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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アントニオ・カンポス&"Christine"/さて、今回テレビで初公開となりますのは……

さて、今年も米インディー映画の祭典であるサンダンス映画祭が開催されているが、去年の映画祭において話題になったトピックが1つあった。それはクリスティーン・チャバックという女性を描いた映画が二作品同時に公開されたことだ。1974年、生放送中に謎の拳銃自殺を遂げたニュースキャスターの存在は当時大きな話題となり、シドニー・ルメットの傑作「ネットワーク」においてあるキャラクターのモデルとなったとも言われている。

サンダンスにおいて公開された一本目はドキュメンタリー映画界の鬼才ロバート・グリーン監督作「ケイト・プレイズ・クリスティーン」aka“Kate Plays Christine”だ。このチャバックの逸話に魅入られたグリーン監督と俳優のケイト・リン・シール(このブログでも紹介している期待の俳優だ)が、彼女についてのドキュメンタリーを製作しようとするうち様々な苦悩や問いの直面するという姿を描いたいわゆるメタ・ドキュメンタリーで、日本でも1月に限定公開されることになっている故に存在を知っている方も多くいるだろう。だが今回はそれを小脇に置き、映画祭でプレミア上映されたもう一本の映画、それこそが今回紹介するアントニオ・カンポス監督作“Christine”という訳である。

アントニオ・カンポス Antonio Camposは1983年8月24日、ニューヨークに生まれた。父Lucas Mendeshはブラジル人ジャーナリスト、母ローズ・ガングーザは映画プロデューサーでマージン・コール「キル・ユア・ダーリン」などを手掛けており、そんな母の影響で小さな頃から映画に親しみ始める。そして18歳の頃シティ・オブ・ゴッドの試写会場であのロバート・アルトマンと出会い、彼からアドバイスをもらったこと(「俳優が思い通りの演技をしてくれなかったらどうしますか?」という問いに対し「そんな奴クビにして新しい俳優を雇え」と言われたらしい)で本格的に映画監督としての道を歩み始める。

そして彼はニューヨーク大学に入学を果たす訳だが、そこでショーン・ダーキンジョシュ・モンドと運命的に出会い、製作会社Borderline Filmsを設立する。製作会社/プロデューサーとしての活動はモンドの紹介記事を参照して欲しいが、ここからカンポスの快進撃が始まったと言えるだろう。2005年には16歳の少女がeBayで自分の処女を売ると言ったことから騒動が巻き起こるという作品"Buy It Now"を手掛け、カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門の作品賞を獲得するなど話題になる。

2007年の短編"The Last 15"を経て、2008年にカンポスは初の長編監督作"The Afterschool"を製作する。プレップ・スクールに通う生徒たちがインターネットの動画サイトを通じて狂気に呑み込まれていく姿を描いた作品で、カンヌ国際映画祭ある視点部門に出品、ナッシュビル映画祭では審査員特別賞を獲得し、また今をときめく若手俳優エズラ・ミラーエモリー・コーエンが揃って銀幕デビューを果たした作品としても有名となる。その後プロデューサーとして活躍する傍ら、2012年には第2長編"Simon Killer"を手掛ける。大学を卒業したばかりの主人公が失恋の痛手を癒すためにパリへと赴くが……というスリラー作品で、ブラディ・コーベット「35杯のラム・ショット」マティ・ディオップが出演していることでも話題となった。そして4年の沈黙を破り、2016年には待望の第3長編"Christine"を監督することとなる。

30歳のクリスティーン・チャバック(「噂のギャンブラー」レベッカ・ホール)はニュースキャスターとして、テレビ局で慌ただしい日々を送っていた。勤勉さが売りので同僚にも恵まれていたが、上司のマイク(トッド・ソロンズの子犬物語」トレイシー・レッツ)は余り良い表情を浮かべない。彼はクリスティーンだけでなくキャスターのジョージ(「ダメ男がモテる本当の理由」マイケル・C・ホール)やカメラオペレーターのジーン(「29歳からの恋とセックス」マリア・ディッツィア)らスタッフを集め発破をかけてくる、お前らもっと注目されるネタを集めてこい!と。クリスは必死になって彼の命令に応えようとするのだが……

今作の元となった事実の陰惨な実情に反し、序盤において“Christine”は思わぬコミカルさと共に展開していく。ニュース番組が作られる舞台裏のドタバタやどこか可笑しな行動を繰り広げるクリスの姿、テンポよく捌かれていく展開展開の数々はある種のシットコム(例えば監督が例に挙げているのはメアリー・タイラー・ムーア・ショウ」だ)を指向しているとも言える。だがこの笑いの裏側で、黒い何かが蠢き近づいている感覚をも、観客は確かに感じるはずだ。

