鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run

私はChloé Robichaud監督の"Sarah Prefers to Run"という映画がものすごく好きだ(レビューはこちら)。走ることだけに青春を懸けている少女が自身のセクシュアリティと向き合わざるを得なくなるというカナダ映画で、数ある現代カナダ映画を観てきたがマジでその中でも一番好きだし、Robichaud監督は映画界の最先端にいると思っている(このベスト100記事にも6位に入れてたりする)。さて今回はこの作品に滅茶苦茶似ている、つまり私が嫌いにならない訳がない短編"L'Homme de ma vie"とその監督Mélanie Delloyeを紹介して行こう。

Mélanie Delloyeはフランス・ラテンアメリカを拠点とする映画作家だ。というかもしかするとこの名前に聞き覚えがある方がいるかもしれない、だがそれは映画関連ではない。彼女の母はコロンビアの政治家イングリッド・ベタンクール、そうあのコロンビア革命軍に拉致され6年間の捕虜生活を送っていた彼女である。そしてその救出に奔走していたベタンクールの娘がこのデロイェ監督だった訳である(ベタンクール事件についてはこのページ参照)幼少期はコロンビア、ニュージーランドドミニカ共和国など各地を転々とする生活を送っていた。パリ大学で哲学とロシア語を学んだ後、ニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アートでファイン・アートの修士号を獲得する。

2009年には母親を弟に取られた嫉妬する少女の起こす騒動を描いたコメディ"Jalouse"と10代の多感な少女が別荘の掃除を通じてある秘密を知っていくというドラマ作品"Lucrecia"の2本を手掛け、映画監督としてデビューする。2012年には卒業制作として第3短編"Anna et Jérôme"を監督、エロディ・ブーシェ演じるシングルマザーが息子のジェロームと共に人生をやり直そうともがく姿を描き出した作品で、ドイツ・エーベルスヴァルデ映画祭やマイアミ映画祭で作品賞を獲得するなど話題になる。2014年にはアルゼンチン映画"Aventurera"に参加、コロンビアからブエノスアイレスへとやってきた女優が夢と現実のギャップに悩み苦しむ……という作品で、Delloye監督は脚本を執筆し、更には主演も兼任する。そして2015年にはフランスに戻り最新作である"L'homme de ma vie"(英題:L'homme de ma vie)を監督する。

ネオンの青が官能的に広がる部屋、パーティーまっただ中の少年少女はアンニュイな音楽に身を委ねて今この時を楽しんでいる。その中でソファーに座って深くキスをする男女、こういう状況ではお決まりの光景、だが彼女にとっては違った、親密なキスの光景を彼女は呆然と、バカみたいに突っ立って、世界に見放されたような表情でずっと、ずっと見つめている。

アリス(Malorie Chéron)は13歳の少女で、顔にはたくさんのソバカス、鋭い目つき、瞳は灰色に濁っている。つまりは周りに広がる全部が嫌いだし、そういう自分が一番嫌いだって思春期特有の雰囲気が濃厚な、何処にでもいる普通の少女だ。だけども片思いの相手エリックが自分以外の誰かとキスしているのを見てから、その雰囲気はどんどん酷くなっていってる。しかもその相手というのがマリー、彼女は自分と同じ陸上部に所属していて、更に悪いことに何も知らないコーチ(Adel Bencherif)がマリーと自分を同じリレーチームに入れたものだから最悪の心地。だけど彼女は鬱憤を吐き出すことも出来ず、グルグルグルグル……

思春期の不安定な心がとある恋によって悪い方向に転がっていくなんて作品はそう珍しくないが、監督はアリスの折り合いがつかない心に寄り添いその揺らぎを丁寧に紡いでいく。劇中において"Girlish Nonsense"なんて言葉が出てくるが序盤は正にこの通りのアリスが映る。傷心の彼女は止せばいいのにエリックのFacebookなんか見るから、2人がイチャイチャしている写真を発見し、アリスは号泣しながら寂しく夜を過ごしたりするのだ、"あなたにだって似たような経験あるんじゃない?"と問いかけられながらも同時に微笑ましさも感じてしまう描写の数々はアリスと私たちとを近づけていく。

だが"Girlish Nonsense"のもう1つの側面、外から見れば馬鹿げていても本人の中では切実なことなんだってそんな部分が露になるにつれて物語は灰の色彩を濃くしていく。ある時マリーの荷物からコンドームを見つけてしまったアリスは、いてもたってもいられずエリックの元へと向かう。バスの座席で髪をキツく結ぶ姿、エリックの部屋のベッドで落ち着きなく視線を動かす姿、そこには彼に愛されたい!って震えるような叫びが音もなく響く。そして身を切り裂くような痛みと共に全てが終わった時、アリスの頭上には青空が広がり、そこを2台の飛行機が並び立って飛んでいく。息を呑むほど美しくも、ここにはその感動を上回るほどの虚しさが宿っている、ここにこそアリスの心が浮かび上がる。

こうして"L'Homme de ma vie"は思春期についての洞察を重ねていくが、だがそう悲観的なだけではない。映画ファン、特にアメリカン・コメディファンにはお馴染みのあの曲で監督は見事な一発を決める、ほら「バチェロレッテ〜あの娘が結婚するなんて!〜」とかでも流れたアレだよ、余りに流れ過ぎてウンザリって感じもあったが、これはそのマンネリにすら風穴を空ける勢いで本当に拍手したくなった。つまり"L'Homme de ma vie"が語りたいのは1つの希望なのだ、思春期は喜びだけでは終わらないが、苦しみだけで終わることだってないのだと。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
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その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
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その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
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その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
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その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて