最近インディー映画で名を上げた映画作家がいきなりビッグバジェットの大作に起用されるというトレンドが形成されてきているが、特に今はいわゆるカミング・オブ・エイジ映画の作り手が青田買いの対象になっている状況が顕著になっている。"The King of Summer"のジョーダン・ヴォグト=ロバーツ Jordan Vogt-Roberts が「キングコング」のリブートシリーズ1作目"Skull Island"に起用、更に「コップ・カー」のジョン・ワッツ(この紹介記事を読んでね)がスパイダーマンの再リブートに起用、そして「ファンタスティック・フォー」の監督ジョシュ・トランクも元はと言えばアメリカ版AKIRAな青春もの「クロニクル」が評価されてからの大抜擢(&大爆死)という流れだった。さてさて、今回は次に青田買いされるとするなら彼ではないか?と私が予想する新人映画監督Felix Thompsonと彼のデビュー作"King Jack"を紹介していこう。
Felix Thompsonはニューヨークを拠点とする映画作家だ。ニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アーツとロンドン大学ロイヤル・ホロウェイで映画作りについて学んでいた。映画監督としては2008年に夜の病院で巻き起こる騒動を描き出した短編"Rosen"を製作するのだが、ラテン系の高校生の人生を変えてしまう1日を描き出した2010年製作の"Bedford Park Boulevard"がNYUファースト・ラン映画祭で最高賞を獲得し、ナショナル・ボード・オブ・レビューの奨学金を得るなど話題になる。そして2010年には"The Third One This Week"を、2013年には父と娘が過ごす最後の1日を描いた米・仏共同資本の作品"Lolotte"を手掛けた後、Thompsonは初の長編"King Jack"を監督する。
ニューヨークの郊外キングストン、この町に15歳の少年ジャック(Charlie Plummer、リブート版スパイダーマンの主演候補にも)は母のカレン(Erin Davie)、自動車工の兄トム(クリスチャン・マドセン、苗字の通りマイケル・マドセンの息子)の3人で暮らしている。ヒップホップを聞きながら筋トレに精を出し、自撮りを気になっている少女に送るなんてそんな日々を彼は送っているのだが、一番の悩みはシェーン()の存在だ。彼は仲間と共にジャックをつけ狙い、気に入らないことがあれば容赦ない暴力を振るってくる。そんなイジメの数々はジャックの日常に色濃い影を投げ掛けていた。そんなある日、彼の家にやってきたのは従弟であるベン("The Mend" Cory Nichols)だ。彼の母が病気になってしまい、数日間この家で預かることとなったのだ。トムやシェーンのような年上の男ばかりの環境にいた彼はチャンスとばかりに兄貴面でベンに接し、そのせいか最初2人の関係はぎこちない。それでもキングストンの町を巡る内にジャックたちの仲は深まっていくのだったが……
"King Jack"は正にカミング・オブ・エイジものの常道を行く瑞々しい一作だ。思春期の少年少女が子供から大人になる過渡期には良いことも悪いこともあるだろう。とあるシーンではジャックたちは同級生ハリエット(Yainis Ynoa)の家に赴く。そこで彼らは"Truth or Dare"というゲームを始めるのだが、その遊戯はいつしか性への好奇心に彩られたものとなり、ジャックはそこで甘酸っぱい瞬間を体験する。だがその一方でシェーンは執拗にジャックを付け狙い、彼も彼でシェーンの家の外壁に侮辱の言葉をスプレーで書き記し報復に打って出るなどして、事態はどんどん悪化していく。
先述したがこの物語の舞台はキングストン、この町はニューヨーク州アルスター郡の郡庁所在地で、ハドソン川の中流の西岸、ロンダウト・クリークの合流地点に位置している。現在の人口は2万人でかつてはニューヨーク州の最初の州都であったこともあるそうだが、撮影監督Brandon Rootsの撮す町並みは侘しげな感覚に満ちている。橋の欄干には落書きが溢れ返り、道のあちこちには大小様々なゴミが我が物顔で散らばっている。人々の暮らしぶりも何処か貧しげな印象を与える。監督はこの町を舞台に選んだ理由についてこう話す。
"この映画は忘れられた町の忘れられた子供たちについての物語です。ですからその感覚を感じられる町を探していました、高速道路を走る途中に立ち寄っても後には全て忘れ去ってしまうそんな町を。更にここは正にアメリカだという感触も欲しかった、ペンシルヴァニア州に住む人もアーカンソー州に住む人も同じように共感できることを望んでいました。そしてキングストンを見つけたんです。ここには歴史が、歴史の連なりに形作られたアメリカの美がある、私たちはたちまち恋に落ちてしまいました"*1
美しくも荒んだ町に広がる風景、それはジャックの人生にも確かに影響を与えていく。2人はシェーンに鉢合せし、自分だけが助かろうと必死になる余りジャックはベンを置き去りにしてしまう。捕まってしまったベンはジャックの身代わりとなってイジメの餌食になり、ジャックは助けようとするのだが恐怖で足がすくんでしまう。彼は暴力が繰り広げられる様をただただ盗み見ることしか出来ない、そして自分の弱さを悔やむことしか出来ない。
劇中に登場する男性はベンを除くと全員が彼より年上であり、重要な共通点として暴力的な点が挙げられる。イジメ相手のシェーンや彼の父親は勿論のこと、兄のトムは頼れる相手であると共にその暴力がどこに向くか分からない恐ろしさをも秘めている。そんな彼らに対して、ジャックは今作の題名とは裏腹に"Scab(かさぶた、疥癬という意味)"と呼ばれ皆から弱虫扱いされている存在であり、彼自身が自分を弱い人間だと責め続けている。両者は対称的な存在のように思えながらその実同じ呪いに縛られていると言える、すなわち"男らしさ"という呪いに。"男は強くなくてはならない""男は傷ついても泣いてはいけない"……そんな言葉に苦しめられた経験を持つ男性はそう少なくないだろう。身体も心も成長途中で不安定な時期にある少年なら尚更だ。そしてそんな不安に呪いが作用することで"男らしさ"は容易く暴力に転じてしまう。暴力を振るう者、振るわれる者、どちらにしろ暴力に絡め取られた人々は疲弊し追い詰められていく。"King Jack"はその風景を深い痛みと共に描き出していくのだ。
