ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
ネイサン・シルヴァーの略歴と彼の第2長編「エレナ出口」についてはこの記事参照。
最近、音楽でもファッションでも90年代リヴァイバルが俄に起こり始めている機運を肌に感じている。勿論映画についても同じで、あらゆる所にその影がチラつく。例えば「トレインスポッティング」続編の製作開始とそれに伴う日本での再上映、例えばスティーブン・ソダーバーグの同名映画をドラマ化した「ガールフレンド・エクスペリエンス」の監督として90年代に絶大なカルト人気を誇った「クリーン、シェーブン」のロッジ・ケリガンを起用、例えば「ファイト・クラブ」を露骨にパク……オマージュを捧げた某ドイツ映画が世界的に人気を獲得などなど枚挙に暇がない。そして映画作家ネイサン・シルヴァーもまた彼が90年代に絶頂を迎えていたVHS文化を取り込み、恐るべき作品を作り上げていた。それこそが彼の第5長編"Stinking Heaven"だ。
舞台は90年代初頭のニュージャージー、その郊外でルーシーとジム(Deragh Campbell&Keith Poulson)の新婚夫婦はシェルターを経営していた。そこは麻薬やアルコールの中毒患者たちを受け入れ、更正するための施設だ。麻薬中毒のケヴィンと彼の娘であるコートニー(Tallie Medel、前作"Uncertain Terms"にも出演)、ジーン(Lawrence Novak)やベティ(Eleonore Hendricks)など老若男女様々な人々が集まり寝食を共にしているのだが、不安定な彼らの間で火種が尽きることはない。それでもルーシーたちは何とか平穏を保ちながらこの場所で身を寄せ合い暮らしていた。
ある日、彼らの元に現れたのはアン("Uncertain Terms"から続投のハンナ・グロス Hannah Gross)という赤毛の少女だ。アンもまた麻薬中毒で住む場所も無いのでここを頼りにやってきたそうだが、彼女に対して彼女の元恋人だったベティは良い顔をしない。そんな様子を見てみぬフリをしてアンはシェルターで新しい生活を始めるのだったが、ギリギリで保たれていた均衡が少しずつ崩れ始める。
この"Stinking Heaven"でまず目を惹くのがアダム・ギンズバーグ Adam Ginsberg("Tired Moonlight")による撮影だろう。色が飛んで無闇に白が目立つ解像度の荒い映像は、実家のタンスの奥に放置してあるテープに焼きついたホームビデオといった印象だが、実際撮影にはベータカムが使用されている。アンたちが公園で子供のように騒ぎながら遊び続けるシーンは正にホームビデオのそれであり、今作の舞台である90年代の空気感が再現されると共に、それを越えた普遍的な懐かしさも画面に滲み渡っている。
物語が進むにつれて登場人物たちもまた何かを撮影していることに気がつくだろう。ある時リビングルームで行われるのはケヴィンとベティの結婚式だ。それぞれが誓いの言葉を互いに告げ、キスを交わし2人は結婚、周囲のメンバーは彼女たちを暖かく祝福する。最初それは本物の結婚式のように見えるが、その行為が実はセラピーの一環だったことが発覚する。自分のトラウマを皆の前で"再演"し、それを映像として眺めることで心の傷を癒すという訳だ。メンバーは代る代る恋人に振られた時の修羅場や凄惨な暴力の風景を"再演"するのだが、狭いコミュニティの中だけで共有されるべき映像が垂れ流しになる様には、ゴミ捨て場に散らばったVHSを家に持ち帰り中身を見ているような、覗き見趣味的な好奇心と居心地悪さが混ざりあうドロついた感覚を味わうことになる(ちなみにシルヴァーは今作だけ特別にVHSを製作しており、配給会社Factory25から購入が可能)
この行為は"再演"する者にとっての癒しになると共に、この奇妙な共同体を維持するための儀式でもあるのだが、それを拒否する存在こそがアンだ。自分の番が回ってきてもアンは気分じゃないと儀式を拒み、それによって罰が与えられたとしても彼女はその態度を固持する。アンの頑なさは元恋人であるベティを苛立たせるのは勿論、ケヴィンやルーシーの神経も崖っぷちへと追い詰めていく。この"招かれざる客"というモチーフは「エレナ出口」から"Uncertain Terms"まで一貫しているが、それらには主人公たちが結果的に自分の居場所を他ならぬ自分が壊してしまうことの悲哀が滲んでいたが、アンを演じるハンナ・グロスの湛える不敵な存在感にはそういった罪悪感が全く存在しないのが新しい。彼女は以前紹介したCharles Porkel監督作"Christmas, Again"においても謎めいて孤独な少女役で注目を得たが、ここでもそんな雰囲気は漂わせている。だが冒頭燃えるような火の色を纏った赤毛を揺らしながらベティたちの前に現れる場面から明らかなように、存在それ自体が"火種"であり、彼女が何かするしないとに関わらず周囲の人間は焼き尽くされることを運命付けられたとそんな不敵さが彼女の終始不機嫌そうな表情には浮かんでいる。
