鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Noah Buschel&"Sparrows Dance"/引きこもってるのは気がラクだけれど……

Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
Noah Buschel&"Neal Cassady"/ビート・ジェネレーションの栄光と挫折
Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
Noah Buschelの略歴および今作以前の長編諸作についてはこの記事参照

先日Twitterで、イドリス・エルバが取り調べ中の犯人に対して「日本語には"Hikikomori"というお前みたいな奴を指すのにうってつけな言葉があるんだ」と言うシーンが話題になった。それはTVドラマ「刑事ジョン・ルーサー」の一場面で、日本語の意味とは少しずれる"犯罪者予備軍"的な意味で使われていたらしい。何にしろ"Bukkake"や"Hentai"のように何か変な日本語ばかりがワールドワイドになるなぁとか思ったのだが、英国でイドリス・エルバが"Hikikomori"と言っていたのと同じ頃、海を挟んだアメリカで"Hikikomori"を描いた映画が作られていたのである。それが孤高の禅僧Noah Buschelの第4長編"Sparrows Dance"である。

主人公は名前も明かされることのない1人の女性(「35年目の夫婦げんか」マリン・アイルランド)、彼女は正に"引きこもり"な生活を送り続けている。1日中アパートの部屋からは一歩すら出ずに、朝起きたら、トイレでオシッコして、エアロバイクを漕いで運動して、デリバリーのピザを喰いながら映画を観て、隣から聞こえてくる喘ぎ声をオカズにオナニーして、朝起きて、トイレでオシッコして、エアロバイクを漕いで、何か適当に喰って、寝て、朝起きて、オシッコして……そんな不毛な日々をずっと過ごしていた。

"Sparrows Dance"は引きこもりが主人公である故に上映時間81分の殆どが室内を舞台としている訳だが、今作の撮影監督はBuschelとは2度目のタッグであるライアン・サムル、前作"The Missing Person"では16mmの荒い粒子が特に印象的だったが、今回は端正なデジタルで眼前の光景を映し出しておりその映像はかなり独特な物だ。

多く登場するのは開け放たれたドアを通じて、リビングからキッチン越しにトイレを捉えるショットだ。それはかなり平面的で距離的にリビングからトイレはかなり近い所にあるかと思える。しかしその間にあるキッチンを正面から捉えたショットによってその思いは掻き消える。横長のキッチン、調理器具の数々は写真でも飾られているかのように壁にかけられている、そしてその端には何とも言えない表情を浮かべる女性、横幅的には彼女が6,7人入るくらいの余裕がある。つまりサムルのカメラの中で部屋は伸びたり縮んだりを繰り返している、ショットが切り替わるごとに部屋は私たちが知らなかった新たな一面をかいま見せてくれるのだ。

この奇妙な感覚も相まって、私たちの見ている世界はミニチュアの世界なのではないか?という思いに晒される時がある。部屋に散らばるのは場違いな感じの自転車、ページが開きっぱなしだったり逆に何年も閉じっぱなしな感じのペーパーバックにハードカバーに、棚に何故か置いてあるダルマにと、様々なものが猥雑に散らばり、しかしそのどれもが彼女の人生の軌跡を小さく囁くような愛おしさに満ちている。それでいてその猥雑さは意図的に設えられた物という全く対極の人工性すら感じられる。この2つの感覚が混ざりあうミニチュアの空間は彼女にとってこの世で最も居心地の良い場所だ。このぬるま湯の空間から出ていくなんて酷すぎる、私はもっと居たい、ずっと居たい、外は私には辛すぎる……

だがある日、彼女の部屋のトイレが故障してしまい配管工を呼ばざるを得ない状況に陥ってしまう。ピザの配達員とすら顔を合わせられないほど状態は深刻ながら、下の住民にマジ切れされるほど水漏れの規模がヤバいので逃げてもいられない。そしてやってきたのがウェスという配管工(ガールフレンド・エクスペリエンス」ポール・サンダース)、彼女は尋常ではない挙動不審ぶりを晒してしまうのだが、配管の部品が古すぎるので明日もまた家に来るらしい……

Buschel監督はこの2人が歩くような速さで距離を深めていく様を、暖かな眼差しによって描き出していく。彼女たちが歩み寄るきっかけとなるのがジャズの響きだ。ウェスが運営しているというウェブサイトから彼の演奏するサクソフォンを聞いた女性は、翌日やってきたウェスに素朴な誉め言葉を送る。2人はバド・パウエルファッツ・ナヴァロの話で盛り上がり、それは此処から一歩を踏み出すようにと彼女への一押しともなる。そしてシャワーを浴びながら彼女は歌うのだ、

そして2人の愛くるしい交流が始まるのだが、監督は此処で映画的としか言い様のない趣向を凝らしていく。ここだ!としか言い様のないタイミングで現れるタイトルカット、今時アニメでも見ないアイリス・ショット(カメラに絞りをつけて撮影されるショット)によって紡がれるキュートなデートの準備、しかし何より特徴的なのは先のミニチュア感にも関わってくるが、全体を通してセット撮影が露骨な点だ。それが彼女が箱庭の世界から抜け出せないでいることを端的に示しているのだが、同時にセット撮影でしか絶対に出来ない形で外にも世界は広がっているのだと饒舌に語るダンスシーンが存在する!Buschel監督は映画で現実をトレースしようとするのではなく(それが悪い訳ではない、事実ルーマニア映画はそのやり方を何処よりも先鋭化させた作品の数々が素晴らしい)映画でしか出来ないことを追求しているが、そのハイライトの1つがこのダンスだ、マジで此処には年甲斐もなく感動してしまった。本当このシーンは映画の中で実際に観て欲しい、感動するから、いやマジで!

そんな引きこもり女性を演じるのはマリン・アイルランド、映画と舞台を股にかけ活躍する俳優だが、彼女の魅力的な存在感が今作を牽引していると言っても過言ではない。神経質そうに瞳をギョロつかせ、外に出ようとすると動揺で首を上にクイッと動かすチック症が抑えられなくなってしまう。それでも彼女はウェスと出会ったのをきっかけに、自分の過去、自分の心と対峙し、少しずつ自分以外の世界を受け入れようとする。閉じられた暗闇から一歩踏み出す勇気、それが他ならぬ映画として描き出された"Sparrows Dance"には少し奇妙で、だけど暖かい手触りがある。

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