鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように

マンブルコアは作り手・演じ手の人生と親密に関わりあっている性質上、俳優が主人公になる映画が結構多い。デュプラス兄弟"Baghead"は売れない俳優4人が自分たちの手で傑作ホラーを物にしようとして巻き起こる騒動を描いた作品であり、ジョー・スワンバー"All the Light in the Sky"は有名女優のジェーン・アダムスが本人役で出演しているドラマ作品、更に同監督の"Silver Bullets"ケイト・リン・シェイル演じる若手俳優がホラー映画の撮影中、人間関係の厭なゴタゴタに巻き込まれる作品だった。さて今回はそんな映画群の中でも一際異彩を放つ作品"You Wont Miss Me"とその監督ライ・ルッソ=ヤングについて紹介していこう。

ライ・ルッソ=ヤング Ry Russo-Youngは1981年12月16日ニューヨークに生まれた。小さな頃から映画に親しんでおり、友人のローラ(ジュリアン・シュナーベルの娘で、妹のステラは今回紹介する"You Wont Miss Me"で主演)と映画製作に明け暮れていた。オーバリン大学に学びながら2003年には友人のClara Lathamと共に短編"Babes in Toyland"を手掛け、2005年には"Marion"を監督する。アルフレッド・ヒッチコック「サイコ」を3人の女優が演じ直す映像を3つ同時並行で映し出す作品でSXSWで実験映画部門の作品賞を獲得するなど話題となる。IMDBで観られるのだが、かなり意表を突いた展開を迎える作品で6分だし是非観て観よう。

2007年は彼女にとって転機となる年だった。まず盟友のジョー・スワンバーが監督するマンブルコアのマイルストーンともいうべき作品「ハンナだけど、生きていく!」に出演、主人公グレタ・ガーウィグの友人ロッコ役を演じる。そして彼女にとって初の長編"Orphans"を監督、両親の死をきっかけに再会した姉妹が過去を振り返るという作品で、主演はヤング監督の幼馴染みだったLily Wheelwright(今作が公開直後に死去)で、SXSWで特別賞を獲得することとなる。そして2009年には第2長編である"You Wont Miss Me"を監督する。

ここは私のいるべき場所じゃないって気がする、23歳のシェリー・ブラウン(ステラ・シュナーベル)はそうシュワルツ医師に言い残して精神病院を退院する。久し振りに戻ってきたニューヨークは相も変わらず車の騒音が響き渡り、彼方こちらにゴミが散らばり、様々な文化が交錯するたった1つの場所であってくれている。今彼女はこの地で女優になるという夢を抱いている、しかし勿論そんな夢など簡単に叶う筈もないのだが。

"You Wont Miss Me"を構成するのはシェリーのとりとめもない生活の数々だ。例えば彼女は友人たちと共に狭苦しい部屋の中でビールを口に流し込みながら気だるげな時間を過ごす。彼らはつっかえつっかえブツブツと何か喋っているが、こちらには何を喋っているのかほぼ分からない。それでもある種の親密さが観客と共有されながら、シェリーはパーティに紛れていたサイモンという男となし崩しにセックスを果たす。グダグダとベッドで寝転がり、ドロドロと時は過ぎ去り、しかしそんな微睡みの時間は終わりを迎え、また別の日常がやってくる。

これだけでは他のマンブルコア作品と何ら変わりがないように思われるが、今作の魅力はその独特の撮影スタイルにある。彼女は仕事を得るためにあるオーディションに参加するのだが、先のシークエンスとは明らかに画質やスクリーンサイズが変わっているのに気付くだろう。そしてポルノ映画のような演技を強要された彼女は怒りに震えながらニューヨークを彷徨うのだが、その時撮影は都市の孤独を描き出すドキュメンタリーのような筆致に変わる。酒に溺れ泥酔状態の彼女はホテルに入りロビーのソファで管を巻き、従業員がやってくる。彼の顔にはモザイクがかかり厭な臨場感が物語に満ちていく。そして場面が変わるごとに撮影フォーマットも変わり、まるでシェリーの人生が万華鏡のような様相を呈することとなるのだ。

このスタイルはシェリーの心に広がる激動をそのまま観る者に体感させる。精神的に不安定な彼女は夢を叶えることで平穏を取り戻そうとするが、それがむしろ更なる荒波を生んでいく。その心象風景は大きさも様々なら色彩も様々であり、全く首尾一貫した所のない正にカオスといった状況だ。その中で彼女は友人のカーレン("Color Wheel" Carlen Altman)と共にあるバンドの楽屋にグルーピーとして乱入していくが、友人ばかりがチヤホヤされる状況に嫉妬を抱き風景はブレて歪んでいく。だが彼女に最も影響を与えている存在は母だ。美しかった彼女は女優として成功し華々しい日々を送っていた。そんな彼女の娘である自分はこんなNYの路地を這いつくばるような生活を送り続けている。彼女への劣等感はモノクロの狂気を呼び込み、混沌は深まっていく。

そしてこの言ってみれば支離滅裂なスタイルはまたマンブルコアというジャンルが今後どう進んでいけばいいのか?という疑問を己に向ける自己言及的な色彩をも帯びる。それは終盤におけるオーディションにも現れてくる。そこには監督としてジョー・スワンバーアーロン・カッツの姿があり、グレタ・ガーウィグもオーディションを受けに来た女優役として出演している。此処において本作はマンブルコアを背景とした現実と虚構入り乱れる物語へと変貌し、面白いことにスワンバーグの元を離れ、ノア・ボーンバックと共に作品を作る――後にボーンバックはジェニファー・ジェイソン・リーとの離婚を経て、ガーウィグと公私におけるパートナーとなる――ガーウィグに対して、この浮気者!とシェリーが呪詛を吐きかける予言的なシーンすら存在する。そしてオーディションの最後、シェリーはアーロン・カッツと何が虚構で何が現実かについての口論をも繰り広げるようになる。監督自身、即興演出などマンブルコア的な要素は確かにあるが、この作品自体はそういったジャンルとは異なるものだとインタビューで語っている。"You Wont Miss Me"はそんな苦闘の記録であり、マンブルコア引いてはテン年代における米インディー映画の豊穣を準備した作品でもある。


参考文献
http://ryrussoyoung.com/home/(監督公式サイト)
http://dossierjournal.com/blog/film/you-wont-miss-me-interview-with-ry-russo-young/(監督インタビュー)

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
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その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
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その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
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その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
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その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
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その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
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その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する