こうなればもはや自分の独壇場だと言わんばかりに、シルヴァーはあらゆる手練手管を駆使し人々を破綻の大いなる予感によって苦しめていく。音楽を担当するのはポール・グリムスタッド Paul Grimstad、劇中において凍てついた響きを運ぶアンビエントな曲の数々は観客の神経に対し直に働きかけ、ルーシーたちの不安定な神経の揺らぎをそのまま私たちにも体感させようとする。スティーブン・グレウィッツ Stephen Grewitzによる編集も意図的だろうリズムの乱れは不気味で、その間にアンたちが楽しげに遊ぶ場面が挿入されようとそれがむしろ失われゆく物への哀しみと肥大する嫌悪感を際立たせる。
その頃になれば今作の映像にベータカムへの郷愁はもう存在し得ない。以前ハーモニー・コリンが同じような趣向を目指した"Trash Humpers"という映画があった。老人のマスクを被った3人の男女が所構わず暴れまわる姿を画質の荒ら過ぎるビデオ映像で繰り広げられるモキュメンタリーであり、ビデオデッキにVHSを入れたらブラウン管から伸びてきた手に頬骨をブチ砕かれるような悪意の表象を宿した作品だった。"Stinking Heaven"は"Trash Humpers"ほど露骨ではないが、観るうちブラウン管から伸びる腕にゆっくりと首を絞められるような感覚を覚える筈だ。しかしそれでも私たちの好奇心はこの作品から目を離すことを許してはくれない。アンを中心とする崩壊は加速度を増し、シルヴァーが首尾一貫して主張する共同体の不可能性がまた新たな形で立ち現れる。先鋭な悲観主義に裏打ちされためくるめく終焉がやってくる。
シルヴァー、2016年には既に友人であるMike Ottoと協同監督で新作"Actor Martinez"を発表済み。この映画の主人公はマルティネスという売れない中年俳優、彼は自分の自伝映画を作るため映画作家であるシルヴァーとOttoを監督として雇い、彼らもこの体験をドキュメンタリーとして記録していくのだが事態はどんどん居たたまれない方向へと進んでいく……という現実と虚構が入り交じるドキュドラマで、マルティネスの恋人役として起用される俳優は何とリンゼイ・バージ!(紹介記事を読もう!)私的にはシルヴァーよりもバージ目当てで観たいくらいに楽しみな作品だ。そして次回作はバージを主演に起用したドラマ作品で、バージ演じるCAがパリでとある中年男性と出会い複雑な関係に陥る……とそんな、彼にとっては海外で撮る初めての作品になる予定そう。ということでシルヴァー監督の今後に期待!
結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!
その19 デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人
その20 マーサ・スティーブンス&"Pilgrim Song"/中年ダメ男は自分探しに山を行く
その21 デュプラス兄弟&"Baghead"/山小屋ホラーで愛憎すったもんだ
その22 ジョー・スワンバーグ&"24 Exposures"/テン年代に蘇る90's底抜け猟奇殺人映画
その23 マンブルコアの黎明に消えた幻 "Four Eyed Monsters"
その24 リチャード・リンクレイター&"ROS"/米インディー界の巨人、マンブルコアに(ちょっと)接近!
その25 リチャード・リンクレイター&"Slacker"/90年代の幕開け、怠け者たちの黙示録
その26 リチャード・リンクレイター&"It’s Impossible to Learn to Plow by Reading Books"/本を読むより映画を1本完成させよう
その27 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その28 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場
その29 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
その20 Rick Alverson&"Entertainment"/アメリカ、その深淵への遥かな旅路
その21 Whitney Horn&"L for Leisure"/あの圧倒的にノーテンキだった時代
その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
その32 Charles Poekel&"Christmas, Again"/クリスマスがやってくる、クリスマスがまた……
その33 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その34 ロベルト・ミネルヴィーニ&"Low Tide"/テキサス、子供は生まれてくる場所を選べない
その35 Stephen Cone&"Henry Gamble's Birthday Party"/午前10時02分、ヘンリーは17歳になる
その36 ネイサン・シルヴァー&「エレナ出口」/善意の居たたまれない行く末
その37 ネイサン・シルヴァー&"Soft in the Head"/食卓は言葉の弾丸飛び交う戦場