さて中国のインディー映画である。去年最も話題になった作品といえばビーガン(畢贛)監督の「凱里ブルース」だろう。ロカルノ国際映画祭新人監督賞を受賞するなど話題の作品、とか言いながら私は観れていない。でも物語途中に現れる驚異の40分長回しの話題が出るたびに、長回しフェチの私としては中国インディペンデント映画祭で観なかったことをマジで悔やみまくっている。ビーガン監督、今作を製作した時点で26歳と恐ろしく若いのだが、今回紹介するのも若くして老練された映画を作り出した監督だ。
张撼依(Zhang Hanyi)は1987年に中国北東部の陝西省・彬県に生まれた。中央戯劇学院で監督・脚本について学び2009年に卒業する。彼にとっての恩人が「長江哀歌」や今年「山河ノスタルジア」が日本でも公開されるのジャ・ジャンクーである。薫陶を受けた監督はジャンクー製作の元で初の長編映画"繁枝叶茂"を手掛け、ジャンクーのデビュー長編「一瞬の夢」が出品されたベルリン国際映画祭フォーラム部門でプレミア上映されることとなる。
舞台は中国・陝西省の大きな山々に囲まれた村、工業化によって衰退の波に飲み込まれようとしている場所だ。まず映し出されるのは木々の間をゆっくりと歩く2人の男たち、40, 50の中年男性ミオチャン(Zhang Mingjun)は叔父である老人の言葉に耳を傾ける、かつては果実園として栄えながら、今では枝ばかりが張り巡るのみで1つの実すら為らない、もう昔のような光景は見られないだろう。ミオチャンは反論するが、細い枝の数々が重なりあう様は痛々しく、寒々しく、春は遥か彼方にあると思わされる。
そして叔父は帰らぬ人となって数日後、逆にミオチャンの元に帰ってきたのは息子のレイレイ(Zhang Li)だ。此処での暮らしに将来はないと職業訓練校に送り出したはいいが不満は大きいらしい。山の中で薪を探しながら、彼はこんなの時代錯誤だと言い喧嘩になってしまう。そして鳥を追って山中に消えた息子を追い、ミオチャンは山の奥へと分け入るのだがそこで見つけた彼の様子は何かがおかしい。彼は言うのだ、シャオクン、私はあなたの妻のシャオインよ、やらなくてはならないことがあってあなたの所に帰ってきたの。
山の斜面、数百本の木々が錐の刺さる余地もなく乱立する斜面でレイレイが遥か下にいるミオチャンを見下ろす、息子に乗り移ったシャオインの目的とはなんだろう、カメラは斜面を上るミオチャンを捉え、そして合流しある場所へと向かう2人を追う、ふと岩石の塊が現れそれが廃墟の残骸と分かる、形だけは残る門をくぐり抜け彼らの行き着く先には1本の木、細く心もとない脆さを湛えながらも天に向かって伸びる木、思い出の木をどこか安全な場所に植えかえたい、私はそのために来たのと彼女は呟く、この5分以上もの間続く印象的な長回しによって奇妙な幽霊譚は幕を開けることとなる。
彼らの旅路は切実ながらもある種のユーモアすら宿したものだ。大きく育った木を植え替えるのは至難の技であり、親戚も良い顔はしないし土木業者も匙を投げる。ミオチャンはボロい小型トラックにレイレイ/シャオインを載せて村を駆け回るのだが当ては見つからず、2人は途方に暮れ、レイレイの着るジャージに浮かぶadidasのパチモンだろう"daoidas"の文字が何とはなしに可笑しく映る。
"枝繁叶茂"を魅力的なものとする物の中でも最大の要素は昌茫(Chang Mang)による圧倒的な撮影だ。タル・ベーラの諸作品――もしくはリサンドロ・アロンソかペマ・ツェテンか――を彷彿とさせる長回しによって捉えられる中国の田舎に満ちる荒涼たる空気感は観る者の肌を指す崇高な凍てつきに満ちている。劇中、ミオチャンがシャオインに彼女が死んだ後のことを話すシークエンスがあるのだが、その時カメラに映るのは山の麓より伺える地表の風景だ。広大な緑の野原が広がりながら、ふと1台の重機が現れ、徐々に煙を巻き上げる工場と聳えるビルの群れが見えてきて、最後には再び緑に包まれた山が映る。監督の故郷でもある省では正に工業化が進んでおり、村からも人が出ていっている現状がミオチャンらの会話の節々から窺い知れる。監督は故郷が衰退に覆い尽くされようとする現状をもこの"枝繁叶茂"に焼き付けていく。
そして今作は英題を"Life After Life"というのだが、その言葉の通りシャオインは夫に対して死後の世界の存在と輪廻天生についてを朴訥と語る。何でも何年か前に亡くなったミオチャンの両親はもう既に生まれ変わりこの世で新たな生を享受しているというのだ。そうして旅は何度か奇妙な脱線を果たして、彼の両親に会うまでの旅路ともなったりして、思わぬ場所に2人は行き当たることともなる。この何とも言い難い味わいもまた今作の魅力でもある。
ミオチャンを演じるZhang Mingjunは演技の上手い下手ではなく、朴訥とした喋りの数々が飾らない農村に生きる人々の実感を巧みな形でスクリーンに浮かび上がらせている。だが素晴らしいのはレイレイ、そしてシャオインを演じる少年Zhang Liだ、その面持ちには彼よりも長く人生を生きながら無念の死を遂げた者の悲哀が滲んでいる。この2人の演技を越えた所作の数々はロベール・ブレッソンをも思わせる物だ。大自然の中に佇むちっぽけな2人の姿には生と死についての言葉を持たない真実が浮かぶ。
私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!