さてメキシコ映画界である。ゼロ〜テン年代を代表する作家たちの中で日本でも受容が進んでいるのは、東京国際映画祭で回顧上映も果たした「闇の後の光」カルロス・レイガダス、「父の秘密」や夏には"Chronic"の日本公開が決定しているマイケル・フランコ、そして映画祭などで長編が上映されている「エリ」アマ・エスカランテの3人ほどだろう。
だが勿論、彼らは世界的な有名度から言っても中堅層に入る作家たちであり、既に彼らの1個下の世代が頭角を表し始めている。このブログでは今までにElisa Miller, Matias Meyer, Hari Sama,Yulene Olaizoraの4人を紹介してきたが、Festival Scopeという映画配信サイトが何とまあ無料で若手メキシコ人作家たちの作品を配信しているということで、これに乗らない手はない訳だ。ということでブログ特別編、メキシコ祭りを開催じゃい!まず紹介するのはリンチ的なシュールで以てメキシコの夜を描き出す作品"Plan Sexenal"とその監督Santiago Candejasを紹介していこう。
Santiago Candejasは1986年メキシコシティに生まれた。大学卒業後から映画界入り、ラテンビート映画祭で上映されたヘルナンド・ナランホ監督作「MISS BALA 銃弾」では編集アシスタント、マキモフ監督の同名ホラーリメイク作「ザ・チャイルド」ではポスプロを担当するなどして経験を積む。
監督としては多感な少女たちの姿を描き出した短編"Las Hijas del Doctor Gunther"、カッコよくなるため涙ぐましい努力をする青年をコミカルに描く"Peinados Alocados"、少年たちの人生を変えてしまう冒険もの"Vida Silvestre"(以上、監督の作品は公式vimeoで鑑賞可、字幕はないけども)など短編の数々を精力的に製作し、2014年に初長編"Plan Sexenal"を監督する。
浮かび上がるのは憎しみの喧騒が広がる街中、ふとカメラが肉薄するのは橙が灯される火炎瓶、それは勢いよく投げつけられて車は炎上、激しい豪火の中で鉄の塊へと還っていく。カメラがそれを見据えるうち、耳障りな音楽と共に左から右へとアルファベットの連なりが流れていく、流れていく、車は尚も燃え続ける。"Plan Sexenal"はそんな炎熱の風景から幕を開ける、禍々しい何かが始まろうとしている。
メキシコのとある郊外、メルセデスとフアンのカップル(Flor Eduarda Gurrola&Harold Torres)は友人たちを新居に招き、パーティを開いていた。大音量で響き渡るビートに体を揺らす男女、電気の不調で音楽が途切れることもあるが、直った途端に彼らはまたも騒ぎ出す。しかし突然耳に入るサイレンの音、やってきた警察官はフアンを警告を与えた後に帰っていく。そして興が殺がれたらしい友人たちも足早に家を去り、新居にはカップルだけが残される。
まだ物足りない2人はおもむろにベッドへと向かい服を脱ぎ出すが、隣から滑稽なまでに大きな喘ぎ声が聞こえてくる。メルセデスたちは笑う。だがこれが果てしなき悪夢の始まりなのだとCandejas監督は呟き、ゆらゆらと漂うようなカメラワークで以て2人の姿を捉える。メルセデスは顔に子供のようなニヤつきを浮かべながら、壁の方へと向かい耳を当てる。ガンガンと激しい衝突音、度を越して馬鹿げた喘ぎと叫び、だがふとカメラが横へ移動するとフアンが自身のぺニスをしごく後ろ姿が映る。まず居心地の悪さを感じるのはこれを観る私たちだ、そしてもう1度彼女たちがセックスを始めようと窓際に行く時、カットが切り替わり、家の前にフードを被った何者かが立っているのが見える。ここで彼女たちと私たちは心にザラつく不信感を共有し、悪夢へと巻き込まれていくこととなる。
"Plan Sexenal"のイメージはデヴィッド・リンチらに連なるシュールさを伴っている。そこにCandejas監督独自の感触が宿っているとするなら、熱帯夜のうだるような暑さにも似た不愉快さがそれだ。メルセデスたちは何をしようとも正体不明の何かによって全てを諦める羽目になる。セックスのムードは不気味な男の存在に掻き消され、寝る準備をすると投石によってガラスがブチ破られる恐怖によって眠気すら消え去る。
何も成し遂げられない不条理に晒され、カップルの間には不安と焦燥が生まれる。そしてフアンは負の感情をとうとう暴力としてフードの男へと向けるが、その時男は叫ぶのだ、メルセデス、俺のことを忘れたのか!と。叫びは2人の心に波紋を与え、悪夢は熱を増していくが、此処に"Plan Sexenial"の企みの1つが首をもたげる。それは愛の寓話としての側面だ。表面的な親密さの奥にある倦怠、相手を思い通りにしたいという支配の欲求、そしてのたうち回る肉欲。監督はこの愛の醜い部分を悪夢へと結実させているのだ。そういった意味ではドゥニ・ヴィルヌーブの「複製された男」や「ザ・ワン・アイ・ラブ」などを思わす筆致を今作は宿している。
だがもう1つの重要な要素は"Plan Sexenial"という題名に込められていると言っていい。この言葉は"6ヶ年計画"、つまりメキシコにおける大統領の就任期間を指しているのだ。暴動が巻き起こる真夜中、新居で恐怖におののく男と女、そして邸宅の周りを彷徨くフードの男……何が何を表しているのか、それは観る者によって千差万別だろうが、不可解な方向へ転げ落ちていくこの悪夢には全てを呑み込んでいくだろう。"Plan Sexenial"は普遍的な愛とメキシコという国についての政治的な寓話として私たちを不条理の夜へと誘ってくれる。
"Plan Sexenal"はモレイラ国際映画祭で上映後、メキシコ各地を回り、ディストリアル映画祭に招待されFestival Scope配信となった次第である。ということでCandejas監督の今後に期待。
参考文献
https://vimeo.com/user11473949(公式vimeo)
https://www.festivalscope.com/all/film/festival/distrital/films-1/film/sexennial-plan(作品紹介ページ)
私の好きな監督・俳優シリーズ
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その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
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