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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アルベルト・カヴィリア&"Pecore in Erba"/偉大なる排外主義者よ、貴方にこの映画を捧げます……

お家でヴェネチア国際映画祭特別編その3で取り上げたレナート・デ・マリア監督の"Italian Gangsters"は志が高いゆえにつまらなさも際立つ、何とも残念な作品だった。それがトラウマで今日配信の奴はイタリア映画かあ…………と思いながら、ある作品を観たのだが、これはなかなかにアブない曲者映画で、これはなかなか。ということでヴェネチア国際映画祭特別編その5、今回はアルベルト・カヴィリア監督と彼の長編デビュー作"Pecore in Erba"を紹介していこう。

アルベルト・カヴィリア Alberto Cavigliaはイタリアを拠点とする映画作家だ。大学では人文社会を専攻、学位論文のテーマはデヴィッド・クローネンバーグと個人的にそこんとこグッとくる。卒業後はニューヨーク映画学校やロンドン映画学校で監督業について学び、写真にも興味があったカヴィリア監督はローマ写真学校に在籍していたりもした(2011年卒業)。まず助監督として映画界でのキャリアを歩み始め、先に紹介したレナート・デ・マリア監督の"La prima linea"フランチェスカ・コメンチーニ監督作「まっさらな光のもとで」、更に日本でも有名なフェルザン・オズペテク作品にも2007年の"Saturno Contro"から最新作カプチーノはお熱いうちに」まで参加、彼の元で映画製作を学び、2015年カヴィリア監督はデビュー長編"Pecore in Erba"を手掛け、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に出品されることとなる。

2006年、レオナルド・ズリアーニ(Davide Giordano)という若者の失踪はイタリア全土に衝撃を与え、世界中の人々を悲しみで包みこんだ。レオナルド・ズリアーニ、ああレオナルド・ズリアーニ、彼は才能豊かな漫画家であり、創意に溢れた発明家であり、そして何より世界を変革することを恐れない偉大なる活動家だった、レオナルド、ああレオナルド・ズリアーニ……そしてとあるニュース番組の中で彼の生涯を描いたドキュメンタリーが始まる。

レオナルドはズリアーニ家の長男として生を受けた。母テレザ(Anna Ferruzzo)、姉シルヴィア(Bianca Nappi)、そして祖父の愛を受けレオナルドは育ったが、父の不在――レオナルドが赤ちゃんの頃、忽然と失踪してしまったのである――は彼の人格形成にかなり影響を与える。小学生になったレオナルドは基本物静かな少年だったのだが、ある問題を起こしてしまう。彼はマリオというクラスでたった1人のユダヤ人の少年に暴力を振るったのだ。困ったテレザたちは彼をボーイスカウトに入隊させる、健全な肉体には健全な精神が宿るとそういう訳だ。だがむしろリーダーが差別主義者だったものでユダヤ人への憎悪は膨らんでいき、そんな中で彼はある知りたくなかった真実を知ってしまう――ジーザス・クライストはユダヤ人!余りの衝撃にレオナルドの全身には蕁麻疹、泡を吹いて痙攣しながら芝生にぶっ倒れてしまう。その日から物静かだった少年は、物静かなままでこんな世界を変えてやるんだとそんな大望を抱くようになる……

「あの子はとても良い子でした、私の作るラザニアをいつも美味しい美味しいと食べてくれたんです」とは母テレザ「父がいなかったから、私が彼にとってもう一人の親でもあったんです」とは姉シルヴィア、そこにレオナルドが信頼していた精神科医、レオナルドの活動を研究していた教授、ボーイスカウト時代の友人や活動を共にしていたグループの一員など、様々な人々が彼の人柄をを語り、レオナルドという一人の偉大な若者の人生が紐解かれていく……の、だ、が、何だかイヤーな感じ、喉に刺さった小骨みたいな違和感を味わいながら、ドキュメンタリーは続く。

レオナルドの人生は苦難の連続だ。家の近くのネオナチ集団と一緒に初めての落書き“ユダヤ人に死を!”を書いた時の感動は、ネオナチの根城だった建物の閉鎖に潰えてしまう。そしてレオナルドがサッカー場でサブリミナル的にユダヤ人を弾圧する方法を考えだし一躍有名になった時も、サッカー場の火災に追いたてられ、更には憎きユダヤ人にリンチされ病院送りになってしまう。しかし彼はそこで最愛の人ソフィア(Mimosa Campironi)に出会い、ワーグナーと鉄十字に彩られた青春を謳歌、そして右派インテリゲンチャギリシャのネオナチ軍団とも交流を果たし、ちっぽけだった彼の熱意はイタリアに反ユダヤ主義、そして純血主義という希望を灯していく。


こんな純朴そうな顔をして、本当にえげつないことを色々やるのだ。

って、いやいやいやいやいやと読みながら思うだろうが、マジもマジ、大マジな展開である、反ユダヤ主義だったレオナルドは啓示を受け差別と闘う活動家に、とかではなく反ユダヤ主義のカリスマとして祭り上げられてしまうのだ。色々やらかしまくるが中でも酷いのは、自身が作り上げた地下組織で聖書を改竄しまくる下りだ。出来た聖書はその名もニュー・バイブル・リダックス、ユダヤ人の存在を完全に消し去った修正主義の極みであるニュー聖書は“ものすごく薄くて、読みやすい!”と評判になり、爆発的ヒットを遂げる……とここなんか本当にバカみたいで笑いが止まんなくなった、の、だ、が……いや、ちょっと待ってくれ、日本じゃちょっと前に明らかに人種差別的な内容を含んでる“朝鮮カルタ”という奴が話題を呼んで、とうとうAmazonのベストセラーランキング2位にまで上り詰めてなかったか……ニュー聖書は創作だけど、こっちのカルタは現実、というか「日本が戦ってくれて感謝しています」とかいう正気の沙汰じゃない名前の本も増版して、今度「日本が戦ってくれて感謝しています2」とか出ちゃうとか新聞で見たぞ……おいおい、おいおいおいおい、もしかしてこの映画より日本の方が全然ヤバいんじゃないのか……こうして観ているうち暗憺たる思いになってきたのだ。

"Pecore in Erba"が持つのは猛毒のユーモアだ。イタリアでもし反ユダヤ主義が流行してしまったら……というifを元に、表向きは真剣さを装いながらとことん滑稽に差別がいかに国を腐らせていくかを描いていく。余りに滑稽すぎて思わず吹き出してしまうことが何度もあるだろう、だがその度に何となく居心地の悪い思いをさせられる。監督はそれが鍵だと教える、そこには歴史があるからだ、居心地が悪くなるのはあなたが差別の歴史に触れたからなのだ。さて、それからあなたはどうする?その居心地の悪さを放置するのか、それともその居心地の悪さについて深く深く掘り下げていくべきか、もちろん後者を選んで欲しい(と私は思っているが、どうだろう?)そして"Pecore in Erba"という作品自体がその思索の1つの結果として輝きを放つ。[A-]

"Pecore in Erba"はSala Webにて配信中。見方はこちらのページ参照。

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その33 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その34 Julianne Côté &"Tu Dors Nicole"/私の人生なんでこんなんなってんだろ……

ヴェネチア国際映画祭特別編
その1 ガブリエル・マスカロ&"Boi Neon"/ブラジルの牛飼いはミシンの夢を見る
その2 クバ・チュカイ&"Baby Bump"/思春期はポップでキュートな地獄絵図♪♪♪
その3 レナート・デ・マリア&"Italian Gangsters"/映画史と犯罪史、奇妙な共犯関係
その4 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている