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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ana Cristina Barragán&"Alba"/エクアドル、変わりゆくわたしの身体を知ること

さて、エクアドルである。赤道上に位置することが国名の由来、ということしか知らない。調べてみるとジャングルやアンデス山脈ガラパゴス諸島が有名らしい。そしてこの国で製作された映画は、正直1本も知らない。だがそんな国の映画こそ紹介しがいがある訳である。ということで今回は世にも珍しいエクアドル映画である、Ana Cristina Barragán監督作“Alba”を紹介していこう。

11歳の少女アルバ(Macarena Arias)は荒んだ生活を送っていた。学校に友達は一人もおらず孤独に打ちひしがれ、自宅には身体の不自由な母(Amaia Merino)がいつものようにベッドで呻き声を上げており、彼女を介護しなければならない。アルバは希望など一切ない世界で、息を潜めながら人生をやり過ごす日々を送っていた。

まずこの“Alba”は題名にもなっているアルバの孤独の様相を丹念に描き出そうとする。極度の恥ずかしがり屋であるアルバは授業中も昼休み中ももちろん一人きりだが、ある時勇気を以て女子の話の輪に入っていくのだが、全員から軽蔑的な視線を向けられた後、無視されて全てが終わってしまう。そんな中で彼女たちから密かに筆箱を盗んだ彼女は、家に帰ってから中に入っていた文房具や小さな人形を友人に見立ててごっこ遊びを始める。それが毎日続くのだ。幼い少女にとってこの孤独は地獄以外の何物でもないだろう。

そんなある日、母親の病状が重篤なものになったことにより、彼女は病院へと移されてしまう。それ故にアルバは疎遠だった父のイゴール(Pablo Aguirre Andrade)と共に暮らすこととなる。しかし父親もまたアルバと同じく内省的な性格でその間に会話はほとんどない。新しく転校してきた学校でも前と同じようにハブられてしまい、ドン詰まりの状況は少しだって変わりそうにはなかった。

そんな息詰まるような物語の中で、Barragán監督が大切に描き出したい物が徐々に明らかになっていく。アルバがベッドに寝転がる時、ふと胸にある黒子に目を向けることがある。黒々しく大きな黒子。彼女はそれに嫌悪感を催すらしく摘まんで取ろうとすらする。ある時はプールにいる時、突然生理の血が流れ始め、羞恥心と共にシャワー室へ駆け込まざるを得なくなる。こういった身体の変化は思春期を生きる上で避けられない。それをアルバは受け入れることが出来ないのだ。

その一方でアルバは身体に対して、嫌悪感だけでなく好奇心をも抱くことになる。彼女は着替えを行うイゴールの姿を盗み見て、その裸を密やかに眺めるのだ。プールでは水泳のインストラクターである父が担当する老女たちの老いた身体をじっと見つめていく。彼女は身体への嫌悪感と好奇心の合間にいて、その渦巻く思いを御しきれないでいる訳だ。

正にここに、つまりは思春期の少女が浸る身体性にこそ監督は意識を向けているのだ。身体的な当惑の後、あるきっかけからアルバに友達ができて、彼女たちと共にパーティーでダンスを披露することになる。最初は全く身体を上手く動かせないアルバだが、家に帰って映像を再生しながら繰り返し踊り続けることで、彼女は自分の身体というものを理解していくのだ。

その過程はまた、父イゴールとの関係性にも影響してくる。最初、アルバに対して彼はダンスの音楽がうるさいと強制的にTVを消してしまうような態度を取る。それでも海へのドライブへと出掛けることになる2人は、たどたどしくも小学生の頃の思い出について話し始めて、段々と互いに心を開いていく。そして一緒に海に入るのだ。アルバは少し怯えながらも、最後には海へと飛び込んでいき、水に自分の身体を浮かべていく。その隣には同じく自由に漂うイゴールがいる。自分の身体を受け入れることが、また父との絆を紡ぐことへとも繋がるこの場面は、映画のテーマを端的に象徴すると共に、深く静かな感動を観客に宿していく。

石灰色の世界で身体を通じて、その動き――例えば踊ることや泳ぐこと――を通じて自分を見つけようとする青春の旅路を描き出した作品が、この“Alba”だ。その旅路の最中には苦しみや孤独もまた存在しているだろう。それでも確かに、そこには温もりもあってくれるのだと“Alba”は優しく語る。

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