サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
サフディ兄弟の諸作についてはこちら参照。
サフディ兄弟は、これまでにニューヨークの様々な側面を映画として描き出してきた。だが彼らの第4長編「神様なんかくそくらえ」は今までで最もドス黒い部分に眼差しを向けることになる、つまりはこの地に蔓延する麻薬とその余波についてである。故に今作は前の作品群を越える不穏さと猥雑さを湛え、ここにおいてサフディ兄弟のスタイルは1つの極致に至ったと言うことが出来るだろう。
この物語の主人公はハーリー(“American Honey”アリエル・ホームズ)という若い女性、彼女はホームレスとしてニューヨークの雑踏をいつも彷徨い歩いている。そんなハーリーが唯一絶対の愛を向ける存在がイリヤ(「アンチ・ヴァイラル」ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)という同じくホームレスの青年だ。その愛は余りにも深い、彼が“死ね”と命じるならば躊躇しながらもカミソリでも手首を切り裂くほどには。
そんな強烈な愛の風景から始まる物語は、まずハーリーという人物の姿を丹念に描き出していく。何とか生還を遂げた彼女はヤクの売人であるマイク(バディ・デュレス)と共に、コカイン注射でハイになり、ホームレス仲間の輪に入り騒ぎまくる。そんな自堕落な生活の中でもイリヤを追い求める心は変わらない。再会の後いたぶられても、彼を求め、ハーリーはある種の執念で以て街を這いずり回る。
前作などと比べて明らかなのは、この作品の撮影の洗練だ。ニューヨークの混沌を映し出した粒子深い映像は影を潜め、薄ぼんやりとした灰色に覆われた、むしろニューヨークの荒涼たる冬を反映したような映像がそこには広がっている。その鍵は撮影監督がショーン・プライス・ウィリアムスに変わったことにある。彼は米インディー界で性格の悪さにおいて右に出る者はいないアレックス・ロス・ペリーの作品を担当し、米インディー映画界で16mm撮影をトレンドへとのしあげた、いわばこの世界を裏で牛耳る存在でもある。彼の技巧は世界を見ても随一であり雰囲気はもちろん、OPクレジットにおいて浮かび上がる迷宮と化した病院の廊下を彷徨う悪夢的光景は有無を言わせぬ不気味さがある。
そして今作においては音楽も印象的だ。シンセサイザー音楽の祖である富田勲の「月の光」が劇中で印象的に流れる通り、全編においてエレクトロニカが流れていく。どこか広大な宇宙の響きを思わせながらも、同時に鼓膜を不愉快に震わせるような響きが同居している音楽の数々は、ハーリーの心に広がるロマンティックで荒涼たる心証風景が滲み渡る。
だが物語のレンジはハーリーから更に広がっていく。今作に登場するキャラはどいつもこいつも変な奴らだ。常時ヘラヘラしながらコカインを売り捌く売人のマイク、粗っぽいが情緒不安定なハーリーを想い続けるスカリー、そして誰に対しても冷徹で酷薄な態度を取る純粋培養なクズ野郎イリヤ。そこにハーリーも混ざり、独特の論理を振りかざしながら互いに対して延々と唾を吐き合う泥仕合っぷりは地獄絵図の様相を呈する。
だがサフディ兄弟の視線がそうであるように、ニューヨークの街並みもまた彼らの荒れ狂う心をあるがままに受け入れていく。通りではファックやらシットやら汚ならしい罵倒語が容赦なく飛び交い、公園ではマイクとイリヤが血と泥臭い乱闘劇を繰り広げ、極彩色のネオンに満ちた部屋ではハーリーたちがコカインを自分の身体にブチ込んでいく。だがニューヨークという名の混沌はそんな正気の沙汰ではない行為をも抱き止めるのだ。そしてサフディ兄弟の曇りなき眼差しによってこの風景が捉えられることによって、世界は荒々しい洗練を遂げる。
この作品はハーリー役のアリエル・ホームズによる自伝小説を映画化したものなのだが、他ならぬ自身を演じるホームズの存在感は他の追随を許さないものだ。その瞳は光を無くし既に死臭を放ちながらも、全身からは切っ先ギラつくナイフのような狂気の愛を溢れだす、その対比が酷く強烈なのだ。そして彼女の愛はニューヨーク中を這い回り、イリヤを追い求める。今作は誰かに感情移入をするだとかそういった地点には居ない。ここに刻まれているのは、他の誰でもなくただ自分の心の赴くまま、漲る生命力のままに、世界を真っ逆さまに落ちていく人間たちの生きざま、そして愛なのだ。
