鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ

先日ヨルゴス・ランティモス監督の最新作「ロブスター」を観た。"Kinetta"(この紹介記事を読んでね)から籠の中の乙女そして"Alpeis"(この紹介記事も読んでね)を経て今作ときた訳だが、今までの集大成として彼が扱ってきた様々なテーマが絡み合いあのロマンティックなラストに至る所と来たら、今まで彼の作品を追ってきて本当に良かったと思わされる感動があった。特にメイド役のアリアーヌ・ラベドが予想以上に活躍していて最高、多分レア・セドゥー演じるリーダーに恋してたからあんな尽くしてたんだろうなと思ったが、だからあんななったのは悲しかった。

話が全然違う方向に行ってしまった。このブログでは何回も取り上げているがランティモス監督を筆頭に今ギリシャ映画界はその奇想天外な作品の数々によって世界の最先端をひた走っている。解説記事も書くくらい私は現代ギリシャ映画が大好きなのだが、今回はまたも現れた驚くべき奇想を持つ新人映画作家を紹介していきたいと思う。

Elina Psykouは1977年3月8日ギリシャアテネに生まれた。パンテイオン大学では社会学、、パリに留学後は社会科学高等研究院(EHESS)で文化社会学を学んでいた。しかし映画が作りたいという夢を叶えるために、アテネへと戻りLykourgos Stavrakos映画学校では監督業について学んでいた。2007年からはベルリナーレ・タレント・キャンパスに参加する一方、製作者として"Mesecina"(2009)、80年代のアテネを舞台に少女の妄想がレーニンとフレディ・クルーガーを呼び出してしまう驚きのファンタジー短編"Dad, Lenin and Freddy"(2011)、2012年には仕事も彼女もいない青年がペットのカナリアと一緒に過ごす3日間を描いた"Boy Eating the Bird's Food"を製作し、今作がアテネ国際映画祭で監督・男優賞を獲得し話題となる。そして2013年には自身初の長編作品"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"を監督する。

デカめの車から1人のオッサンが出てくる。オッサンがトランクを開けると、そこには小さく踞ったハゲかけのオッサン(クリストス・ステルギオグル籠の中の乙女のあのヤバい父親である)がおり、ゆっくりと外へ這い出してくる。オッサンたちは近くの廃墟の外壁で、かなりの距離を取りながら立ちションをし、また車に戻る。そしてオッサンたちは目的地へと辿り着く、そこは打ち捨てられたホテル、少し風化しているがしかしモダンな内装は殆どそのまま残っている。そしてハゲかけていないオッサンは食料をキッチンに置いていくと帰ってしまい、ハゲたオッサンが巨大なホテルに独り残される。

ここから私たちは事情が良く呑み込めないままに、否応なくオッサンのホテル生活を見せつけられる。オッサンは昼くらいに起きる、そしてホテル内をウロッウロして時間を潰す、ロビーのテレビでハゲてないオッサンが置いていったDVDを見るのだが、フランス人のオッサンがシリンダーなど科学器具を使って分子スパゲッティというのを作る姿が映る、ハゲかけたオッサンはそれを試してみるのだが敢えなく失敗、ボソボソのスパゲッティを食べる。いやもう、序盤は本当にただただハゲかけたオッサンの無味乾燥な生態観察映像みたいで凄い、オッサン好きには堪らない映像だろうが他の人には地獄みたいな展開だろう(私はこういうの大好き♡♡♡♡♡♡♡♡)

だが段々とハゲかけたオッサンの正体が明らかになっていく。彼がテレビを観ているとあるニュースが始まる、テレビ司会者のアントニス・パラスケヴァス氏が行方不明となっています、彼は多額の負債を抱えていたそうです、警察は誘拐の面で捜査を進めています……そこに映るのは正にこのハゲかけたオッサンである。つまり話はこういうことだ、彼は友人のハゲてないオッサンを巻き込み狂言誘拐を図ったのである。しかし目的は借金を返すためではない、彼が取り戻したい物とは過去の名声である。アントニスはギリシャ中にその名を轟かせる人気司会者だったが、今では人気も右肩下がり。それでも名声にすがる彼は狂言誘拐で国民の注目を集め、華麗なる復活を遂げるとそんなシナリオを画策していたのである。

監督は映画の着想源についてこう語っている。"ブラジルのTV司会者で政治家のWallace Souzaという人物が番組の視聴率を上げるため、殺し屋を雇い人を殺していたというニュースを知りました。犯罪現場に一番乗りで、被害者が映された映像を持っていることが余りに多くて容疑がかかったんです"*1この事件にギリシャのTV業界の現状などを絡め合わせて、今作の脚本を執筆したそうだ。

という訳で時期が来るまで彼は独りホテルで暮らし続ける、序盤どころか更に長くオッサンの奇妙な生態観察映像は続く。それでもDionysis Efthymiopoulosの手掛ける撮影は端正で美しい。オッサンが美術品の飾られた空間でテレビ観ながら缶詰を喰う、オッサンがタオルの積み上げられた洗濯場で洋服を洗う、オッサンがカラオケブースに行きヘッタクソな歌声でグロリア・ゲイナーの"I Will Survive"をたどたどしく歌うとそんな光景が遠距離から捉えられ、ホテルの不気味なだだっ広さとモダンな佇まいが端正に、だからこそ頗る空虚に映し出される。広い空間にたった独りでいるハゲかけたオッサンの姿は酷く惨めだ。

