鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

パスカル・セルヴォ&「ユーグ」/身も心も裸になっていけ!

あなたはポール・ヴェキアリ Paul Vecchialiというフランスの映画作家を知っているだろうか。ヌーヴェルヴァーグの影で個性的な作品を作り続けた映画団体ディアゴナール社のリーダー的存在であり、80代を越えても現役で映画を製作し続ける生ける伝説というべき映画作家である。私はためしにそんな作家が2015年に監督した“Nuits blanches sur la jetée”を観たのだが、これが余りにも酷い代物であり、ブレッソン被れもいい加減にしろ(同じ理由でウジェーヌ・グリーンも嫌いだ)とその年のワースト作品に入れたりした。それでもここに出演していた俳優の存在感は印象的であり、しかも彼は映画作家としても活躍しており、実際作品を観てみると巨匠の作品よりも何倍も面白かったりした。ということで今回は俳優としても監督としても活躍する人物Pascal Cervo パスカル・セルヴォと彼の短編作品“Hugues”を紹介していこう。

今作の主人公である中年俳優ユーグ(Arnaud Simon)は、郊外の一軒家で同性のパートナーであるセルジュ(Gaëtan Vourc'h)との共にのほほんと暮らし続けていた。だがある日、家に舞台の演出家であるミシェリーヌ(Dominique Reymond)がやってくる。彼女はユーグに対して自分の作品に出て欲しいと直談判し台本を見せるのだったが、そんな状況に恋人のセルジュは浮かない顔を見せる。

そんな中でユーグは良い顔をしないセルジュよりも仕事の方を選び、それがきっかけで彼とは別居状態になってしまう。その上いざ演技に繰り出したは良いものの全く本調子にならず、ユーグはスランプ状態に陥ってしまう。だがある時彼は家の周りをうろつく裸の人間を見かける。かと思って少し経ってからまた外を見ると、何と全裸の男女が芝生の上で走り回ったり体操をしているではないか?何なんだ一体これは……

この前、フランス人の友人とNetflixチャーリーズ・エンジェルなどコテコテのアメリカン・アクション映画を作りまくっているマックG監督のザ・ベビーシッターを観たのだが、観賞後彼女は「アメリカ的すぎるんだよなぁ」と不満を漏らしていた。その経験を踏まえた上で、私が言いたいのはこの“Hugues”は「フランス的すぎる!」ということだ。しかしそれは悪い意味ではなく良い意味で、である。

今作は日常の中に紛れ込んだシュールな情景を笑う映画だろう。たくさんのチンコ、たくさんのマンコが芝生の上で振り乱れる様とは何とおかしいものだろうか。そして裸の一群に当惑するユーグはとにかく狼狽えるしかなく、へりょへちょな外見を更に縮こまらせて何と滑稽なものであろうか。更に怪我をしたらしいダンディーな中年男のムキムキ筋肉にドギマギしながら応急処置をするユーグの姿なんか少女漫画も斯くやのキュンキュンっぷりである。

さて、真面目に書くと今作において裸とは正に自由や解放の象徴として描かれている。それはヌーディストたちの晴れやかな姿や、逆に警察たちによって弾圧される彼らの姿からも明らかだろう。だがユーグは庭にトタンでフェンスを設置したりとその解放を受け入れることが出来ない。その癖、梯子を使ってトタンの上からヌーディストたちを盗み見て、自由の時を夢見る。彼は自由になることが出来るのか。それは本編を観てのお楽しみである。2018年9月5日まで映画配信サイトMUBIで絶賛配信中です(英語字幕つき)

私が裸の面白さを知ったフランス映画はイヴァン・アタル監督作「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブールなのだが、あの時に感じた、笑いに満ちた新鮮な驚きをこの作品は再び味あわせてくれた。正にフランス的であるこの“Hugues”、フレンチ・コメディが好きな方は是非ともご覧になって欲しい所である。

私の好きな監督・俳優シリーズ
その201 Yared Zeleke&"Lamb"/エチオピア、男らしさじゃなく自分らしさのために
その202 João Viana&"A batalha de Tabatô"/ギニアビサウ、奪われた故郷への帰還
その203 Sithasolwazi Kentane&"Woman Undressed"/ Black African Female Me
その204 Victor Viyuoh&"Ninah's Dowry"/カメルーン、流れる涙と大いなる怒り
その205 Tobias Nölle&"Aloys"/私たちを動かす全ては、頭の中にだけあるの?
その206 Michalina Olszańska&"Já, Olga Hepnarová"/私、オルガ・ヘプナロヴァはお前たちに死刑を宣告する
その207 Agnieszka Smoczynska&"Córki dancingu"/人魚たちは極彩色の愛を泳ぐ
その208 Rosemary Myers&"Girl Asleep"/15歳、吐き気と不安の思春期ファンタジー!
その209 Nanfu Wang&"Hooligan Sparrow"/カメラ、沈黙を切り裂く力
その210 Massoud Bakhshi&"Yek khanévadéh-e mohtaram"/革命と戦争、あの頃失われた何か
その211 Juni Shanaj&"Pharmakon"/アルバニア、誕生の後の救いがたき孤独
その212 済藤鉄腸オリジナル、2010年代注目の映画監督ベスト100!!!!!
その213 アレクサンドラ・ニエンチク&"Centaur"/ボスニア、永遠のごとく引き伸ばされた苦痛
その214 フィリップ・ルザージュ&「僕のまわりにいる悪魔」/悪魔たち、密やかな蠢き
その215 ジョアン・サラヴィザ&"Montanha"/全てはいつの間にか過ぎ去り
その216 Tizza Covi&"Mister Universo"/イタリア、奇跡の男を探し求めて
その217 Sofia Exarchou&"Park"/アテネ、オリンピックが一体何を残した?
その218 ダミアン・マニヴェル&"Le Parc"/愛が枯れ果て、闇が訪れる
その219 カエル・エルス&「サマー・フィーリング」/彼女の死の先にも、人生は続いている
その220 Kazik Radwanski&"How Heavy This Hammer"/カナダ映画界の毛穴に迫れ!
その221 Vladimir Durán&"Adiós entusiasmo"/コロンビア、親子っていうのは何ともかんとも
その222 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その223 Anatol Durbală&"Ce lume minunată"/モルドバ、踏み躙られる若き命たち
その224 Jang Woo-jin&"Autumn, Autumn"/でも、幸せって一体どんなだっただろう?
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その226 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
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その230 アンゲラ・シャーネレク&"Orly"/流れゆく時に、一瞬の輝きを
その231 スヴェン・タディッケン&「熟れた快楽」/神の消失に、性の荒野へと
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