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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ヴィルジル・ヴェルニエ&"Sophia Antipolis"/ソフィア・アンティポリスという名の少女

皆さんはフランスのソフィア・アンティポリスという都市を知っているだろうか?えっ、知らない?それならば偉大なる百科事典Wikipedia様にご登場願おう。

“ソフィア・アンティポリス(Sophia Antipolis)はフランス・アルプ=マリティーム県にあるテクノポリスである。ニースとカンヌの中間のアンティーブ付近に所在するコミューン、ヴァルボンヌ市内の松林2300ヘクタールを開発して作られた。世界から1300社以上の企業を誘致し、情報通信技術、マルチメディア、薬学および生化学の分野の先端研究に携わる従業員の数は3万人近くに達する。米国シリコンバレーをフランスの規模に合わせて縮小したものということができる”

という訳でここはフランスの学術都市であり、最先端の技術が結集したばしょでもあるのだが、そんな未来の地を舞台として世界の暗部を描き出そうとした作品がある。ということで今回はフランスの不穏なる語り手ヴィルジル・ヴェルニエ Virgil Vernierによる最新長編Sophia Antipolis”を紹介していこう。

ヴィルジル・ヴェルニエ Virgil Vernierは1976年8月21日パリに生まれた。2001年頃から映画製作を始めるが、初めての長編映画は2007年製作の"Chroniques de 2005"で、25歳になった5人の若者たちの青春群像を描き出すドラマだった。他にもドキュメンタリー作品多く作っており、代表作としては2009年に作られた"Autoproduction""Commissariat"などがある。

2012年にはストリップダンサーの女性たちを描いた「オルレアン」(原題:"Orléans")を経て、2014年に彼の名声を一躍高めた作品「メルキュリアル」(原題:"Mercuriales")が完成する。パリの郊外を舞台として、その地を彷徨う少女たちの姿を幻想的に描き出したこの作品はクリチバ国際映画祭で審査員特別賞、トリノ映画祭で国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI Award)を獲得することとなった。そして2018年には最新作となる長編"Sophia Antipolis"を完成させる。

今作の冒頭を飾るのは、おおよそ映画では観たことのない風景だ。とあるクリニック、1人の女性が映画の役を得るために豊胸がしたいと言い医師に止められている。その次には裸の女性の胸部にペンで印を描く医師が現れる。そして彼らは手術台に横たわった人物の乳房にメスを入れることとなる。

かと思うと画面にはまた別の人物が映り始める。中心となるのはベトナムからの移民だという中年女性、彼女は夫を亡くしたばかりで不安定な日々を過ごしていた。しかしある時、彼女の元にある人物が現れる。彼女は世界を超越する精神的存在のついて語り、女性はその話に少しずつ惹かれていく。付いていった先で友人を作った女性は、その友人と共に超越的存在を信じてくれる人物を探し求める。

Sophia Antipolis”を構成するのはこういったとりとめのない描写の数々だ。豊胸手術にまつわる些事、ベトナム人女性の彷徨い、彼女の友人が直面する家庭事情、そしてこの都市を警備する黒人の若者たちの日常。余りにも断片的な描写の数々に、最初観客は当惑せざるを得ないだろう。

その中で、警備員たちがある会話を繰り広げることとなる。年長の若者が語るには、彼はとある倉庫で焼死体を発見したのだという。壁まで燃やすほど猛烈な炎によって真っ黒に焦げついた死体は彼の頭から離れることがない。物語はその死体を都市の夜景に幻視射せることになるが、黒焦げの肉と化す前に“それ”が持っていた名前はソフィア。つまり都市と同じ名前を持つ彼女の存在が、断片的だった物語から徐々に不気味な絵画を描き出すことになる。

今作の撮影監督はフィルムによって広大なる都市をレンズに焼きつけようとする。荒い粒子が都市を淡く浮かび上がらせる姿は頗る印象的だ。静かに波打つ蒼い海、白く燃え盛る太陽、電光またたくビルの群れ、それらにはどこか心地よさすら、遠い日に見た光景を懐かしむような郷愁すらも覚えるはずだ。

しかしヴェルニエ監督はこの光景にこそ微妙な何かを見定める。登場人物たちがカフェでゆっくりしながらお喋りを重ねる姿、ビルの間を徒然なるままに歩いていく姿、最先端のビルが立ち並ぶオフィス街の風景、街のどこかに位置する病院や公園の風景、それは一見何の変哲もない物のように見える。だがその裏側では破滅への不穏なる予感が確かに蠢いているのだ。

ヴェルニエ監督の前作“Merculiares”は2人の少女のリヴェット作品を思わせる彷徨を通じて、フランス、いやこの世界に蔓延する“不可視の戦争”への予感を、まるでドス黒い血潮が私たちの背後を這いずるような不気味さで以て描き出していた。だがここにおいて例えばテロや自然災害など決定的な悲劇は起こることがない。不気味な予感だけが限りなく延長されていくのだ。それはクレベール・メンドンサ・フィーリョの「ネイバリング・サウンズ」Benjamin Naishtatの“Historia del miedo”など同時代に現れた映画作家の作品と空気感を同じくしていると言えるだろう。

今作においても少女は都市を彷徨う存在として現れることとなる。ソフィアの友人であった彼女のか細い呟きとゆっくりとした歩みによって、都市は静かに燃え盛る亡霊へと姿を変え始める。そうしてSophia Antipolis”という作品は白昼夢的悪夢という真の姿を私たちにさらけ出す。その質感は暖かく、郷愁深い。だがここに本当に映っているのは黙示録の詩情なのだ。

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