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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Zijad Ibrahimovic&“Il ragazzo della Dorina”/ボスニア、これからまたここで生きていく

1991年から長きに亘って続いたユーゴスラビア内戦によって、莫大な数の人々が故郷を追われることになった。ヨーロッパ映画界においては2010年以降から、そうして故郷を離れて海外で育った若い世代が映画監督となり、故郷と自身の関係性を様々な形で描きだした作品が増えてきている。例えば今月に日本でも上映される「テイク・ミー・サムウェア・ナイス」(レビュー記事はこちら)は、オランダ育ちのボスニア人少女が故郷のボスニア・ヘルツェゴビナへと帰る様を描いており、監督のエナ・センディヤレビッチ Ena Sendijarevićは主人公と同じくボスニア・ヘルツェゴビナ出身でオランダ育ちだったりする。さて今回はイタリアから故郷ボスニアへと戻ってきた男性の姿を追った、ボスニア系スイス人監督であるZijad Ibrahimovicのドキュメンタリー作品“Il ragazzo della Dorina”を紹介していこう。

まず書くべきは1992年から1995年まで続いたボスニア内戦において勃発したスレブレニツァの虐殺についてだろう。内戦末期の1995年に、ボスニア独立に反対する国内のセルビア人が樹立したスルプスカ共和国、その軍がスレブレニツァを占拠し、ボシュニャク人の住民を大量に殺害することになる。この虐殺によって数千人もの死者が出たと同時に、さらに多くの人々が故郷を追われてヨーロッパ中へと離散することになる(この虐殺を描いたのが「アイダよ、何処へ」でもある)

その中の1人が今作の主人公となる中年男性イルヴィンである。スレブレニツァ出身の彼は内戦勃発後に家族とイタリアへと移住し、そこで故郷でよりも長い時間を過ごした。しかし内戦から30年もの時間が経った今、彼はボスニアへと戻り、スレブレニツァでこそ生きていくことを決心する。

しかしスレブレニツァは子供の頃に見たものとは様変わりしてしまっていた。その人口は激減し、彼の住んでいた村にはもはや村民は数人しかいない。ゆえにほとんどの建物は打ち捨てられ、朽ち果てる時を待っているかのようだ。全てはもはや寒々しい緑と動物たちによって覆い尽くされるがままだ。それでもイルヴィンは数少ない村民であるエミンらとともにこの村で時間を過ごし、スレブレニツァを、そして自分自身を静かに見据えていく。

監督はReto Gelshornとともに自身でもカメラを持って、そんなイルヴィンに寄り添いながら彼とスレブレニツァの光景を映し出していく。彼は生まれた国でなく育った国の公用語であるイタリア語で、様々なことをカメラに語りかけていく。この村にある思い出や内戦によって刻まれてしまったトラウマ、そして故郷を捨てずにそこで消息を絶った父について……

観客はカメラを通じてスレブレニツァという故郷をイルヴィンがいかに愛し、大切に思っているかを知っていくことだろう。山の中で打ち捨てられた木小屋はスレブレニツァの傷を体現するような物悲しい雰囲気を湛えていると私たちには思えるだろう。だがイルヴィンはその屋根を見ながら“これはこういう村伝統の建て方で……”と監督らに説明していく。彼の姿はとても嬉しそうだ。あの木小屋は確かに傷の象徴であるとともに、しかし同時に村の歴史でありそこで培われた豊かな伝統の象徴でもあるのだ。

そういった二面性が今作の随所には出てくる。森へと入っていくとそこら中に缶詰や袋、ランプといったゴミが散乱しているのが見えてくる。ある袋には製造年が1992年と書いてあり、ボスニアで内戦が始まった年となっている。あの内戦によって、流れていた時間が止まってしまったような感覚を観客は味わうことになる。しかしイルヴィンはそこに、木々や土といった自然が当時の記憶が朽ち果てぬよう守ってくれているという風に見ていく。

この残る/残すという感覚はある場面でも印象的に使われる。ある時、イルヴィンはスレブレニツァ虐殺を今に語り伝える目的で作られた記念館へと赴く。ここは軍の侵攻によって荒廃した建物をリフォームすることなしにそのまま使い、ここに当時の写真や生存者の証言を映したモニターを設置しているという趣向を取っている。先ほどの記憶を守る自然の営みを、虐殺の当事者たちが実践しているといった風なのだ。そうしなければ忌まわしき記憶や歴史は忘れ去られてしまうのだと。

しかしスレブレニツァに住む人々は少なくなっていきながらも、この地で生き続ける人々も確かに存在している。カメラは、イルヴィンがそんな人々の輪に混じりながら釣った魚を一緒に食べて親交を深める様を暖かく見据える。そんな彼らが心の拠り所とするのがボスニアを流れるドリナ川である。日本でもボスニア紛争の象徴となっているソコルル・メフメト・パシャ橋を写真などで見たことがある人も多いだろうが、これの架かっている川がドリナ川である。スレブレニツァひいてはボスニアの人々にとってドリナ川は母であり、紛争後にも生き残り、今も彼らを見守ってくれている存在なのだ。そしてその川から生まれた“Il ragazzo della Dorina ドリナ川から来た少年”の1人がイルヴィンなのである。

そんな愛や敬意を胸に秘めてイルヴィンが行うのは、山の木々を使ってスレブレニツァの大地に家を建てることなのだ。これこそが故郷に対する恩返しであり、ここでまた生きていくという決意の表れでもある。今作がスレブレニツァの虐殺という惨劇とその余波を描きながらも仄かな希望とともに幕を閉じるのは、こうしてイルヴィンが前に進んでいく様こそが未来であると提示するからなのだ。