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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Alejandro Gerber Bicecci&"Viento Aparte"/僕たちの知らないメキシコを知る旅路

さて貴方は自分の生まれた国のことをどのくらい知っているだろう。ずっとそこで生きているのだから沢山のことを知っている?果たしてそうだろうか。例えば貴方が東京都民だとしたら、北海道に初めて旅行に行った時、天候だとか文化だとか様々な物にいわゆるカルチャーショックを受けたりはしないだろうか(逆もまた然り)。日本と言っても北から南、西から東と広い、私たちは自分の故郷のことなんて実は殆んど知らないのではないだろうか。さて今回紹介するのは自分の故郷を知るための旅路を描いた"Viento Aparte"とその監督Alejandro Gerber Bicecciを紹介していこう。

Alejandro Gerber Bicecci監督は1977年にメキシコシティで生まれた。メキシコで最も有名な映画学校、そしてこのブログで紹介した監督の多くが通っているメキシコ映画技能センター(CCCC)出身。在学中から短編"Abandonos"(1999)や"Huespedes"(2001)など精力的に作品を制作、2003年には短編ドキュメンタリー"Morada"でモレイラ国際映画祭の観客賞、ビルバオ短編ドキュメンタリー国際映画祭の作品賞を獲得し話題となる。

2009年には初長編"Vaho"を監督する。1960年代のメキシコを舞台に3人の少年たちが小さな頃の記憶とそこに宿る罪の意識の中で大人になっていく様を描き出した作品で、モレイラ国際映画祭でプレミア上映後、ロッテルダムマラケシュなど世界各地の都市を巡り話題となる。そしてテレビドラマの脚本を手掛ける一方、"El Trabajo y Sus Leyes""1913, Un Ano Crucial"などのTV映画を制作した後、2014年には第2長編"Viento Aparte"を監督する。

暖かな夕日に満たされる海の風景と女性の笑顔、フォーカスが絶えず不安定なのはその映像が携帯で撮影されているものだからだろう。そしていつしか映るのは海岸を元気に走る2人の子供たち、彼らの名前を呼ぶ声、走って、もっと遠くへ、もっと遠くへ……だがその幸せが長く続くことはない。この物語の主人公はオマールとカリの2人兄妹(Sebastián Cobos&Valentina Buzzurro)だ。彼らは両親と共にオアサナというリゾート地で休日を楽しんでいたが、母のルス(Úrsula Pruneda)が急病で倒れ、父に付き添われ入院することになり、取り残された兄妹は2人だけでチワワ州にある祖母の家へと向かわなくてはならなくなる。

カメラは自分と両親の荷物を引いて海岸沿いの道を歩くオマールたちを撮す。2人は村の子供たちに別れを告げるが、カメラは風にたゆたうように横へ移動し、名残惜しき海を捉える。すると荷物を持った男たちがフレームに入り、彼らを追う内にカメラは元の位置へ戻るが、そこには待ちぼうけを喰らったように腰を下ろすカリたちの姿がある。このワンカット内で時間が飛躍する、魔術にかけられたような瞬間が旅の幕開けだ。しかしその道行きは彼らの、そして私たちの想像以上に辛いものだが。

監督はオマールたちの好奇心を通じて、メキシコに広がる現在を見据える。ずっと都会に住んでいた2人には田舎の光景は新鮮に映る。整備されていない道の数々、埃臭い裏路地は色とりどりの旗がかけられ、即席の屋外クラブへと姿を変え、道の途中では自分たちの知らない言葉を喋る人々が笑っている、オマールはそんな光景をスマートフォンで撮影し続けるのだ。この瑞々しい旅路は、しかしメキシコの生き生きとした文化だけでなくこの国の暗部をも浮き上がらせる。

バスで順調に目的地へと近づいていた彼らだったが、ある時立ち往生を余儀なくされる。立ちはだかるのはマチェーテを持った農民たちだ、少し前にこの場所で農民たちが虐殺されたという情報を聞くが2人は俄には信じられない。だが自分たちに宿を見つけてくれた男のカメラには、見るも無惨な死体の写真が何枚も保存されている。それでもカリたちには何処か遠い国の出来事のように思えてならない、そこに現実を感じることができないのだ。

ある時、彼らに1つの言葉が突きつけられる。貴方は"Chilango チランゴ"という言葉を知っているだろうか。この言葉はメキシコシティに住む人々のことを指していて、つまり都会でぬくぬく生きている者を馬鹿にする時に使われる言葉なのだ。この言葉を彼らに向けたレイムンド(Miguel Ángel López)という男は更にこう続ける、チランゴって訳なら間抜けに見えても仕方がないよな!と。そしてこの言葉がオマールたちの旅に1つの意味を与える、この旅は彼らの知らなかったメキシコを知るための物だという意味を。

物語の随所に挟まれるのはオマールやカリがスマートフォンで撮影したバカンスでの映像だ。だが冒頭のそれには幸せが満ちていながら、実はこの映像にすら影がかかっていることに私たちは気づくことになる。神経質な母親、能天気な父親、両親の間に漂う緊張感……そしてオマール自身がある秘密を抱えていて、それが妹との関係性を不安定なものにする。そんな中で彼らが目撃するのはメキシコに蔓延る暴力と憎しみ、2人がきっと見たくなどなかっただろう故郷の真実だ。彼らが思いもかけず見てしまう麻薬戦争の悲惨な傷跡は、私たちにとっても胸を掻き毟られるような痛みに満ちている。

"Viento Aparte"は瑞々しくも苦い少年たちの旅を描いた作品だ。1つに希望と1つの不安が首をもたげるラストシーンに、私たちはその頬に遠きメキシコの風を感じることになるはずだ。

メキシコ!メキシコ!メキシコ!
その1 Elisa Miller &"Ver llover""Roma"/彼女たちに幸福の訪れんことを
その2 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その3 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その4 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その5 Santiago Cendejas&"Plan Sexenal"/覚めながらにして見る愛の悪夢

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
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その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
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