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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Dariela Ludlow Deloya&"Esa era Dania"/物語全部がハッピーエンドな訳じゃない、けど

10代の母という主題は、日本でもそういったドラマが幾つかあったが何かとセンセーショナルに扱われがちだ。それは一歩間違えれば彼女たちにスティグマを追わせることに為りかねない故に、細心の注意を払いながら作品を形作ることを当然要求される。さて今回はそんな難しいテーマを他とは全く異なる方法で描き出した作品Esa era Dania”とその監督Dariela Ludlow Deloyaを紹介していこう。

Dariela Ludlow Deloyaメキシコシティを拠点とする映画作家だ。メキシコ映画技能センター(CCCC)で映画について学び、撮影監督として"No quiero dormir sola"(2012)や"Los Bañistas"(2014)など近年話題になったメキシコのインディー映画を手掛けるなどしていた。

監督としては2007年に短編ドキュメンタリー"Tr3s"を手掛けた後、2年後の2009年には初長編"Un día menos"を完成させる。90歳を迎えた夫婦の過ぎゆく日々を綴った今作はモレリア国際映画祭を皮切りにチューリッヒやロサンゼルス、ブエノスアイレスで上映され話題となる。そして幾つかのTV番組を手掛けた後、2016年に第2長編である"Esa era Dania"を監督する。

縦長の、おそらくスマートフォンで撮られたらしい映像の中では少女が笑顔を浮かべている。周りには輝かしい太陽の光、どこまでも続く青い海と空、波に浮かぶ白い泡沫と砂浜、彼女はバカンスに心を高揚させているようだ。次の映像にはまた別の映像が映る、部屋の中で目を真っ赤にさせ泣き続ける少女、アンタなんか大嫌い、アンタなんて死ねばいいのに、彼女は啜り泣きながら呪詛を吐き散らかしている……

だがこの作品の主人公は映像の少女ではない。いつしかカメラの前にはストレートの黒髪で茶色く健康的な肌をした少女が現れる、彼女が今作の本当の主人公ダニアだ。ダニアは10代の高校生だが、既にヒメナという少女の母親でもある。両親や祖母の助けを借りながら、何とか子育てと高校を両立しているがその状況にウンザリしていた。

Esa era Dania”はそんなダニアの日常を描き出す“ドキュメンタリー”だ。彼女はヒメナをあやす横で関数の宿題をこなしながら、その合間にはFacebookで友人たちとチャットを楽しむ。そして親の目を盗んで気分転換に出掛けたりするのだが、母親はそんなダニアに激怒する。10代で母親になったダニアを犯罪者のように扱い、子供を他人に任せ続けるなんて何事だ、学校に行く以外は部屋に籠っていろとまるで罰を与えるような姿勢で娘に接するのだ。そうした社会や親からの圧力によって、ダニアはもう窒息しそうだった。

そんなある日、ダニアは服屋の試着室で前の客が忘れたらしい携帯を見つける。持ち主から電話が掛かってくるのだが彼女はそれを無視、出来心からそれを盗み出してしまう。携帯に保存されているのは何十本もの動画だ。晴れやかな砂浜でバカンスを楽しむ姿、恋人に対して呪詛を垂れ流す姿、かと思うと愛の言葉を語りその途中で部屋に入ってきた母親にブチ切れる姿。つまりは冒頭で流れたあの映像の数々を、ダニアは子育ての最中に見ている訳だ。動画を見ていると名前も知らない少女と秘密を共有しているようで、心が暖かくなるような感覚があるのだ。

今作ではFacebookスマートフォンなど、現在の若者たちが親しむ技術が重要な要素として組み込まれているが(クレジットでもその形式が印象的に使われている)ダニアを子育ての孤独から解き放ってくれる存在もまた技術の数々だ。少女の動画に触発され、ダニアは自分の携帯で身の回りのあれこれについて撮影を始める。ヒメナが無邪気に遊ぶ姿、動画の真似をして自分がジョギングをする姿、そしてダニアはベッドに寝転がりながらスマートフォンに向かい、現状についての悩みを吐露する。誰に聞いてもらう訳でもなく、誰に届く訳でもないと知りながら弱さを吐き出す姿は、彼女が自分と向き合うための過程を目撃しているようで痛切だ。

