捌きもまた絶妙なものだ。彼は撮影監督のMoshe Mishaliと共に少し距離を取りながらエヤルたちを映し出すが、この少しの距離感がオフビートな笑いの“間”というものに繋がっている。微笑ましくも苦笑混じりのペーソスと形容すべき笑いだ。そして彼らがマリファナをスッパスパ吸ううち、物語それ自体も何だか緩んだような夢心地の雰囲気が広がり始める。普通の日常とふやけた日常が交わる様に、また新たな笑いが浮かんでいく。

しかし根幹に存在する悲しみは彼らを完全に漂わせることはない。ふとした瞬間に頬を強かに打ちつける息子の死によって、彼らは現実に引き戻されていく。そんな中でエヤルはマリファナを吸いまくっては一騒動を起こし、ヴィッキーは小学校の教師という仕事をいつものように成し遂げようと意地になる。それでも駄目だ、全てが上手く行かない。逃れようとすればうるほど、悲哀は大きさを増して、彼らを呑み込んでいく……

そんな悲壮になりがちな物語を、しかし監督はあくまで軽やかに描き出そうとする。その雰囲気に貢献しているのが魅力的な脇役たちだ。母親がいるホスピスで遊び回っている少女バール(Alona Shauloff)はエヤルを慕い、健気な活力で以て彼を慰める。隣人夫婦はエヤルたちと敵対関係にあり、セックスの余りの騒々しさがマリファナと絡んでヤバい事態が勃発することになってしまう。だが中でも印象的なのは彼らの息子ゾーレルの存在だ。寿司屋でバイト(テイクアウトの袋にはデカく“お”と平仮名で書いてある)中の彼はエアギターが趣味で、マリファナ吸った勢いで物語を激しく掻き乱していく。

それと関連して、監督の音楽センスも抜群に高い。劇伴担当のRan Bagnoエスニックな響きを伴った音楽で、ダウナーなトリップの感覚を私たちの脳髄に味あわせてくれるのだが、既成曲の使い方も印象に強く残る。ゾーレルが劇中で何度も披露するエアギターは気合い入ってるのか間抜けなのか良く分からない躍動を見せる一方で、バールと共に2人があることをする場面では曲の美しさも相まって観客の涙腺が緩むような趣向すらも凝らされている。無駄な音楽は一切ないままに、音でテンションを作り上げる手腕が本当に抜群なのだ。

そして終盤において、監督は私たちをある大いなる問いへと導くこととなる。それはつまり“最愛の人の死を、私たちはどのように乗り越えればいいのか?”という問いに。他のストーナーコメディと今作が一線を画するのは、マリファナは酩酊するだけの道具でもホモソーシャルを強化するための道具でもなく、この哲学的な問いに対して、登場人物たちが癒しと答えを探すための唯一の標となってくれる点だ。この選択に監督の些か奇妙でありながら、類い希なヒューマニズムが現れている。それをあのモワモワと漂う真白い煙がスクリーンを通じて、私たちの元まで芳しい薫りと共に運んでくれる。“One Week and a Day”マリファナの煙一粒一粒に人生の妙味を編み込んだ、最高のストーナーコメディなのだ。

参考文献
https://pro.festivalscope.com/director/polonsky-asaph(監督プロフィール)
http://deadline.com/2016/05/asaph-polonsky-one-week-and-a-day-interview-larry-david-israel-cannes-1201760118/(監督インタビュー)

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