しかし今作はそれで終わることがない。監督は作品についてこう語っている。"この作品は小さな頃に出会った、どうかしている子供たちをモデルに作られています。父はイングランドにある労働者階級の人々が集う小さな町出身で、ロンドンから北へ1時間の場所にあるその町で私たちは夏休みを過ごしていたんです。親は働きに出ているので子供たちはいわばストリートの王者でした、ある意味で「蠅の王」のような状況です(中略)子供たちは馬鹿で残酷で、そこには何が正しくて何が間違っているのか教えてくれる人は1人すら居なかった、だからこそ両親のいない週末は自分の人生を変えてしまうような時間だったんです。私はそんな週末のある一風景、15歳である少年の人生が急旋回を遂げるその時を描きたかった。そしてその根底には、子供から大人に成長する時代に私が感じていた物が本当は何であったかを知りたいという願いが存在していました。自分は世界の中心ではない、自分自身よりも他人を思いやることこそが重要なのだと知るあの時代に"
つまり"男らしさ"という名の呪縛から逃れるために必要なのは、監督の言葉を借りれば"自分以外の誰かを思いやる"ことなのだ。物語が進んでいくにつれてジャックを襲う暴力は激しさを増していきながらも、彼はそれを知り本当の意味で成長していく。そうして彼は"King Jack"という言葉に相応しい存在となるのだ。
"King Jack"はトライベッカ映画祭で上映され観客賞を獲得、更にはインディペンデント・スピリット・アワードで"今後の劇場公開に期待したい作品賞"を得て、その後押しもあり去る6月10日にとうとう劇場公開されることとなったのである。今後の予定はまだ未定だが、私的にはThompson監督はビッグバジェット映画に採用されるのではないか?という予想がある。実際主演俳優Charlie Plummerはトム・ホランドとスパイダーマン役を争っていたりとこの映画が注目されていることは間違いない。ということでThompson監督の今後に期待。
参考文献
http://kingjackmovie.com/(作品公式サイト)
http://moveablefest.com/moveable_fest/2016/06/felix-thompson-king-jack.html(監督インタビュ−)
ポスト・マンブルコア世代の作家たちシリーズ
その1 Benjamin Dickinson &"Super Sleuths"/ヒップ!ヒップ!ヒップスター!
その2 Scott Cohen& "Red Knot"/ 彼の眼が写/映す愛の風景
その3 デジリー・アッカヴァン&「ハンパな私じゃダメかしら?」/失恋の傷はどう癒える?
その4 Riley Stearns &"Faults"/ Let's 脱洗脳!
その5 Gillian Robespierre &"Obvious Child"/中絶について肩の力を抜いて考えてみる
その6 ジェームズ・ポンソルト&「スマッシュド〜ケイトのアルコールライフ〜」/酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい酒が飲みたい…
その7 ジェームズ・ポンソルト&"The Spectacular Now"/酒さえ飲めばなんとかなる!……のか?
その8 Nikki Braendlin &"As high as the sky"/完璧な人間なんていないのだから
その9 ハンナ・フィデル&「女教師」/愛が彼女を追い詰める
その10 ハンナ・フィデル&"6 Years"/この6年間いったい何だったの?
その11 サラ=ヴァイオレット・ブリス&"Fort Tilden"/ぶらりクズ女子2人旅、思えば遠くへ来たもので
その12 ジョン・ワッツ&"Cop Car"/なに、次のスパイダーマンの監督これ誰、どんな映画つくってんの?
その13 アナ・ローズ・ホルマー&"The Fits"/世界に、私に、何かが起こり始めている
その14 ジェイク・マハフィー&"Free in Deed"/信仰こそが彼を殺すとするならば
その15 Rick Alverson &"The Comedy"/ヒップスターは精神の荒野を行く
その16 Leah Meyerhoff &"I Believe in Unicorns"/ここではないどこかへ、ハリウッドではないどこかで
その17 Mona Fastvold &"The Sleepwalker"/耳に届くのは過去が燃え盛る響き
その18 ネイサン・シルヴァー&"Uncertain Terms"/アメリカに広がる"水面下の不穏"
その19 Anja Marquardt& "She's Lost Control"/セックス、悪意、相互不理解
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その22 Meera Menon &"Farah Goes Bang"/オクテな私とブッシュをブッ飛ばしに
その23 Marya Cohn & "The Girl in The Book"/奪われた過去、綴られる未来
その24 John Magary & "The Mend"/遅れてきたジョシュ・ルーカスの復活宣言
その25 レスリー・ヘッドランド&"Sleeping with Other People"/ヤリたくて!ヤリたくて!ヤリたくて!
その26 S. クレイグ・ザラー&"Bone Tomahawk"/アメリカ西部、食人族の住む処
その27 Zia Anger&"I Remember Nothing"/私のことを思い出せないでいる私
その28 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その29 Perry Blackshear&"They Look Like People"/お前のことだけは、信じていたいんだ
その30 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その31 ジョシュ・モンド&"James White"/母さん、俺を産んでくれてありがとう
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