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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Simona Kostova&"Dreissig"/30歳、求めているものは何?

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30歳という年齢は若くもなければ老いてもいない微妙な年代と言えるだろう。巷ではこの微妙さに翻弄される人々の危機的な状況を“クォーターライフ・クライシス”と言うそうだ。今回紹介するブルガリア映画界の新星Simona Kostovaによるデビュー長編“Dreissig”はこの狭間の世代による切実なる苦悩を鮮烈に描き出した傑作と言えるだろう。

オヴィ(Övünc Güvenisik)は正にその30歳に差し掛かった男性だ。彼は小説家であるのだが、上手く物語を紡ぐことができないスランプ状態に陥ってしまっている。しかし友人たちが誕生会を開いてくれるというので、彼は気分転換とばかりに彼らと共にベルリンの街へと出掛けようと決める。

そんなオヴィの友人の1人がパスカル(Pascal Houdus)だ。彼はパリから引っ越してきたフランス人なのだが、恋人であるラハ(Raha Emami Khansari)と別れたばかりで未だに未練がタラタラだ。心機一転、今度は東京へ引っ越すことも考えているのだがイマイチ決心がつかない。そんな彼はオヴィが誕生日を迎えるということで、ヘンナー(Henner Borchers)やカーラ(Kara Schröder)たち友人を集めて夜のベルリンで誕生会を開くことにする。

こうしたあらすじから予想される通り今作はベルリンに生きる若者たちの夜を描き出した作品だ。こう言えばよくある作品と思うかもしれないが、それらとは一線を画する作品というのは冒頭から明らかだ。まずカメラはオヴィの寝顔をクロースアップで撮しとる。電話が鳴り始めると彼は起きる準備をしだし、それと共にカメラは遠くへと離れていき、最後には部屋の全容を映し出す。群青色に包まれた寒々しい部屋で、孤独に煙草を吸う侘しい姿。それを監督は5分以上にも渡る長回しで描き出すのだ。そこには何か異様な予感がある。

夜がやってくるとオヴィたち皆がはしゃぎ始める。ヘンナーの家に集まって誕生会を開き、プレゼントを上げる。そしてオヴィが出会った女性も交えて、彼らは街に繰り出してクラブで踊ったりする。そして街角を酒の勢いでブラブラ歩き回る。しかしそこに何か不思議な感情が込み上げてくるのに、観客は気づくはずだ。

今作の主体は撮影監督Anselm Belserによる長回しだ。しかしそれはただ目の前の景色を撮すだけの、素朴なものではない。冒頭における被写体との距離を少しずつ変えていく長回し、部屋の立地を利用して擬似的なスプリットスクリーンを作る長回し、自転車でベルリンを爆走するパスカルを捉え続ける汚れた血におけるドゥニ・ラヴァンを思わす長回し。そういった多種多様な長回しがここでは披露されていくのだ。

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そのどれもがベルリンという街に生きる人々の間に満ちる空気感を捉えている。例えばクラブにいる若者たちの表情を捉える長回しはそれを象徴する。濃厚なキスに興じるカップルの顔、そこから煙草を憂鬱そうに吸う人物の顔に移動し、さらにカメラは暇そうにぼんやりと虚空を眺める人物の顔へ、楽しそうに友人と会話をしている人物の顔へ、ゆらゆら移動していく。この途切れない表情の豊かさが、そのままベルリンの文化の豊かさを示している。

この長回しの根底にあるのはリアリズムの追求だ。編集や虚飾はなるべく排除してリアルな空気感を捉えようと監督は試みているのだ。ゆえにごく個人的な部屋の中に満ちる親密な雰囲気や、ベルリンの道端に蟠る空気感、満杯のクラブに満ちわたる熱気、そういったものが迫ってくるような感覚がここにはあるのだ。

さて今作の舞台はベルリンだが、監督はブルガリア人である。元々はブルガリアの首都ソフィアで俳優として活動していたが、映画作家としての道を歩もうと決意し20代でベルリンへと移住、そして2019年に今作で長編映画デビューを果たした人物だ。ブルガリアといえば、近年映画界で目覚ましい台頭を見せる国と言っていいだろう。東京国際映画祭含めて世界中の映画祭で喝采を受けた「ザ・レッスン~女教師の代償」クリスティナ・グロゼヴァ(ブログ記事)、ロカルノ映画祭で最高賞を獲得した“Godless”Ralitza Petrova(ブログ記事)、同じくロカルノの若手監督部門で作品賞を獲得した“3/4”Ilian Metev(ブログ記事)ら、素晴らしい作家陣が多い。私も2017年のベスト10に後者2本を入れたほどだ。

これらの作品に共通するのは徹底したリアリズムである。ダルデンヌ兄弟や隣国である“ルーマニアの新たなる波”に影響を受けたこの作風は、目前で起こることを見逃すまいとする苛烈なアプローチだと言える。しかしブルガリアの場合はこのリアリズムを極端に推し進めることで、正にブルガリア的としか形容しがたい唯一無二の詩情を獲得したと言える。“Godless”人間性のすべてが刈り取られた後に広がる風景を鋭く眼差すことで生まれる凍てついた虚無の詩情や、“3/4”の逆にヒューマニズムを徹底してリアルに描き抜くことで現れる感動、これがブルガリア映画の真髄だ。その現代のブルガリア人作家が持つ無二の味わいが今作にも継承されているのだ。ネオン色の詩情、ミニマル芸術的な美しさ、青春の輝き。それらがリアリズムを突き詰める過程で映し出されていくのだ。

だが監督がそれを突き詰めた先にあるのは、もっと悲壮で切実なものだ。ある時、オヴィは不愉快な場面に遭遇してふと吐き捨てる。“こりゃ何の比喩だよ?人生はクソって意味か?”そしてカーラやヘンナーも心の奥底に押し留めていた、誰にも説明できない不安定な感情に翻弄されて、夜の中で人生を見失い始める。愛の終わりの中にいるパスカルとラハは、深い孤独と直面することになる。監督が描き出す詩情に浮かび上がるものは人生を生きるにあたって避けられない侘しさや寂しさなのだ。

今作の題名“Dreissig”は正に“30”を示す単語だ。先述した通り、この年齢は若くもないし老いてもいない微妙な年代である。その狭間で自分たちは何をすればいいのか、どうやって生きればいいのか。そんな問いを真摯に考え続ける今作からは、こんな切ない叫びが聞こえてくる。“僕たちは人生に何かを求めてる。でもそれって一体何なんだ?”

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