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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Alejandro Guzman Alvarez&"Estanislao"/メキシコ、怪物が闇を彷徨う

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ギレルモ・デル・トロといえばメキシコ映画時代の寵児に押しあげた映画作家の1人だが、彼の作りだすモンスター映画は「クロノス」のように悍ましいスリルを喚起するものもあればシェイプ・オブ・ウォーターのように切ない共感を呼ぶものもある。だがこの怪物を主体とした映画はメキシコ映画において異端かと言えば、そうではない。デル・トロより遥か昔からモンスター映画の伝統はこの国に存在し、デル・トロの後にも確かに新たな継承者が現れている。今回紹介するのはそんなメキシコ映画Alejandro Guzman Alvarez監督作"Estanislao"だ。

主人公はマテオ(Raúl Briones)という中年男性だ。彼は15年ぶりに故郷に戻ってきて、この地にしばらく腰を据えることになる。そうして再会を果たした相手が彼の父親であるオルランド(José Concepción Macías)だ。父は酒浸りの生活を送っており、ゆえにマテオは距離を置いていたのだが、それでも父が住みこみで働く繊維工場で共に時間を過ごすことを決める。

一見すると今作は何とも平凡で典型的な芸術映画といった風だ。モノクロ撮影で父と息子の話を描きだせば小津だか何やらだかという浅はかな思惑が煤けて見えてくるような雰囲気が満ち満ちている。ゆえに序盤には目を惹く場面はほとんどないと言える。

だが物語が進むにつれて、今作の全貌が少しずつ明らかになっていく。工場で時間を過ごすうち、マテオは建物内に何か不気味な存在の気配を感じることとなる。壁には奇妙な影が映り、吐き気を催すような音が空気と彼の鼓膜を震わせる。だがそれが姿を完全に現すことはなく、マテオの神経は徐々に擦り減っていく。

こうして今作は奇妙なモンスター映画へと変貌を遂げることになる。かつてロジャー・コーマンは低予算ゆえのモンスターの廉い造型を隠すため、その姿を小出しにしながら観客の興奮を煽るというハッタリを開発し、これが一種の伝統として受け継がれていくことになる。そして監督もこれを律儀に引き継ぎながら、観客の恐怖と好奇心を刺激していく。

ここで際立つのが音響の数々だ。まるで生肉を喰らうような粘々した音が延々と闇に響き続ける様は、マテオと観客の神経を不穏に逆撫でしていく。それが登場人物たちの立てる妙に不愉快な生活音と重なりあうことで、鼓膜が徐々に粘液に侵食されていくような感覚を私たちは味わうことになるのだ。

ここで少しメキシコ映画史をモンスターという点から振り返ろう。この国におけるホラー映画の始まりはRamón Peónが1933年に制作した"La llorona"と言われているが、ここに既に怪物的な風貌を持った泣く女ラ・ジョローナが現れる。そしてメキシコ映画黎明期のパイオニアであるJuan Bustillo Oroもホラー作品を多く制作しており、中でも1950年に監督した"El hombre sin rostro"はメキシコ版透明人間といった趣で、その恐ろしさが際立つ。60年代はChano Uruetaによる、青いマスクを被ったナチョリブレが活躍するBlue Demonシリーズが話題になり、ここには狼男やサタンといった怪物が登場した。

こういったモンスター映画を観て育ち、長じては映画作家となったギレルモ・デル・トロがこの国に怪物たちの伝統を復興させる訳だが、最近では例えばアマ・エスカランテがその邦題も「触手」という作品で、性的倒錯に狂った触手の怪物を出している。そしてこの連綿と続く伝統へと新たに手を伸ばした存在がこのAlejandro Guzman Alvarezという訳である。

だが今作は文芸映画でもあり、ゆえに当然モンスターはモンスター以上に一種の比喩として機能することになる。ここにおいてモンスターはマテオの過去、もしくは彼の家族そのものに思える。父と再び交流しようと思いたったきっかけは母の死であり、彼は徐々に怪物の残す影や音のなかに彼女との思い出を見出すことになる。それは恐怖のように彼を苛む一方で、時おり驚くべき安らぎをも齎すこととなる。こうしてマテオは自身の過去を見据えざるを得なくなるのだ。

ここにおいてモンスターは恐怖であり安らぎである、過去であり未来である、そんな矛盾を宿した二極的な存在として工場を彷徨い続ける。この怪物のなかで意味が揺蕩うことで、物語は更なる捻じれを見せて、複雑さを増していくのだ。こうして"Estanislao"は普遍的な父と息子、そして家族をめぐる物語と、メキシコ映画の伝統としてのモンスター映画を融合させた野心的な1作である。

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