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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

誇りを語る前に物語をマトモに語れ「ふたつの名を持つ少年」

雪の降りしきる野原、遠くに見えるのは小さな影、ゆっくり、ゆっくりと雪原を横切る孤独な影。そのうち白く濁った空に映し出されるのは"Run Boy Run"という文字列だ、しかし影はスピードを早めることはない、凍えるような孤独を抱いてゆっくりと進んでいく。「ふたつの名を持つ少年」のそんな冒頭場面は、これから先の苦難を予想せずにはいられない、あの孤独な影が幸せになることを願わずにはいられないほど寒々しくも目を引くものだ。しかしここがピークだったのかもしれない、この作品は段々と凡庸で、味気もない物語に成り下がってしまうからだ。

1942年、ポーランドユダヤ人収容所から1人の少年(アンジェイ&カミル・トカチ)が逃げ出す。ユダヤ人としての名を捨て、少年は安住の地を求めて彷徨いつづけるが、厳しい寒さと飢えに行き倒れてしまう。少年を救ったのはヤンチック夫人(エリザベス・デューダ)だった。夫人は生き延びていくため“ポーランド人でありキリスト教徒である孤児のユレク”という身の上話を少年に教え込み、彼を逃がす。ユレクはユダヤ人であることを隠しながら、牧場や農村を歩いて回り、必死に生きていこうとするが、ユダヤ人というアイデンティティーが彼を苦しめる。

この作品はウーリー・オルレブの執筆した児童文学「走れ、走って逃げろ」が原作になっているが、監督ぺぺ・ダンカートにはそれを生かすストーリーテリングの才覚が明らかに欠けている。ユレク少年の旅が描かれるゆえに、物語は少年ユレクが行く先々で経験するエピソードの羅列として語られる。優れたストーリーテラーならこの羅列を真っ直ぐな道筋として一貫性を以て語るだろうが、この作品の道行きは曲がりくねり、唐突に不必要な回想が挿入されたり、時には編集が雑で時間経過が良く分からなくなる場面すらあるのだ。児童文学の映画化としてこれほど不適切な語り方はないだろう。

そしてSS将校からの逃走劇や牧場での束の間の安らぎなど、個々のエピソード自体も断片的で、一つ一つにも魅力はなく、特に見るべきところはない。かろうじて終盤にかけて描かれる、自分を生かしたキリスト教を選ぶか、自分を死なすはずのユダヤ教をそれでも選ぶかという選択の葛藤については興味深いが、しかし着地点がいささか不用意すぎる。

「ふたつの名を持つ少年」は全てが中途半端で、観るものの期待を宙吊りにしてしまう作品だ。観たことを後悔することはないだろうが、それは観たことすら記憶の隅に捨て置かれる類いの作品だからでしかない。[D/E+]