鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ron Morales&"Graceland"/フィリピン、誰もが灰色に染まる地で

さてフィリピンである。現代フィリピン映画界には絶対に欠かしてはならない2人の重要人物がいる。まず1人は日本でもお馴染みのラヴ・ディアスだ。1作品4時間5時間は当たり前、2016年のベルリン国際映画祭では8時間という尋常ではないランタイムの作品"A Lullaby to the Sorrowful Mystery"が公開されたばかり(それなのに半年後のヴェネチア国際映画祭で4時間越えの新作が公開されるのだからいやはや)の彼だが、もはやフィリピンどころか世界的巨匠と言っても過言ではない風格を湛えている。

もう1人の重要人物がラヤ・マーティン、日本においてはディアスに比べると知名度は落ちるが、フィリピンの歴史を描き出す試みに満ちた代表作"Independencia"や、あのアレックス・ロス・ペリーを主演に据え、デニス・ホッパー狂気の一作「ラストムービー」にオマージュを捧げた作品"La última película"が話題になるなど、フィリピンのインディー映画界を代表する作家といっても過言ではない。ということで、今回はそんなフィリピンに現れた期待の新人Ron Moralesと彼の第2長編"Graceland"を紹介していこう。

Ron Moralesアメリカとフィリピンを拠点とする映画作家だ。3人兄弟の末っ子として生まれ、フィリピンの首都マニラで幼少期を過ごす。写真家になる夢を抱きアメリカへと留学、パーソンズ美術大学で学んでいた。しかし途中で映画監督になると決意し美術大学を中退した後、ニューヨーク大学では映画について学び始める。撮影技師として映画界入り、2000年初頭は主にインディー映画に携わっていたが後にはディパーテッドスパイダーマン3最近ではバードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)などに携わっていた。

2008年には故郷のフィリピンへと戻り、初長編となる"Santa Mesa"を監督する。母の死をきっかけに祖母に連れられ自身のルーツであるフィリピンへとやってきた少年、しかし初めてこの地を踏んだ彼は文化に馴染めず危険な領域へと分け入っていく……という作品でありシンガポール国際映画祭、ローマ映画祭などで上映され、フィラデルフィア・アジアン・アメリカン映画祭では最高賞を獲得するなど話題になる。そして2012年には彼にとって第2長編である"Graceland"を手掛けることとなる。

物語の主人公はマーロン(Arnold Reyes)という中年男性、彼はマニラの小さな部屋で娘のエルヴィ(Ella Guevara)と共に身を寄せあいながら暮らしている。妻は入院中の身であり、臓器移植をしなければ後はないと宣告されていた。その費用やエルヴィの学費を稼ぐためマーロンは議員であるチャンゴ(Menggie Cobarrubias)の元で働いているが、チャンゴの振る舞いに彼は不満を募らせていく。

前半において"Graceland"は現代のフィリピンに巣食う闇を描き出していく。その中でも際立つのが労働者と権力者の彼我の間に横たわる圧倒的な貧富の差だ。マーロンたちが住むのは薄汚れた外壁が剥き出しになった狭苦しいアパートの一室ながら、チャンゴたちが住むのは酷く巨大な邸宅だ。そして毎朝マーロンはエルヴィを連れ邸宅へと赴き、運転手としてチャンゴの娘であるソフィア(Patricia Gayod)を学校にまで送っていく。彼女が携帯で遊ぶ中で、エルヴィは自分も携帯が欲しいとねだるが、そんなモンに払える金がどこにあるんだ?とマーロンは吐き捨て、独りになった後には不甲斐なさに頭を抱える。この貧しき者と富める者の鮮烈な対比が観客に今後来たる事件の重大さを予見させる。

夕方、ソフィアたちを迎えに来たマーロンが帰路へと着く途中、1人の男(Leon Miguel)が現れ、彼らに銃を突きつけてくる。彼の目的はチャンゴの娘を誘拐し身代金を要求することらしい。しかし手違いから男はソフィアを射殺、エルヴィだけを拉致し逃げ去っていく。独り捨て置かれたマーロンは死体を見つめ泣き崩れ、為す術もなく叫ぶしか出来ない、誰か助けてくれ、助けてくれ、誰か……

"Graceland"のランタイムは83分、その短さの中で監督はスピーディに物語を描き出していく。冒頭で今作の背景にあるフィリピンの暗部を提示した後は、目まぐるしく状況は二転三転していく。マーロンはチャンゴの元へ舞い戻り事件が発覚するのだが、彼や事件を担当するラモス刑事(Dido De La Paz)は金を得るための狂言誘拐を疑い、マーロンに対して猜疑の目を向ける。そしてマーロン自身は娘の命のため、チャンゴらの目を盗み犯人の命令に従いマニラの町を駆け抜ける。

そういった意味でマニラはもう1人の登場人物としての役割をも果たすこととなる。撮影のSung Rae Choが捉える都市の風景には猥雑な活気に満ち溢れている。道路には絶えずバイクや乗り合いバスが行き交い、路地裏には闘鶏ならぬ闘蜘蛛に興じる男たちの姿も見える。そしてチャンゴが住むような邸宅が乱立する地域がある一方で、今にも崩れそうな小屋の数々が密集するスラム街も存在している。この混沌を抱く場所こそがマニラなのだと今作は饒舌に語るのだ。

その中に印象的なシークエンスがある。顔に焦燥を張りつけながらマーロンが真夜中のマニラを歩いていく場面、カメラは横移動で彼の姿を捉えていくのだが、そこで際立つのはマーロンよりもむしろストリートに林立する店の数々だ。ある店にはけばけばしい極彩色のネオンの中で同じく極彩色を身に纏う女性たちの姿、ある店には学校の制服を着て道行く人々を誘う女性の姿。そしてそこにいる誰もがエルヴィとほぼ同年代の少女なのだ。この光景にこそ"Graceland"の核となるテーマ、児童売春の横行という忌むべき現状が表れている。そしてそれが登場人物たちに影を投げかけていくのだ。物語が進むにつれ彼らがひた隠しにする秘密と過去が暴かれ、観る者それぞれに倫理の痛烈な問いを向ける、吐き気を催すほどに残酷な領域へと今作は分け入ることとなる。この国では誰も罪を背負わずにはいられず、誰も無邪気なままではいられない、そんな凄まじい絶望の光景が今作には広がっている。

"Graceland"はスリラー映画という体裁を以てフィリピンという社会を深く抉る一作だ。全てが灰色に染まるしかない状況で、絶望を彷徨う者たちの耳には神の怒りが雷鳴として響くばかりだ。

参考文献
http://filmmakermagazine.com/69388-ron-morales-on-graceland/#.V8QO7vmLTIU(監督インタビューその1)
http://www.avclub.com/article/transcending-tribeca-ron-morales-of-igracelandi-73356(監督インタビューその2)

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