鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Daniel Martinico&"OK, Good"/叫び 怒り 絶望 破壊

現在、絶賛サンダンス映画祭が開催中であるが、前々からこの映画祭にはこんな批判が投げ掛けられている。インディー映画の祭典だった筈なのに、いつの間にかメジャーの踏み台になってはいないかと。確かに「フルートベール駅で」ライアン・クーグラー「セッション」デイミアン・チャゼルなど、サンダンスで最高賞を獲った後にそれぞれクリードラ・ラ・ランドでメジャー進出を果たし、後者は2017年のオスカー最有力候補となっている。更に去年最高賞に輝いたネイト・パーカーバース・オブ・ネーション」は、その結果は置いとくとして、Fox Searchlightが1750万ドル(日本円にして約21億!)で配給権が買われるなどしている。ハリウッドの外にあった筈の映画祭なのにもはやハリウッドの一部と化しているじゃないか!という批判も尤もだろう、ことはそう単純ではないが。

そうしてサンダンス映画祭の立ち位置が否応なく変わりゆく中で、インディー映画の最前線にあろうとSXSW映画祭やトライベッカ映画祭がしのぎを削っている訳だが、日本で余り注目されないながらも独特の存在感を放っているのがスラムダンス映画祭だ。サンダンスと同じ時期、同じユタ州で開催されるこの映画祭からは通好みのインディー映画が公開され、クリストファー・ノーランがブレイクしたのもここがきっかけだったりする。さてさて、今回はそんなスラムダンス映画祭が発掘した異形の才能であるDaniel Martinicoと彼の長編監督デビュー作“OK, Good”を紹介していこう。

呼吸の音、掠れた声、微かな衝突音、寄り集まる老若男女がそんな響きの数々を部屋に満ち渡らせる。彼らはグルグルと回ったかと思うと、彼らは円陣を作り手を掲げる。彼らは獣のような動きを見せたかと思うと、彼らは床に寝転がり数を数える。その目的は杳として知ることが出来ない。それでも私たちは言外に悟る筈だ、彼らが何かを、超越的な何かを捉えようとその身を動かしていることを。

その中の一人、ポール(Hugo Armstrong)という名の中年男性が今作の主人公だ。彼はいつの日か俳優として一旗立てることを夢見ているが、その日は遥か遠くのように思える。オーディションに行っては落とされ、オーディションに行っては落とされ、役をもらうことすら叶わない。そんな彼が通うのがあのワークショップな訳だ。彼は同じような立場にいる人々の紛れ、叫びと躍動の中で自分を解放しようとするのだが……

“OK, Good”という気楽な題名とは裏腹に、今作の殆どがポールの陰鬱たる日常で構成されている。車でオーディション会場に向かい、固い椅子に座って時間が来るのを待つ。そしてスタッフに促されスタジオに入り、深夜の通販番組で聞くような台詞を延々と喋ることになる。良い土でこそ植物は良く育つんです、もう一回今度はもっと輝くような感じで言ってみてくれ、良い土でこそ植物は良く育つんです、オッケー良いね(OK, Good)、そしてオーディションは終わり、ポールは車で家に帰り、狭苦しい部屋の中でインスタントラーメンを食べる。彼の日々はこの執拗な反復でしかない。

そんな状況でワークショップとは彼にとっての鬱憤晴らしの場ともなる。ある時彼は他のメンバーと向き合い“お前は臭い”と罵倒しあうよう求められる。お前は臭い、お前は臭えんだ、相手は躊躇なく叫ぶ一方でポールは気後れしてしまう。それでも時間が経つにつれ、彼の中の感情が燃え立っていく、テメエが臭えんだ、臭えのはテメエなんだよ、臭え、臭えんだよボケが、唾をも散らせながら罵詈雑言をブチ撒ける彼の禿頭には血の赤が鮮やかに滲み出す。

監督は今作の構想源についてこう語っている。"始まりはワークショップのシーンからです。60年代半ばにメカス兄弟がリビング・シアター(40〜60年代に活動した前衛演劇団体)とタッグを組み、彼らの強烈なパフォーマンスを記録した"The Brig"という作品を監督しました。大分前に観たんですが、そのイメージがずっと離れず(中略)そうした映画が作りたいと思い始めたんです。

ヒューゴ(・アームストロング)とは長年の親友で、俳優としての活動を聞いていました。そんな彼とこの抽象的なアイデアに劇映画の要素をどう組み込むか相談していたんですが、ある時彼がオーディション会場に連れてってくれたんです。控室で待つ間、その空気感を味わいました、素晴らしい経験でしたね。時を同じくしてオーディションのテープを観る機会があり、背景を失ったそれらはビデオアートのようで衝撃を受けました。ロサンゼルスには俳優の友達が多いのでこの世界には慣れ親しんでいるつもりでしたが、自分自身俳優である訳じゃなかったので、あのテープを観た経験は正に天啓の様でした(中略)それからヒューゴと私は物語の中心となる人物を作り上げていったんです。"