そして本作はクリスティーンという一人の女性の内面へと潜行を果たす。実際の彼女は凄まじく孤独で、同僚たちとも彼らの好意を素直に受けとれないまま、上っ面の交流しか出来ないでいる。そんなクリスが求めているのは本当の意味で自分を愛してくれる人物であり、自分を愛してくれる子供だ。しかし男性とどう付き合っていけばいいか分からない彼女は、カフェで仲良さげな談笑するカップルに嫉妬し、顔面を苦痛に歪ませる。そんな中で下腹部に痛みを覚えた彼女が病院へと赴くと、医者に子宮を摘出しなければ病気は治らないと宣告されてしまう。

この絶望的な状況下で、彼女が出来ることは自分が抱く鬱屈を仕事として昇華することだけだった。些末な業務を処理していく一方で、クリスは警察無線を傍受し“都市の危機”とも言える残虐な事件をスクープしようと努力する。だが真面目すぎるのが災いしてそのスクープはマイクに認められることはなく、知らぬ内に同僚たちによって出し抜かれていく。何で私がこんなことに、何で私がこんなことに……苦悩する彼女の頭に浮かぶのはマイクが発破をかける時に言った言葉だーー血が流れれば、特ダネが流れるんだよ!

“Christine”において何と言っても圧巻なのがクリスティーンを演じるレベッカ・ホールの存在感だ。彼女ほど映画に出演するたび評論家陣から“これほどの才能を監督たちは何で無駄遣いするんだ?”と嘆かれる人物はいないが、ここではそんな彼らが口を揃え絶賛するのも頷ける渾身の演技を魅せてくれる。貞子のように長く傷みきった黒髪、精気の刈り取られた顔で唯一異様なまでにギョロつく眼、全体として骸骨と見紛うほどに青黒い佇まい、その数々はヒッピー文化を謳歌する同僚たちとは生きている世界が違うといった風だ。そしてホールは壊れゆく女の精神を丁寧に掬い取っていく訳だが、その中で際立つのが彼女の声だ。何か微妙に篭ったような声は聞く者の鼓膜を不気味に震わせ、観客それぞれの心に黒ずんだ澱を蟠らせるのだ。

そんなホールの演技は、クリスティーンという女性は人間関係や仕事内容に馴染めなかったというより、何よりも彼女が身を置いていた時代の空気に馴染めなかったのではないか?という疑問を投げ掛ける。それを象徴するのは母親ペッグ(「マーガレット」J・スミス=キャメロン)との対立だ。ペッグはヒッピー文化にどっぷり浸かり、自宅でマリファナを吸ったり若者たちと懇意になったりするのだが、そんな彼女にクリスは嫌悪感を露にする。それでも自分を愛してくれる人物は母しか居ないというどん詰まりの感覚は、愛と憎しみに引き裂かれた不健康な共依存的関係を形成していく。だがクリスの胸臆を知ってか知らずか、ペッグは若い男を家に連れ込みイチャつく姿も隠すことはない。

カンポス監督のディレクションは、ある意味でクリスへの嫌がらせとも取れる場所を指向している。Sofía Subercaseauxによる編集は陰惨さとは裏腹に軽快なテンポを宿し、テン年代のインディー映画界をときめくダニー・ベンジー&ソーンダース・ジュリアーンズの劇伴はクリスの鼓動を模したようなパーカッションで彼女を崖っぷちへと追い詰める。そしてカンポスによって醸し出されるそこはかとないコメディ的雰囲気は、クリスが抱える羞恥心や劣等感、悲哀をこれでもかと浮き彫りにしていく。そして断崖の切っ先で彼女は呟く、血が流れれば特ダネが流れる、血が流れれば特ダネが流れる、血が流れれば特ダネが流れる……

“Christine”楽天的なポップソングが流れベルボトムが輝いていた時代、真面目さという物が侮られる時代に起こった悲劇を描き出した作品だ。おそらくクリスティーンは間違った時代に生まれてきてしまった存在なのだろう。だからこそ、彼女が最期に残す言葉は今を生きる人々にとっても痛烈に、そして空しく響き渡る。チャンネル40には、視聴者の方々に血と内臓をあの鮮やかさのままにお届けするというポリシーがあります。そして今回初公開となるのは……

参考文献
https://borrowingtape.com/interviews/christine-interview-with-director-antonio-campos(監督インタビュー)
http://www.moviemaker.com/archives/news/breaking-down-the-news/(監督&レベッカ・ホールインタビュー)

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