東京でのオリンピック開催が2020年に決定してから、おもてなしやら共謀罪やら会場建設費やら日本ではクソみたいなことが多々起こっている。今の時点でこのザマなのだから、マジで2020年になったらどうなってしまうのかと今から戦々恐々で「AKIRA」の世界が実際に広がってしまうのも近いとしか思えない。今回紹介は、そんな東京の未来が映し出されていると言っても過言ではないギリシャ映画"Park"とその監督Sofia Exarchouを紹介していこう。
Sofia Exarchouはアテネを拠点とする映画作家だ。アテネ・ポリテクニック、スタヴラコス映画学校、ステラ・アドラー俳優スタジオ、フランス・トゥールーズの映画大学ESAVなどを渡り歩き、電気工学や演劇、映画などについて学ぶ。助監督やスクリプト・アドバイザーとして活動しながら、"Apostasi"や"Mesecina"などの短編を監督、そして2016年には彼女にとって初長編となる"Park"を製作する。
2004年、オリンピックが誕生の地であるギリシャへと戻ってきた。この記念すべき出来事にギリシャの人々は歓喜に沸くこととなる。そんな中で五輪に向けて新設されたり整備された会場は数多存在しており、そこでアスリートが身体を躍動させ、力を競いあい、世界中の人々を魅了していった。だがその五輪後、彼らが輝いた舞台はどうなってしまったのかに思いを馳せたことがある人はいるだろうか。スタジアムとして未だ現役でアスリートたちの活躍を見守っているのか、それとも仕事が終わった後には解体されまた別の建物が建てられたのだろうか。
だが実情はそんな生易しいものではない。五輪が終幕したのちギリシャは未曾有の財政危機に見舞われ、末期的な状況に陥ることとなった。そんな最中には会場を維持する余裕もなければ、解体して新しい建物を作る余裕すらない。会場は無惨にも放置され、アテネの郊外には廃墟の群れが広がることとなる。落書きまみれの壁、破壊された観客席、雑草が伸びっぱなしのスタジアムに汚水の溜まったプール。あの熱狂は存在しない、世界は既に救いがたい荒れ野と化している。
“Parks”が描き出すのは、そんな廃墟を根城とする少年少女たちの姿だ。彼らは学校にも家庭にも馴染めず、ここだけが自分たちの居場所だとたむろし続ける。選手村に打ち捨てられた備品を破壊しに回り、廃墟に住み着いた野良犬たちを手なづけ一緒に遊び、広大な荒れ野をバイクで爆走する。それしかやることがない、それしかやれることがない、彼らは倦怠感の中で日々を浪費していく。
そんな刹那的な少年少女の姿を、監督と撮影監督のMonika Lenczewskaはドキュメンタリー的な臨場感で以て描き出す。まず冒頭、彼女たちは手振れカメラによって少年たちの姿を追う。ボロボロの観客席に座って暇を潰していた彼らは、突如立ち上がり、集団の中でも年少のメンバー2人を捕まえる。そして羽交い締めにして靴を脱がし、石まみれのスタジアムを強制的に走らせる。苦痛に顔が歪む2人を急き立てたかと思うと、彼らを胴上げしながら叫ぶ。勝ったのは誰だ!勝ったのは誰だ!そして2人は互いの声を捩じ伏せるようにあらん限りの大声で叫ぶ。俺だ!俺だ!俺だ!俺だ!……
こうして拳の乱打さながら熱狂が観客に迫るうち、だが集団の中で他とは違う雰囲気を湛える青年がいるのに気づくこととなるはずだ。彼の名前はディミトリ(Dimitris Kitsos)、おそらく高校生ほどの年頃にあるディミトリはやはり問題を抱えている。母親は酒浸りでロクに仕事もせず、自分が大黒柱になろうとしながらあっさり首を切られ路頭に迷う始末。しかも首を切った元上司は母の愛人で、怒りばかりが募る。行き先のない彼は廃墟に向かうしかないが、その一方で“こんな場所から逃げ出したい”という思いが頭に浮かぶのを止められないでいる。
映画の序盤において、ディミトリは少年たちの中に埋没し熱狂の赴くままに行動しているが、物語が展開するにつれ彼の表情に陰りが見え始める。こんな所で自分は一体何してるんだよ、こんなの全部馬鹿げてる……彼の内省は観客に明晰な思考を求める。熱狂は激しく苛烈でいっそ私たちも飛び込んでしまいたいという欲望に駆られるほどの強度を持ち合わせている。だが実情は暴力の嵐や女性への蔑視的感情であり、空虚以外の何物でもない。監督はそれを強く見据えるゆえに、熱狂は鬼気迫りながらその実すこぶる冷たい。
