鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて

アマ・エスカランテ Amat Escalanteは1979年2月28日、スペインのバルセロナに生まれた。母はアメリカ人、父はメキシコ人の画家、彼はメキシコからアメリカへと密輸入してきた不法移民でその滞在先で2人は出逢ったのだという。小さな頃はメキシコ・グアナフアトで育ったが、その高身長や青白い肌から"どこかのブルジョワのガキ"と見くびられ、その時に抱いた思いが映画製作にも反映されていると彼は語っている。

12歳の頃から母親と共にロサンゼルスへと引っ越すが学校生活には余りいい思い出がないようで、授業をサボり映画を観まくる生活を送り、中でも「時計仕掛けのオレンジ」は半年の間毎日毎日観ていたそうだ。転機となったのはロバート・ロドリゲス監督作「エル・マリアッチ」との出逢いだ、そのインディペンデント精神に感動し監督は一念発起、高校を退学、ロドリゲスが使っていたのと同じ種類の16mmカメラを持ち一路オースティンへ。16歳から18歳までその地で過ごすが誰かと交流するなどはほぼなく、ファストフード店やスーパーマーケット、ビデオレンタル店で働きながらリチャード・リンクレイターが設立したオースティン映画協会に通い、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーヴェルナー・ヘルツォークロベール・ブレッソンアンドレイ・タルコフスキージェームズ・ベニングシャンタル・アケルマンなど様々な映画に親しむ。エスカランテ監督はこの時代こそが重要な物だったと振り返っている。

2001年にはスペインへと移住しカタルーニャ映画スタジオ・センターに入学するが6ヶ月で挫折、その後はキューバハバナのサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョス映画学校にも通うのだがここでも馴染めなかったようで2002年にはメキシコに帰国、同年に初の短編作品"Amarrados"を製作する。この作品はメキシコの町を彷徨う少年の姿をリリカルに描き出した作品で、グリンゴに搾取される弱者の構図、セックスを目の当たりにする少年少女たちなど後に再奏されるイメージも多いのだが、ガンガン鳴る音楽に詩的断片性、隠喩に満ちた語りなど全く演出が異なっておりどこをどうやって「よそ者」「エリ」に辿り着いたのか思わされる仕上がりとなっている。ベルリン国際映画祭トロント国際映画祭などで上映され話題になった。

短編の成功と時を同じくして、エスカランテ監督はカルロス・レイガダスと彼の長編デビュー作ハポンに出会う。今作に感銘を受けた彼はレイガダスと交友を深め次回作の「バトル・イン・ヘブン」で助監督を担当、そして2005年には彼にとって初の長編映画である「サングレ」を手掛ける。カンヌ国際映画祭のある視点部門でプレミア上映、同映画祭で国際批評家連盟賞を、テッサロニキ国際映画祭では審査員特別賞を獲得するなど大きな話題となる。そして2008年には第2長編「よそ者」を監督する。

この映画の主人公はヘスースとファウスト(ヘスース・モイセス・ロドリゲス&ルベン・ソサ)という親子だ、彼らはメキシコからアメリカ・ロサンゼルスへと密入国してきた不法移民で、故郷では掴むことの出来ない幸福を手に入れるため日雇い労働者として暮らしている。

冒頭の豆粒ほどの大きさの親子がゆっくりとこちらへ歩いてくる数分にも渡る長回しから明らかだが、今作は悠長とも思えるほどの姿勢で2人の過ごす24時間を映し出していく。とは言え彼らの暮らしは全く以て過酷なものだ。ヘスースたちは友人のメキシコ人移民たちと共に道端に並び、炎天下の空の元で待ち続ける。そこに車でやってくるのはメキシコ人たちが"グリンゴ"と呼ぶ所の白人たちだ。彼らは単刀直入に必要人数と賃金について告げると移民たちはワラワラと乗り込み何処かへと消えていく。時折ただ冷やかしに来る者もおり、移民たちは"ウィンドウショッピング"に来たと彼らを揶揄する。こういった生々しいディテールが「よそ者」のリアリティを支えているという訳だ。

そしていつしかヘスースたちもやってきた白人に連れられて工事現場へと赴く。仕事は現場の清掃と溝掘りだ。工具を振りおろし退屈な力仕事を続ける移民たち、監督はある種の緩慢さで以ていつまでも続くと知れないこの風景を延々と描き出し、彼らが抱いているだろう疲労を私たちにも追体験させようとする。しかし本当の苦しみはここからだ、雇い主は移民たちを見くびり約束をしれっと破棄しようとする。それを何とか阻止した後、帰路につくヘスースたちは白人たちに因縁をつけられ物を投げつけられる。これが移民たちの置かれる状況だと物語は強く私たちに訴えかける、軽蔑され差別され夢見た幸福は余りにも遠すぎる現状。そんな中で彼らがバックパックから取り出すのはショットガンだ、それを構えながらファウストは呟く、グリンゴ共をブチ殺してやりたいと。

