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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

マルティニーク、その今を見据える“Serènes”&“Nos Îles”

さて、マルティニークである。前に紹介したグアドループと同じく、カリブ海に浮かぶ西インド諸島、その小アンティル諸島に所属する島であり、フランスの海外県の1つでもある。
このマルティニークと聞いて映画が浮かぶ人はかなり少ないだろう、韓国映画マルティニークからの祈り」くらいだろうか。だがここから2020年代に新鋭続々と登場している。今回はそんな新鋭たちの作品を2本紹介していこう。

まずはSarah Malléon監督作の“Serènesである。舞台はマルティニーク北部、今作の主人公であるダニエル(Julien Béramis)は男手一つで娘のソラヤ(Jade Cyrille)を育てるシングルファーザーだった。ソラヤには今大きな関心ごとがあり、それは法螺貝を吹いて海にいる人魚を呼び出して、友達になりたいというものだった。そんな娘の姿を、ダニエルは苦々しい思いで見つめていた。

今作はダニエルたちの日常を通じてマルティニークの逼迫した現状を描きだしていく。彼は友人とともに漁師として働いているのだが、昨今の気候変動の影響か、明らかに漁獲量が少なくなっているのを意識せざるを得ない。生活のために彼は新鮮な魚介料理を売りにしたレストランも経営しているのだが、観光客には人気がなく閑古鳥が鳴くばかりで経済状況はあまり良くない。

そしてこれゆえの焦燥やイラつきが、ダニエルとソラヤとの仲を揺るがしていく。ソラヤは人魚が大好きで彼女たちに会いたいからこそ法螺貝を吹くのを熱心に練習しているわけだが、ダニエルは昔から人魚は悪い存在と言い聞かされてきたのでいい気はしない。何故ソラヤを含めて子供たちは人魚に良いイメージを抱いているのか?それはディズニー映画のせいだ。彼らはその精巧なアニメーション作品によって自分たちの文化を歪めている。彼は日々の生活の中で、欧米もしくは白人文化への反感を培っているわけだ。

彼の考え方はマルティニークの現状を示唆しているのだろう。産業の多様性には乏しくならざるを得ないマルティニークでは観光業が命綱であり、フランス本土などからの観光客からの稼ぎは重要なものだが、彼らに舐めた態度を取られて疲労感を抱くことになる。そして彼ら観光客の眼差しがマルティニークの人々を脅かす姿も描かれる。ある時いつものように法螺貝を吹いてるソラヤに対して、白人観光客がスマートフォンで勝手に撮影を始める。その一方的な好奇の目がある種の不穏な暴力として描かれる様に、私たちはマルティニークの苦境を見出すだろう。

Maxime Garnaudによる撮影は青や黒の暗色が鮮烈で美しいと同時に、観るものにどこか落ち着かなさを感じさせるような不穏な雰囲気をも宿している。それは先述した様々な要素によって、荒廃へと向かっていっているマルティニークを象徴しているのかもしれない。そして監督は強者によって変貌させられていく人魚伝説と、それが生み出す親子間の対立に国の黙示録を幻視していく。そのイメージはすこぶる禍々しいものであり、私たちはこの黙示録が現実のものとならないことを祈るしかなくなるのだ。

さて次に紹介するのはAliha Thalien監督による短編ドキュメンタリー“Nos Île”だ。まず今作に浮かびあがるのは“Serènesの不穏なそれとは打って変わって、まるで絵葉書にでも描かれているように美しく捉えられた自然の数々だ。心洗われるような色彩を湛える海、爽やかな風を感じられるような大きなヤシの木、その後ろで大きく聳えたち雲をも貫く山々……そしてカメラはそんな大いなる自然の中で戯れる思春期の子供たちをも映し出していく。岸辺に座って水着で自撮りしたり、友人たちと水をかけあいながら海で泳いだり、かと思えば森を貫く長い道路をバイクで駆け抜けていく。

そんな彼らはある時、監督を交えて様々なことについて語りあう。マルティニークという故郷についてどう思うか、この島で生きてきた親についてどう思うか、海で泳ぐのは得意かどうかなどなどその話題は多岐に亘っている。印象的なことの1つはマルティニークの他にもドミニカ共和国や仏領ギアナなど周囲の国や地域の名前が出ることだ。それらがカリブ海というもので繋がりあっていることを私たちは意識することになるだろう。

こういった友人同士の気楽な会話の中でも避けられないのは、フランスによるマルティニークの植民地支配とそこからの独立についてである。自分たちには自分たちの文化がある、ゆえに独立してほしいとは思いながらも経済的な懸念がどうしても残らざるを得ない。しかしそういう風に生殺与奪の権利を握られたままでいいのか……そう議論する子供たちの後ろではフランスの三色旗が揺れている。

そしてNino DefontaineNicolaos Zafiriouのカメラは、そうしてお喋りや議論を繰り広げる彼らの表情をじっと見据えていく。お喋りしている際はキャッキャと思春期相応の楽しげな表情を見せながらも、政治的な状況や将来への展望についての話題になると彼らの表情がふと不安に満ちる時がある。マルティニークで生きるうえで、楽観的にだけではいられないのだ。“Nos Île”はこのようにしてフランスとマルティニークの狭間で揺れ動く若い魂に寄り添うような印象深い作品となっている。

“Serènesは劇映画、そして“Nos Île”はドキュメンタリー作品として全く異なる形でマルティニークの今を見据えている。Sarah MalléonAliha Thalienの2人はこのように異なる才能を持ちながらも、ともにマルティニーク映画界の将来を担っていく可能性を感じる。ということで2人の今後に期待である。