さて、スリランカである。近年ではカンヌでパルムドールを獲った「ディーパンの戦い」の主人公たちがスリランカ難民だったなどがある。しかしスリランカ自体の映画は余り多くないし、日本でもほとんど評判について聞くことはないだろう。という訳で今回はそんな国から現れた新鋭監督の作品、Suba Sivakumaran監督作“House of the Fathers”を紹介していこう。
舞台はスリランカ内戦真っ只中の時代だ。ある地域に2つの村があり、片方がタミル語を喋る民族の村で、もう片方がシンハラ語を喋る民族の村であった。ゆえに2つの村は長い間闘争を繰り広げており、村の境界線を越えた者は有無を言わさず射殺するという、苛烈な状況が広がっていた。
しかし双方にとって問題が浮上する。女性たちがみな妊娠しなくなり、子供が増えないという危機的な状況に陥ってしまったのだ。そんな中で神のご託宣が人々の元に届けられるのだが、それによれば村の外れにある聖なる森へと男女を献上しろとのことだった。そうして選ばれたのがアソーカとアハリヤ()の2人だった。そして余所者の医師を調停役として彼らは森へと向かう。
3人を待つのはスリランカの乾いた風景の数々だ。ザラついた色彩の野原には生気のない緑が疎らに散らばっており、それらからは荒廃の寂しさを感じさせる。そして川を越えた先にある森、その奥には濃厚な闇が広がっており、神秘的で不穏な雰囲気が漂っている。Kalinga Deshapriya Vithanageによる端正な撮影は、何かが来たるような不思議な予感をスリランカの自然に纏わせていく。
そして彼らはまさしく不思議な光景の数々を目撃する。誰もいないはずの森で休んでいると傷ついた兵士たちが唐突に川から現れ、夢遊病者のように彼らに自分の過去をとりとめもなく語る。昼間には列を成して避難をする民衆たちの姿が現れ、さらに彼らを襲う戦闘機の轟音までもが聞こえてくる。アソーカたちには分かっている。これは全て幻想であり、彼らは全員死者であることを。
監督はいわゆる魔術的リアリズムという手法を駆使して、スリランカの現在と過去を綴っていく。3人はだんだんとこの幻影の数々がただの幻ではなく、彼ら自身の記憶の投影だというのが分かってくる。アソーカは部下であったが戦死した兵士たちの魂と、アハリヤには内戦で失った家族の魂と対面することになる。そういった幻影=消し去りたい過去が、現実の中に実態を以て現れて、彼らを苛んでいくのだ。
過去に対する思念が現実化する様は、アンドレイ・タルコフスキー監督作「惑星ソラリス」などの作品を彷彿とさせるものだ。そうしてアソーカたちは、忌まわしくも大切な人々が存在し続ける過去へと心を引き摺られていく。この個人の葛藤や苦悩は、正にスリランカの血ぬられた歴史と重なっていくのだ。その様は壮大であり、幻惑的だ。
“House of the Fathers”はスリランカの酸鼻に耐えぬ過去の数々を幻想的な筆致で描き出すことによって、苦痛や苦悩を昇華させていくという試みに満ちた作品だ。そして物語は現実と過去が混ざりあいながら、死と生との観念的な領域へと至る。この中で私たちは過去に散っていった魂たちに思いを馳せることになるだろう。
Suba Sivakumaranは1981年スリランカのジャフィナに生まれた。5つの異なる国で子供時代を過ごし、現在はニューヨークとロンドン、スリランカを拠点に活動している。ロンドン経済学校とハーバーど大学で政治と公共政策について学んだ後、国際開発の分野で働き始める。その後は人道支援や貧困削減を旨とする団体で活動していた。
映画監督としてのデビュー作は2012年製作の短編作品"I Too Have a Name"だった。スリランカ北東部で内戦のトラウマに悩む尼僧と彼女の使用人の姿を描き出した作品で、ベルリンやドバイ、レイキャビックなどで上映され話題となる。そして自身の製作会社Palmyrah Talkiesを設立した後、自身にとって初の長編作品となる"House of My Fathers"を完成させる。という訳で今後の活躍に期待。
私の好きな監督・俳優シリーズ
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その315 Ivan Salatić&"Ti imaš noć"/モンテネグロ、広がる荒廃と停滞
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