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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

アレックス・ロス・ペリー&「彼女のいた日々」/秘めた思いは、春の侘しさに消えて

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この世界に映画として作られていない題材は一体あるのだろうか? 取り敢えず考えてみよう。前人未到の異郷に生きる原住民たちの物語、人間とは全く違う地球外生物についての物語、宇宙の深遠なる起源についての物語……米インディー映画界の恐るべき子供アレックス・ロス・ペリー最新作“Golden Exits”において、エミリー・ブラウニング演じる女性はこんなことを言う。“未だに作られたことがないのは、普通の人々の特に何も起こらない日々についての映画だと思う”。この発言は“Golden Exits”という映画そのものを形容した最善の言葉と言っていいだろう

この映画の主人公はナオミ(「エンジェル・ウォーズ」エミリー・ブラウニング)という25歳の女性、彼女はオーストラリア人でしばらくニューヨークに滞在するためこの地にやってきた。彼女はニック(アダム・ホロヴィッツ)という中年男性の元で、資料整理をするために雇われることとなる。彼の妻であるアリッサ(ブラウン・バニークロエ・セヴィニー)やその姉であるグウェンドリン(「RED/レッド」メアリー=ルイーズ・パーカー)らとも懇意になりながら、彼女のニューヨークでの日々は過ぎていく。

そして物語にはもう1人の家族が関わることになる。バディ(天才マックスの世界ジェイソン・シュワルツマン)は妻のジェス(「君といた2日間」アナリー・ティプトン)と共に音楽スタジオを経営しながら、自由な生活を謳歌していた。実はそんなバディはナオミの義理の兄であり、そんな関係性から度々会って近況を話すようになる。こうして2つの家庭はナオミを通じて、緩やかに繋がり始める。

今作を構成するのは登場人物たちのどうということはない日常の素描だ。例えばナオミがニックと一緒に資料整理を行う、クラブでバディと他愛ないお喋りを交わす、アリッサとグウェンドリンが姉妹同士で不在のニックについて会話をする、バディがジェスとソファーに座ってイチャつく、グウェンドリンがベッドの上で晩御飯を食べる。こういった風景の数々がゆったりとしたテンポで以て積み重なっていくのだ。

ロス・ペリーの盟友である撮影監督ショーン・プライス・ウィリアムス(「神様なんかくそくらえ」)によるフィルム撮影は息を呑むほどの美しさを誇っている。薄く赤みがかった世界は秋の手を擦りあわせるような侘しさをそこはかとなく感じさせるものであるし、そんなレンズ越しに浮かび上がるニューヨークの街並みも瀟洒で思わず見惚れてしまうほどだ。

アレックス・ロス・ペリーという映画作家について日本では余り知られていないが、彼は米インディー映画界において最も注目すべき才能の筆頭であると私は考えている。ゼロ年代後半からテン年代前半にかけて超低予算・アドリブ主体で若者文化を描き出すマンブルコアという潮流がアメリカを席巻した。ロス・ペリーはこれ以後の世代に属する作家であるが、彼は正にこの潮流の精神性を受け継ぎながらも、また異なる映画作品を製作しているのである。

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それがどんな作品かについては、彼がブレイクを果たすきっかけとなった作品を詳しく見ていくことで解説しよう。その作品とは2014年と2015年に連続して製作した2本の映画である。まず1本目が“Listen Up, Phillips”、小説家として第1長編を出した男性が第2長編を出版しようと奔走するうち、人生が大きく変貌していく様を描き出した作品だ。そして2本目がQueen of Earth”、こちらは親友である2人の女性が湖畔のコテージで秘めていた情念を互いにぶつけあう姿を描いた作品である。ロス・ペリーは両者において人間のエゴというべき概念を様々な角度から描こうとする試みに挑んでいる。彼は共感や感動の先にある真実を追い求め続けている映画作家なのだ。この深度と硬度が他の監督たちとは一線を画する由縁なのである。

ならばこの映画はエゴの群像劇かと言えば、それは違う。ナオミが2つの家族を掻き回していく物語だろうか。いや彼女はロス・ペリー作品においては珍しいほど真面目で誠実な人間だ。ニックかバディだかが不倫して事態が急変するのだろうか。いや2人とも性格はそれほど良くないがそういった裏切り行為を行うほどひねくれ者ではない。ならウディ・アレンのようなコメディ作品に傾くのだろうか。いやあくまで今作はドラマ作品で笑いはない。

では何を描くのか。それは日常に他ならない。何か劇的な出来事が起こるでもない、本当に何だって起こることがない日常の数々。しかしその日常を見る眼差しは優しく、日常を綴る手つきは繊細であり、愛おしいその日常を静かに抱きしめるような感覚が本作には宿っている。その意味でこの作品は今までのロス・ペリー作品とは全く違う新境地とも形容することができるだろう。

そしてもう1つ重要な要素は、登場人物が内に秘めたる思いについてだ。今作に出てくる人物は皆が饒舌で、ある意味で会話劇の側面も持ち合わせている。だが真に重要な思いは語られることがない。それを言おうとするたび、彼らは表情を曇らせたり躊躇に顔を歪ませたりしてしまうのだ。不満や恋慕、喜びや悲しみ、そんな一生言葉にされることなく消えていく思いの存在が今作に胸を締めつけるような切なさを宿していくのだ。

“Golden Exits”アレックス・ロス・ペリー監督としては異色ながら、新たな作風の開拓を見事に成功させた1作だ。ロス・ペリーは“普通の人々の特に何も起こらない日々についての映画”という今まで作られたことのなかったかもしれない作品を製作した上で、それが存在することの意味を今作によって証明してみせたのである。

そんな中で衝撃的なニュースが舞い込んだ。これまでロス・ペリー監督作は1作も日本で紹介されることがなかったが、何とAmazonにおいて今作が「彼女のいた日々」という邦題で配信スルーされることとなった。彼の作品が日本語字幕つきで観られるという意味ではかなりめでたいのだが、上述した通り今作はロス・ペリー作品としては異色作であり、これからロス・ペリー監督作に触れると全く別の映画作家としてみなされる恐れがある。それはそれで良いのかもしれないが、ロス・ペリーの全作品を追ってきた私としてはちょっと複雑な心境である。

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