そして彼は自分が司会者をしていた番組を毎朝確認する。自分が目をかけていた若手アナウンサーのパヴロ(Syllas Tzoumerkas、監督としても"A Blast"を手掛けている)がアシスタントのニナ(Maria Kallimani)と共に代役を担っており、頻りにアントニスのことを話題にあげている。だがそれも最初のことだけで、段々とパヴロは持ち前の明るさでファンを獲得していき、彼自身臆面もなく「これからは自分のスタイルでやっていきたい」とほざき始める。自分の不在が巷の話題であり続けるとたかを括っていたアントニスは、自分が居なくなっても特に世間は変わらず進んで行くことに衝撃を受ける。というかパヴロに自分の居場所奪われて逆効果じゃねえか!そんな現状に彼は静かに追い詰められていく。

監督はランティモスや"Miss Violence"Alexandros Arvanasらの"奇妙でシュールな光景を距離感を以て観察し続ける"というスタイルを正統に受け継ぎながらも、彼らの奇妙さからも逸脱するような捻れを今作にブチ込んでいく。アントニスはフランス人のオッサンが作る分子スパゲティに拘り続ける、ちゃんと行程を踏めばチューブの中でケチャップが固形化する筈だのに彼にはいつまでたっても出来ない、そしてマジでブチ切れる、ブチ切れてキッチンの調理器具とかを色々破壊しようとする、でもステンレスだからそう簡単に壊れない。こうして狂気と妄想が彼の頭に溢れだす中で、何の脈絡もなくミュージカルが始まった時には腹抱えて笑ってしまった。ハゲかけたオッサンが"生きるということを忘れてしまっていた〜♪人生とは一瞬一瞬を生き抜くことなんだと忘れていた〜♪"とかスペイン語で歌い踊るのだ、狂気もここに極まれりである。

だがシリアスな方向に話を持っていくと、ある時ニュース番組でアントニスを特集するコーナーが放送され彼自身それを見ることとなる。キャスターとしてデビューした時の初々しいニュース読みから、ギリシャのミスコンを軽妙なトークで盛り上げるアントニスの姿が現れ、オリンピック的な大会で堂々の司会ぶりを見せる姿、そして新年を伝える番組では私たちはEUを歓迎します!なんて堂々と宣言する。そんな彼の姿はそのまま現代ギリシャの趨勢として立ち現れる。

だがその後カメラはニュースを見る今のアントニスの顔面を見据える。ホテル生活にウンザリしたアントニス、不眠症で目は血走りクマも酷い、心なしか最初の頃よりもハゲが進行しているように思われる。今のギリシャはどうだ、アテネ・オリンピックに浮かれていたのも今は昔、デフォルトに財政破綻EU諸国の批難を一心に受け、貧困に喘ぐ国民たちからも中指を突き立てられる。誰からも見放され惨めな姿を晒すこのオッサンこそがギリシャに他ならない、監督はそんな突き放した態度で以てアントニスに冷徹な視線を向ける。

だがただ現状批難に終るなら、今作も"ああ、確かにこのギリシャ映画も奇妙で面白かったなあ"とその程度の余韻で終わっていただろう。しかし物語は終盤でまた姿を変貌させるのだ。今のギリシャはこんなに惨めたらしい物だ、でもそれならばギリシャは、この国に生きる私たちはどうすればいいのか?と監督は問いかける。そしてアントニスは驚きの手段に出る。詳しくは書かないが彼は自然に全身を投げ出し動物への回帰を遂げようとするのだ。この行為はある意味で仏教的なものであり、それでいてジョアン・ペドロ・ロドリゲスファンタズマ的な感触をも宿している、つまりは大いなる自意識から逃れるための逃走劇が繰り広げられるのである。それでもファンタズマのように徹底して獣へと回帰する訳でなく、彼はいわば俗世と浄土の間を行き交う。如何ともし難い自意識に引き裂かれる彼の道行きは荘厳なる雰囲気すら湛えている。最初は本当オッサンが何かやってるのを観察するだけだったのに、全く以て観たことのない地平へと観客は連れて行かれてしまう。だから私は"ギリシャの奇妙なる波"を愛するのを止められないのだ。

今作はベルリン国際映画祭のフォーラム部門でプレミア上映後。テッサロニキ国際映画祭で男優賞・国際批評家賞・ギリシャ映画批評家組合最高賞を獲得するなど話題となった。最新作は現在制作中の第2長編"Ivo and Sofia"で、まだ情報はないが下のコンセプトアートを見ればこちらも奇妙な映画になりそうな予感ミチミチで楽しみというほかない。ということでPsykou監督の今後に期待。

参考文献
http://blogs.indiewire.com/womenandhollywood/lff-women-directors-meet-elina-psykou(監督インタビュー)

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その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
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