この力強い混沌についての物語は、東京国際映画祭で作品賞を獲得したのを皮切りに、アメリカでも大成功を納め、サフディ兄弟の名声は最高潮に達する。そこで彼と接触してきたのが「トワイライト」でもお馴染みのロバート・パティンソンだった。兄弟の作品に感銘を受けたというパティンソンは共に映画を製作しようと持ちかけ、意気投合した両者は2017年に最新長編“Good Time”を完成させた。クソッタレな現実を変えるため、とある兄弟は銀行強盗に打って出る。だが計画は失敗、障害を持つ弟は逮捕されてしまう。兄は彼を助けるため狂騒の一夜を駆け抜ける……そんな今作はカンヌのコンペティション部門に選出されるという快挙を成し遂げた。残念ながら賞は獲得できなかったが、来年のオスカーにおけるダークホースとなるのでは?と既に評判である。更に兄弟は次回作として、長年暖めていた企画“Uncut Gems”をジョナ・ヒル主演で制作に着手しているという。今後彼らはどんな道筋を歩むのか、サフディ兄弟から目が離せない。
結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その30 ネイサン・シルヴァー&"Stinking Heaven"/90年代の粒子に浮かび上がるカオス
その31 ジョセフィン・デッカー&"Art History"/セックス、繋がりであり断絶であり
その32 ジョセフィン・デッカー&"Butter on the Latch"/森に潜む混沌の夢々
その33 ケント・オズボーン&"Uncle Kent"/友達っていうのは、恋人っていうのは
その34 ジョー・スワンバーグ&"LOL"/繋がり続ける世代を苛む"男らしさ"
その35 リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
その36 ジョー・スワンバーグ&「ハッピー・クリスマス」/スワンバーグ、新たな可能性に試行錯誤の巻
その37 タイ・ウェスト&"The Roost"/恐怖!コウモリゾンビ、闇からの襲撃!
その38 タイ・ウェスト&"Trigger Man"/狩人たちは暴力の引鉄を引く
その39 アダム・ウィンガード&"Home Sick"/初期衝動、血飛沫と共に大爆裂!
その40 タイ・ウェスト&"The House of the Devil"/再現される80年代、幕を開けるテン年代
その41 ジョー・スワンバーグ&"Caitlin Plays Herself"/私を演じる、抽象画を描く
その42 タイ・ウェスト&「インキーパーズ」/ミレニアル世代の幽霊屋敷探検
その43 アダム・ウィンガード&"Pop Skull"/ポケモンショック、待望の映画化
その44 リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で
その45 ジョー・スワンバーグ&"Autoerotic"/オナニーにまつわる4つの変態小噺
その46 ジョー・スワンバーグ&"All the Light in the Sky"/過ぎゆく時間の愛おしさについて
その47 ジョー・スワンバーグ&「ドリンキング・バディーズ」/友情と愛情の狭間、曖昧な何か
その48 タイ・ウェスト&「サクラメント 死の楽園」/泡を吹け!マンブルコア大遠足会!
その49 タイ・ウェスト&"In a Valley of Violence"/暴力の谷、蘇る西部
その50 ジョー・スワンバーグ&「ハンナだけど、生きていく!」/マンブルコア、ここに極まれり!
その51 ジョー・スワンバーグ&「新しい夫婦の見つけ方」/人生、そう単純なものなんかじゃない
その52 ソフィア・タカール&"Green"/男たちを求め、男たちから逃れ難く
その53 ローレンス・マイケル・レヴィーン&"Wild Canaries"/ヒップスターのブルックリン探偵物語!
その54 ジョー・スワンバーグ&「ギャンブラー」/欲に負かされ それでも一歩一歩進んで
その55 フランク・V・ロス&"Quietly on By"/ニートと出口の見えない狂気
その56 フランク・V・ロス&"Hohokam"/愛してるから、傷つけあって
その57 フランク・V・ロス&"Present Company"/離れられないまま、傷つけあって
その58 フランク・V・ロス&"Audrey the Trainwreck"/最後にはいつもクソみたいな気分
その59 フランク・V・ロス&"Tiger Tail in Blue"/幻のほどける時、やってくる愛は……
その60 フランク・V・ロス&"Bloomin Mud Shuffle"/愛してるから、分かり合えない
その61 E.L.カッツ&「スモール・クライム」/惨めにチンケに墜ちてくヤツら
その62 サフディ兄弟&"The Ralph Handel Story”/ニューヨーク、根無し草たちの孤独
その63 サフディ兄弟&"The Pleasure of Being Robbed"/ニューヨーク、路傍を駆け抜ける詩
その64 サフディ兄弟&"Daddy Longlegs"/この映画を僕たちの父さんに捧ぐ
その65 サフディ兄弟&"The Black Baloon"/ニューヨーク、光と闇と黒い風船と
その66 サフディ兄弟&「神様なんかくそくらえ」/ニューヨーク、這いずり生きる奴ら