そして彼女は熱狂を解体しながら、少年少女の身体という主題へと肉薄していく。劇中、少年たちは幾度となくシャワーを浴び、彼らの身体が露にされる。その風景にはどこか居心地の悪い感触が宿るが、ある意味で最も居心地悪く思っているのは当の少年たち本人かもしれない。思春期の只中にある彼らの身体は否応なく変化の時を迎えているが、ディミトリらを含めそれを受け入れられている人物はいるようには見えない。変化がもたらす不安や怒り、少年たちがそれを表現する術は暴力に他ならない。表面上は笑いを響かせながら、まるで戯れるようにアームレスリングや取っ組み合いを続ける彼らだが、それはいつしか互いを傷つける暴力と化す。他者を踏みにじり、他者を組み伏せる暴力へと。
メンバーの中にはマルコ(Enuki Gvenatadze)という少年がいる。彼は小学校高学年ほどの年齢であり、メンバーとは少し歳が離れている。それゆえ常に少年たちから馬鹿にされ、暴力によって遊ばれる存在だ。彼はディミトリを慕い、アリと名付けた犬を可愛がっているのだが、彼らとの関係に変化が生じる中で、否応なくマルコも暴力へと呑み込まれていく。暴力は1つの世代で終わることは有り得ない。牙を剥いた野良犬が敵に向けるようなおぞましい暴力は、若い世代から若い世代へと脈々と受け継がれる、監督はマルコをその象徴として描き出していく。
しかしそれらとは異なる身体を持つ存在も今作には登場する。アナ(Dimitra Vlagopoulou)という少女はディミトリの恋人なのだが、彼女を描く監督の筆致が違うのだ。カメラはアナが風呂に入っている姿を捉える。水面から少し出した腹の上にスポンジを置き、彼女は息を吸い息を吐く。お腹が膨らんでは萎むのを繰り返しそれをアナは虚ろな目で見据える、この身体が自分のものだとは信じられないという風に。そしてある時、選手村にある奇妙な空間でアナとディミトリがセックスを始め、全てが終わった後にカメラが遠くから2人を背後から撮し出すという場面が現れる。剥き出しになった2つの背中、そこにはまるで蠢く虫のように細かい影がビッシリと張りついている。だが同時に空間の中で寄り添いあう小さな背中には切なさすらも感じさせる。2人は肉体という監獄に閉じ込められ、どこにも逃げることはできず、ただ寄り添うことしか出来ない……
アナの描写に見られる、このある種の違和感/嫌悪感が交えられた身体への洞察はいわゆる“ギリシャの奇妙なる波”において多く見られる要素と言えるだろう。登場人物たちは自分の身体を自分のものだと思えず、それが自分の生きる世界への違和感にまで繋がっていく。中でも“Park”との関連作品として挙げるべきなのはアティナ・ラヒル・ツァンガリの“Attenberg”と“Chevalier”だろう。自分の身体の理解し難さとそれをめぐる懊悩を一貫して描く作品と、○が今作で指向しているものとは共鳴するものが多くある。だが2人を分けるのは、不可視の脅威として映画に浮かび続けるオリンピックの存在だ。オリンピックとはアテネの郊外に荒廃の極まった、もはや栄光と夢の惨めな残骸でしかない世界が広がる理由であると同時に、ある側面では経済危機を呼びこみギリシャを末期的状況に追い込んだ張本人だ。そして実はツァンガリはアテネ五輪の映像ディレクターとして世界にこの祭典を喧伝した人物の一人でもあるのだ。全く皮肉としか言い様のない巡り合わせだろう。
言ってみればディミトリたちはオリンピックの犠牲者だ。物心つくかつかないかの頃に五輪の熱狂は過ぎ去り、後には疲弊と困窮にまみれる時代が彼らを待っていた。だがオリンピックがもたらした傷は精神的なものだけではなく、肉体的な傷をも確かに残している。そんなディミトリたちがオリンピックの残骸にしか居場所がないというのは残酷だ。そして廃墟が風化していくにつれて、その肉体も朽ちていく。オリンピックは一体自分たちに何を残していった?……絶望の未来だけだ。
私の好きな監督・俳優シリーズ
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その154 Chloé Zhao&"Songs My Brothers Taught Me"/私たちも、この国に生きている
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