そして監督は物語を進めるにあたって、この二つの要素を不気味な形で混ぜあわせていく。ポールは宣材写真のミスを写真屋へと正しに行くのだが、気の弱さが災いして店員に不平を言うことが出来ない。更に代金の二重徴収が発覚した後も、店は無視を決め込み、ポールの中にはドス黒い感情が溢れ始める。それと期を同じくして、段々とワークショップはカルト教団めいた様相を呈し始めるのだ。ポールはオーディションに向かう最中、カーステレオから流れる老いた男の声に耳を傾ける。お前の中にいる戦士を解き放つのです、もうこれ以上は我慢がならぬと叫びを上げるのです……

そうして“OK, Good”は現代に生まれた上で逃れがたい虚無感とその余波を描き出そうと試みるが、それを最も体現するのはポールを演じるHugo Armstrongに他ならない。画質の粗いオーディション映像、そこにはArmstrongの虚ろな表情が浮かび上がる。木の幹に開いた空洞のような顔面、彼はそこに“自分は頼りがいのある人間さ!”と言わんばかりの笑顔を張りつけようとするが、裏側にある拭い難い倦怠感を隠すことは叶わない。そして物語が進むにつれ、そこには禍々しい赤の色彩が現れだすのだ。私たちは激発の時を予感しながら、生の苦渋を噛まされ続ける。

だがその激発はいざ来たるとなると、何か既視感を抱くような代物となっている。有り体に書いてしまえば終盤、今作は「セブンス・コンチネントUSA」といった風な展開となる。つまり爆発を迎えたポールは部屋にあるものをただ激情のままに破壊すると、そんなシーンが10分間続くのだ。これは完全に「セブンス・コンチネント」の絶望と同じであり、最初観た時は“これじゃただの二番煎じじゃないか”と思わされた。だが違うのだ、

まず私たちは“OK, Good”の破壊が「セブンス・コンチネント」よりもずっと貧相なことに気づくだろう。後者が幾つもの部屋を渡り歩いて破壊を繰り広げていたのに比べ、前者は一室だけでしか破壊が行われない。それはある意味当然で、ポールの賃貸住宅に部屋は1つしか存在しないのだ。そして夫婦は数十枚ものレコードや思い出の詰まった写真アルバム、大量の衣服、高級家具を全て破壊し20分もの時間がかかるが、ポールが壊すのはガタガタの棚、壊れかけた電気スタンド、ソファーにクッション、安そうなテレビやラジオ、CD数枚と本が数冊と模造絵くらいなので一人だけでも10分程度でカタがつく。

そう部屋に住んでいるのはポール一人だ、他には誰もいない。だから破壊するものがそもそも余りないのだ。もちろん破壊の光景は苛烈だ。しかしそれより際立つのは侘しさだ。殺風景で狭苦しい、そもそも壊す物が余り存在しない、自分の他には誰も居ないたった1つだけの部屋という侘しい空間性ばかりが浮き上がってくる。振り返れば「セブンス・コンチネント」は30年前の映画だ。彼らは資本主義の途方もなさに膿み、第7大陸という夢の場所への旅立ちを目指していた。だが今はどうだ、家族が前提条件として持っていた富などポールには残されていない、見るべき夢すら存在しない。かと言って彼は死にも突き抜けられない。そこにあるのは圧倒的な虚無だけだ。

だが監督はその先に別の道筋を見出だしていく。ワークショップにおいてポールたちが行う身体の躍動は、異常な形で進展していく。重苦しい呻き声、硬直とも痙攣とも取れない震え、まるで肉体を寄生虫によって食い破られようとしているその末路を目撃させられるかのような感覚。それは虚無に膿んだ果ての惨めな終焉のように見える。しかし違う、これは終りではなく始まりなのだ。“OK, Good”は彼らの姿に深き虚無からの脱却を見る、虚無をも呑み込む怒りと災厄の誕生を見る。

最後に監督のプロフィールを紹介しよう。Daniel Martinicoはロサンゼルスを拠点とする映画作家だ。映像作家としてキャリアを歩み始め過去を逃れてやドラマ「白バイ野郎ジョン&パンチ」など既存の映像作品を再解釈した作品などが話題となり、その中にはダグラス・ゴードン「24時間サイコ」にあてつけたような「24秒サイコ」(しかも引用元はガス・ヴァン・サント版)というネタとしか思えない作品もある。

そんなMartinicoが映画監督としてまず注目されるきっかけとなったのが2009年の短編作品"Bike Thief"だ。自分の所有するBMXが奪われる妄想に苛まれる男の姿を描いたドラマ作品で、題名から分かる通りネオリアリズモの傑作自転車泥棒にオマージュを捧げているという。そして2012年には初の長編映画"OK, Good"を監督し話題となるが、スラムダンス映画祭の常としてここで話題になっても、そこまで米インディー映画界にそれが及ぶ訳ではないのが歯痒い。それでも彼はマイペースに製作を続け、4年後の2016年には待望の第2長編"Excursions"を完成させる。2組のカップルが悟りへの道を探るという、なかなかヤバそうな作品で楽しみとしか言い様がない。ということでMartinico監督の今後に期待。

参考文献
http://www.neglectedtransformer.com/dm/(監督公式サイト)
http://moveablefest.com/moveable_fest/2012/01/ok-good-daniel-martinico-hugo-armstrong-interview.html(監督インタビュー)

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