ここで物語は大きく転換する。次に映し出されるのは小綺麗な台所で料理を作る白人女性の背中だ。カメラは真っ直ぐかつ不動を保ちながら閉所恐怖症的なタッチで台所を見据え、そこで忙しなく動き続ける女性の背中を捉えるのだ。この「ジャンヌ・ディエルマン」然としたショットに観客は虚をつかれながらも、少しずつ状況は明かされていく。その白人女性カレン(Nina Zavarin)は夕食を作っていること、この家には彼女と息子のトレヴァー(Trevor Glen Campbell)しかいないこと、カレンと反抗期である彼との関係は良好とは言えないこと。

トレヴァーの差し出すコップにカレンがコーラを注ぎこむ時夕食は始まるが、このシークエンスには食事の楽しみなど微塵も感じられず、あるのは親と子の冷えきった関係性を雄弁に主張する居たたまれなさだけだ。そしてトレヴァーは足早に夜遊びへと出掛け、カレンは独り残される。疲弊しきったカレンがすがるのは棚に隠した麻薬、それを吸う彼女の構図は全くソープオペラのパロディめいたものだが、つまりここに象徴されるのは郊外の憂鬱とも言うべき代物だ。アメリカの50年代において女性たちは男たちの都合によって専業主婦という形で郊外という名の牢獄に閉じ込められ抑圧されてきた、それは例えば「エデンより彼方へ」などでも描かれてきたテーマであり、だがその抑圧は未だ終わっていないことは誰の目にも明らかだ。監督はこの「ジャンヌ・ディエルマン」的な演出、正にこの映画もそれを描いていた、によってこの閉塞感を2008年のアメリカに甦らせている。そして公園を寝床にするメキシコ人移民たちが白人への憎悪を語る中で、その白人の中にもまた抑圧される者がいるという事実を明らかにした上で凶行へと流れ混んでいく。

予想できる通り、怒りの限界に達したヘスースたちが押し入るのはカレンの邸宅だ。ショットガンをちらつかせカレンを恐怖で屈服させる。彼らは食卓を陣取りカレンにコーラを注がせ食事を用意させるのだが、ここでも監督の演出は変わらず冷徹な観察の視点を保ち、サスペンスは徹底して排除している。故にこの行為の数々が先ほどの息子に行っていた行為と大差ないことに気づくだろう。日常の風景が非日常の恐怖と不気味に重なりあう瞬間は、反転して日常に潜む抑圧を浮かび上がらせ、この事実はカレンがいつか発する"私は今まで奴隷のように生きてきた"という言葉によって強化される。

だがメキシコ人移民と女性、同じく社会によって抑圧される者同士が連帯を果たす可能性は存在しないのだろうか、物語が微かに宿すこの問いに対して、しかしエスカランテ監督はむしろ、社会に差別される者の間にすら生まれる抑圧の力学を驚くほど明晰な冷ややかさで暴く。ヘスースたちはショットガンによって家父長の座につき、カレンは更なる抑圧に晒され地獄を味わう。「よそ者」はこの1つの絶望的な真実を凄まじいまでの圧力を以て描き出す。そして訪れるのはジャクソン・ポロックの抽象画の如く爆ぜる暴力だけなのだ。

参考文献
http://www.theguardian.com/film/2014/may/15/amat-escalante-heli-cannes-mexico-violence(監督インタビューその1)
https://cinemaerrante.wordpress.com/2014/07/31/interview-with-mexican-filmmaker-amat-escalante/(インタビューその2)
http://blogs.indiewire.com/thompsononhollywood/cannes-interview-mexican-director-amat-escalante-talks-violent-love-story-heli(インタビューその3)
https://www.fandor.com/keyframe/amat-escalante-post-bastardos(インタビューその4)

メキシコ!メキシコ!メキシコ!
その1 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その2 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その3 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その4 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その5 Santiago Cendejas&"Plan Sexenal"/覚めながらにして見る愛の悪夢
その6 Alejandro Gerber Bicecci&"Viento Aparte"/僕たちの知らないメキシコを知る旅路
その7 Michel Lipkes&"Malaventura"/映画における"日常"とは?
その8 Nelson De Los Santos Arias&"Santa Teresa y Otras Historias"/ロベルト・ボラーニョが遺した町へようこそ
その9 Marcelino Islas Hernández&"La Caridad"/慈しみは愛の危機を越えられるのか
その10 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その11 ニコラス・ペレダ&"Minotauro"/さあ、みんなで一緒に微睡みの中へ

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run