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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Pascale Appora-Gnekindy&“Eat Bitter”/中央アフリカ共和国に生きるということ

さて中央アフリカ共和国である。文字通りアフリカ大陸の中央付近に位置しているこの国については、長きにわたり各地で激しい武力紛争が繰り返されているというニュースが頻繁に報道されている。その情勢によって世界最貧国の1つと呼ばれているほどだ。だがそんな国で実際にどんな人々が、どんな風に生きているのかを知る機会はとても少ない。今回紹介する映画はそんな中央アフリカ共和国の今を知る窓となってくれるだろう、Pascale Appora-GnekindyNingyi Sun監督作のドキュメンタリー“Eat Bitter 吃苦”だ。

今作には2人の主人公がいる。まずはトーマスという男性だ。彼の仕事は砂の採集である。首都であるバンギに流れるウバンギ川、彼はこの川の底から砂を集めていき建築材として売っているのである。今は建設ラッシュゆえにその需要は多いのだが、もらえる金は驚くほど少ない。彼は家族を養うために日夜ウバンギ川へ赴くのだが、生活が改善されるには程遠い。

もう1人の主人公はルアンという中国人男性である。彼は故郷に家族を置いて、今はこの中央アフリカで建設業者として働いている。彼はトーマスのような労働者から砂を買い取っている人物というわけだ。とはいえ彼の暮らしぶりも豊かなものではなく、故郷の妻とのビデオ通話を心待ちにしながら生活費を稼ぐ日々を過ごしている。

“Eat Bitter”はそんな労働者たちの姿を通じて、中央アフリカ共和国における現状を見据える作品というわけだ。砂集めはとても過酷な作業で、怪我人や死者が出ることも少なくない。さらには国に認められていない違法な仕事ゆえ、弾圧されることもままある。だがそれ以外に仕事がないゆえ、トーマスたちは砂集めに従事せざるを得ないという状況が存在している。

そしてこの背景には経済援助を通じて中国がアフリカ大陸への進出を図っているという情勢がある。日本もこの動向を注視しているが、そんな計画に参加してアフリカ大陸に移住した出稼ぎ労働者の1人がルアンなのだ。彼がインタビューで答えるに、故郷では運転手くらいしか仕事がないが、この国では建設業界でマネージャーという役職にすら就ける、ここでの方がずっと稼げるのだそうだ。作中にはルアンと同じ境遇らしき中国人労働者も多く登場し、その現状が伺える。これに関しては今作の監督であるNingyi Sunがこういった言葉を残している。

“100万を越える中国人たちが仕事のためアフリカへやってきていますが、彼らの物語は全くバラバラなものです。私が作っている映画は、ある1人の中国人男性が生計を立てるために何故わざわざ世界の裏側へやってきたのか、そして何を犠牲にしているのかを描きだすものです。そして首都バンギへとやってくる中国からの高スキル労働者たちの影響は、数十年も続く内戦や長きに渡る貧困から脱そうとしているアフリカの1国において顕著なものでもあったんです”*1

だが冒頭でも紹介した通り、中央アフリカ共和国の情勢はあまり良くない。今でも武力衝突やクーデターが頻発し、日常的に戒厳令が出されるほどだ。撮影中も選挙戦の真っ只中で戒厳令が出るほどに情勢は不安定なものとなっている。そんな中でもトーマスは生計を立てるためにウバンギ川へと赴き、危険な作業を行わざるを得ない。カメラはそんな光景をも見据えている。

そうして浮かびあがるのは、中央アフリカにおいて資本主義が不穏な広がりを見せていく様だ。トーマスは元彼女が妊娠したことを知り、この責任を取ることを余儀なくされる。そのためにはより稼ぐ必要がある。どうすればいいか、一介の労働者からルアンのようなマネージャーに出世する必要があると。その努力のなかで彼やルアンが建設に携わるのは首都銀行であるのだ。ここにおいて私たちはこの国においてはいまだ未熟な資本主義が、唸りをあげて発展していく様を目撃することになる。

だが今作には別の側面も見えてくる。作品後半において電話越しにだけ現れていたルアンの妻が、中央アフリカへ引っ越してくるのだ。ルアンは最初心配や不安を隠さないのだが、それらはどこ吹く風とばかり彼女は持ち前の明るさで現地の人々の信頼を勝ち取り、その日常に馴染んでいく。ビデオ通話に現れる母を人々に見せつけ「これ私のママよ、ママ!」と紹介する様には、思わず笑みが浮かぶほどだ。

責任を取るという覚悟を決めたトーマスもまた生き方が前のめりなものとなっていく。仕事の合間には教会へと集まり、他の信徒たちとともに大声量で祈りを神へと捧げていく。そして仕事中でも、ゴンドラを漕ぎながら朗々と歌を響かせていくのだ。ここに過酷な状況への嘆きや鬱憤など微塵も感じられない。人々はこの地で前向きに生きていっているのである。

中央アフリカ共和国は世界最貧国の1つ”などと聞くと、どんな悲惨な状況が広がっているのか?と思ってしまうかもしれない。もちろんそんなイメージと重なるような光景もあるだろうが、だが同時にそこにあるのは悲劇だけでもない。どんな場所でもそこに確固として根を張り、生き抜いている人々がいる。そんな強かなる生命力を感じさせてくれる映画こそが“Eat Bitter”なのだ。