ジョー・スワンバーグ、もう何度この名をブログに書き記したか分からない。マンブルコアの立役者、自分たちのリアルを追求し続ける映画作家、心の奥底に歪んだ性愛を抱くド変態野郎……彼の作風ひいてはマンブルコアという流行それ自体が半径5mの世界を映し出す超内向きなものだったため、当初は本国アメリカのみで知られる存在だった。
しかしデュプラス兄弟がリドリー・スコットらと手を組み「ぼくの大切な人と、そのクソガキ」を監督しメジャーに進出、2011年にスワンバーグの変態性愛路線における幕開けとも言うべき一作"Silver Bullets"(紹介記事読んでね)がベルリン国際映画祭に出品されるなどテン年代前半を皮切りに、マンブルコアは世界的な注目を集め各地にフォロワーも生まれ始める。「メニルモルタン 2つの秋と3つの冬」のフランス人監督セバスチャン・ベベデールは自身が好きな映画作家としてジャド・アパトーと並んでデュプラス兄弟の名を上げ、ドイツではマンブルコアに影響を受けた若きインディー作家たちが台頭を始め、メキシコではニコラス・ペレダという世界的な名声を博す作家(紹介記事読んでね!)が1人マンブルコアといった風な作品製作を続けている。さて、本人たちが意識的にしろそうでないにしろ、こうして世界規模でマンブルコアに共鳴する作品/映画作家が現れている訳だが、今回紹介するのもマンブルコア、特にジョー・スワンバーグの洗礼を受けたような一作だ。
ドミンガ・ソトマヨール Dominga Sotomayor は1985年チリ・サンティアゴに生まれた。チリ・カトリック大学、カタルーニャ映画オーディオビジュアル専門学校(ESCAC)で映画について学び、卒業後には製作会社CINESTACIoNで活動を始める。現在は広告製作、大学教師としても活躍している。
大学在学中に短編製作を開始、山奥の邸宅で再会した主人公と家族の姿を描いたドラマ"Debajo"(2007)、スペインのモンセラート山を登る2人の友人を主人公とした"La montaña"(2008)、ある別れの時ビデオゲームに興じる男の悲しみを綴る"Videojuego"(2009)など精力的に作品を手掛けていた。そして2012年には初の長編映画「木曜日から日曜日まで」を監督、中流階級の家族が巡る最後の旅路を少女の視点から描き出したロードムービーは東京国際映画祭などで上映され、ロッテルダム国際映画祭やバルディビア国際映画祭では最高賞を獲得するなど話題になった。
2013年にはイギリスを拠点とするポーランド人作家Katarzyna Klimkiewiczと共に中編映画"La Isla"を製作する。とある家族が孤島に建てられた邸宅に集まるが、来るべき最後の1人がいつまでも姿を見せない。時が経つにつれ家族の間には不安が満ち、彼らの心はバラバラになっていく……という作品で、ロッテルダム国際映画祭の短編部門で作品賞を獲得することとなった。そして2014年には彼女にとって2作目となる長編作品"Mar"を完成させる。
主人公はマル(Lisandro Rodríguez)という32歳の男性、彼は恋人のエリ(Vanina Montes)と共にアルゼンチンのバカンス地へとやってきた。しかし2人の仲は既に冷えきり、道中には高揚感も何も存在していない。更には母から借りた車の件でゴタゴタに巻き込まれ、マルたちは目的地に着いたそばから徒労感に襲われる。それでもバカンスはまだ始まったばかりだった。
マルたちは別荘の管理人から戸締まりは厳重にして欲しいと注意を受ける、マルは落ち葉が漂うプールに赴くが水には入らないままギターを奏でる、マルは海岸へ行きエリが見守る中で海へと飛び込んでいく、マルは電子レンジで料理を温めてから窓の外を眺めながらそれを食べる……監督はこうした気だるげで無味乾燥なバカンスの風景を、何の虚飾もなく、何の飛躍もなく、ただ淡々と繋ぎ合わせていく。そこにはバカンスの高揚感も弛緩した安らぎもなく、時間という概念に対する連綿たる退屈さだけが存在している。
しかしそんな風景にもソトマヨール監督はマルという人物の心理模様を浮かび上がらせていく。全編に満ちる退屈さとは彼の抱く心情を反映した物だ。彼は常に無表情ながら、神経質な性格をそこかしこに覗かせ、どうしようもない苛つきを静かに募らせていく。その原因はエリとの関係性にもある。付き合いは長きに渡る故、彼女は次のステップを踏もうとしている、つまりは子供が欲しいのだと。今の関係に満足しているマルはその態度に拒否感を示し、2人は砂浜で言い争いになってしまう。
ソトマヨール監督はこうした関係性を冷淡に観察し続けるのだが、このテーマ/被写体への距離感は正にスワンバーグの後期作品、特に"Marriage Material"を想起させる(この紹介記事も読んでね)。カップルという関係性を続けていくならば"結婚したい/結婚したくない" "子供が欲しい/子供が欲しくない"という価値観の対立は免れないものだろう。その他にも両者には共通項があるのだが、それについては監督インタビューに詳しい。まずソトマヨール監督は今作の成立過程についてこう語っている。
"「木曜日から日曜日まで」を上映した映画祭で、Lisandro Rodriguezという俳優に出会いました。彼は"La Paz"という作品と共にここにいたのですが、私の映画をとても気に入ったからぜひ仕事がしたいと言ってくれたんです(中略)彼は恋人とバカンスに行った時のこと、恋人は俳優であることを話してくれて、2人が出演し私が監督するという案に辿り着きました。ですからこの物語は私ではなく彼らの物語、彼らの経験を元にした物語と言えるでしょう"