だが今作を観ている途中、何か違和感を感じる筈だ。今作は“ドキュメンタリー”として扱われているがカット割りや編集は劇映画のそれであり虚構臭さに満ちているのだ。だが冒頭の少女とダニアが別人という疑問が後に解消されたように、このモヤモヤもあるべき帰結を見せる。ある時、私たちはテレビ画面に映るEsa era Dania”をソファーに寝転がりながら視聴しているダニアを観ることになるだろう。ここで明らかになるのは私たちが今まで観ていた作品はダニアの人生を反映した劇映画であり、それを観ているダニアの姿が映し出される意味で今作はドキュメンタリーであり得るということだ。

そこから私たちはダニアと共にEsa era Dania”という映画を鑑賞することになる。ダニアは子育てをしながら大学でも勉強したいと、試験勉強に励むことになる。その姿を眺めながら、ソファーに寝転がるダニアは撮影の裏話を喋り始める。この顔は陰気すぎるよね、この演技する時私はこういうこと考えてた。そして時おり監督の問いかけに反応して自分の人生を振り替えることにもなる。やっぱり凄く辛いよね、負け犬で居続けるっていうのはさ……先述したようにダニアは携帯に向かって自分の弱さをさらけ出していたが、こうして他者(ここでは監督)と対話を繰り広げることは、つまり自分と向き合うプロセスの次の段階に入ったことを意味しているだろう。そして彼女は映画を通じて自分の心の中へと深く潜行していく。

その過程の途中で印象的なのは、心を知ることはまた自分の肉体を知ることでもあるということだ。あるシーンで彼女は自分のお腹を鏡に映しながら、出産について友人と会話するシーンがある。出産は最悪の経験だった、今でも太ってるし傷跡もいっぱいある、そう呟くダニアだが彼女の顔には笑顔が浮かんでいる。そしてヘソを動かしながら下手くそな腹話術を始めたりするのだが、あっけらかんとした声の響きやお腹に触れる優しい手つきには、自分の体を愛おしむことによってこの辛い現実を乗り越えていこうとする意思が存在している。

Esa era Dania”はフィクションとドキュメンタリーの齟齬を巧みに利用しながら、ダニアという少女の人生を複層的に描き出していく。私たちの隣で今作を観ているダニアの顔にはやはり煌めくような笑顔が浮かぶ。未来は不確定かもしれない、ハッピーエンドは来ない時もあるのかもしれない、それでも絶望を笑い飛ばし生きていくのだ、彼女の笑顔にはそんな希望が宿っている。

メキシコ!メキシコ!メキシコ!
その1 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その2 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その3 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その4 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その5 Santiago Cendejas&"Plan Sexenal"/覚めながらにして見る愛の悪夢
その6 Alejandro Gerber Bicecci&"Viento Aparte"/僕たちの知らないメキシコを知る旅路
その7 Michel Lipkes&"Malaventura"/映画における"日常"とは?
その8 Nelson De Los Santos Arias&"Santa Teresa y Otras Historias"/ロベルト・ボラーニョが遺した町へようこそ
その9 Marcelino Islas Hernández&"La Caridad"/慈しみは愛の危機を越えられるのか
その10 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その11 ニコラス・ペレダ&"Minotauro"/さあ、みんなで一緒に微睡みの中へ
その12 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その13 アマ・エスカランテ&「エリ」/日常、それと隣り合わせにある暴力
その14 Betzabé García&"Los reyes del pueblo que no existe"/水と恐怖に沈みゆく町で、生きていく
その15 Natalia Almada&"Todo lo demás"/孤独を あなたを わたしを慈しむこと
その16 Diego Ros&"El Vigilante"/メキシコシティ、不条理な夜の空洞

私の好きな監督・俳優シリーズ
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その153 Katrin Gebbe&"Tore Tanzt"/信仰を盾として悪しきを超克せよ
その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
その155 Jazmín López&"Leones"/アルゼンチン、魂の群れは緑の聖域をさまよう
その156 Noah Buschel&"Bringing Rain"/米インディー映画界、孤高の禅僧
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その159 Noah Buschel&"The Missing Person"/彼らは9月11日の影に消え
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