そして撮影過程についてはこう語っている。"構想から撮影までの期間は2ヵ月、とても短いものでした。私にはカメラも友人たちが在籍する製作会社もありましたし、彼は恋人やアルゼンチンにいる俳優たちとも話をつけてくれました(中略)ですが私たちはまだ何をやりたいか構想が具体的に固まっていなかったので「このアイデアを映画にするにあたって、ある程度の距離感を以て物語を語りたい。その方が自由にやれるだろうし」と提案したんです。それから同僚の脚本家Manuela Martelと共に、撮影の1週間前に概要を組み立て、かなり自由の効くような脚本を仕上げました。この作品はロケ地にいて撮影している間にこそ見つけ出せる作品だったと思っています。実際に起こった出来事の多くを映画に取り入れていったんです。例えば、雷で何人もの人々が亡くなったというのは撮影中実際に起こった出来事なんです。もう撮影は止めるべきかもと思いましたが、私たちはその事件を映画に取り入れることを決め、作品に普遍的な要素が加わったとも思います"
両者は現実でも実際にカップルである男女を起用し、ほぼアドリブで話を展開させる"関係性"をテーマとしている意味で共通する要素が多い。このテーマが普遍的であり国を問わず関心の的であることの証左とも言えるのではないだろうか。険悪ムードである2人の元にやってくるのはマルの母親だ。彼女は車のゴタゴタを片づけるためにやってきたのだが、しばらく2人とバカンスを共にすることとなる。彼女の陽気な性格に場も華やぐ予感に満ちながらも、時はやはり退屈なまでに淡々と過ぎ去っていく。しかし表面上は退屈さが全てを支配しながら、その裏側では何かが変わろうとしている。
ソトマヨール監督が描き出すのはもう既に終わっている関係性を描き出すことが多い。デビュー長編「木曜日から日曜日まで」も離婚を決めた両親の姿を主人公の少女の視点から描き出す作品であり、もう既に彼らの関係性は既に終わっていたのだということを少女は少しずつ悟っていく展開だった。今作もまた終っているカップルの物語なのだ。自分たちの間には拭いきれない倦怠感ばかりがあると知りながら、なまじ関係を長く続けてきた故に別れるきっかけも掴めず、ズルズルと関係を解消できないままでいる。だがその間にも確実に2人の首は真綿で絞められ、息苦しさは増していくのだ。
そして今作と"Marriage Material"や他のマンブルコアを別け隔てる要素が、この終りの感覚がもたらす不穏な空気だ。退屈な時間を過ごしながらも、マルの周辺では何か不気味な出来事がふとした瞬間に首をもたげるのだ。冒頭の車の件から、彼は様々な問題に悩まされ、しかしそれに対して向き合おうとする素振りを見せない、エリとの関係に対する態度と同じだ。そんな中でとある衝撃的な事件が起こり、物語上ではサラリと流されながら、その余波は映画を支配することともなる。終りの感覚、死が背後を這いずるような感覚、生ぬるい黙示録の到来。
"Mar"とは大人になりきれない1人の男性がめぐる不穏な旅路だ。終りは誰にでも等しくやってくるだろう。だが終りを迎え入れるのではなく、自分の手で成し遂げたとするなら、新たな始まりがあるかもしれないという希望もまた等しくやってくるのだろう。
最新作は2015年、映画祭IndiaLisboaが主導となって作られた、若手作家によるリスボンを舞台とした短編オムニバス映画"Aquí, Em Lisboa"だ。彼女が監督したのは"Los Barcos"、映画祭のためリスボンにやってきたチリ人女優が謎めいた出会いを果たすという内容の作品で、他参加作家は日本でも「ヴィクとフロ、熊と出会う」が紹介されているドゥニ・コテ、イギリスの変人アーティスト代表格ジェネシス・P・オリッジと彼の妻レディー・ジェーンを描いたドキュメンタリー"The Ballad of Genesis and Lady Jaye"が有名なMarie Losier、そしてこのブログではお馴染みポルトガルの恐るべき子供Gabriel Abrantes(紹介記事を読んでね!!!)という豪華さだった。現在は新作長編"Tarde Para Morir Joven"を準備中だそうだ。ということでソトマヨール監督の今後に期待。
参考文献
https://www.fandor.com/filmmakers/director-dominga-sotomayor-4199(監督プロフィール)
http://www.latinpost.com/articles/107209/20160108/dominga-sotomayor-shooting-script-improvising-movie-mar.htm(監督インタビューその1)
http://remezcla.com/features/film/interview-dominga-sotomayor-mar-film-society-lincoln-center/(監督インタビューその2)
私の好きな監督・俳優シリーズ
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その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
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その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
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その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
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