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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Eduardo Williams&"Pude ver un puma"/世界の終りに世界の果てへと

さて、つい先日ロカルノ映画祭が無事閉幕したが、コンペティション部門ではブルガリアの新星Ralitza Petrovaがデビュー長編"Godless"で金豹賞を、そしてブログでも紹介した"ルーマニアの新たなる波"に新風を巻き起こしている映画作家Radu Judeが新作"Inimi cicatrizate"で審査員特別賞を獲得するなど、東欧勢の活躍が目覚ましい結果となった。ブログの読者ならご承知の通り、ルーマニア超大好き東欧映画超大好きな私としてはかなり嬉しい結果だった。

だが更に嬉しかったのは、先にもブログで話題に挙げた新人監督に焦点を当てるFilmmakers of Present部門でのラテンアメリカ勢の大躍進である。まずボリビア映画作家Kiro Russoによる"Viejo Calavera"が特別賞を獲得、初めて長編を完成させた作家が対象の第1回作品賞にはNele Wohlatzアルゼンチン映画"El futuro perfecto"が選ばれた。そして今部門の作品賞を獲得したのはEduardo Williams"El auge del humano"、彼もまたアルゼンチン人監督だったのである。残念ながら彼の作品はFestival Scopeでも配信されなかったのだが、その代わり1本だけネット上で鑑賞可能な短編があり、それが滅茶苦茶素晴らしかったのである。ということで今回はアルゼンチン映画界の超新星Eduardo Williamsと彼の短編作品"Pude ver la puma"を紹介していこう(ブエノスアイレス国立映画大学の公式vimeoから観れちゃうんだなこれが)

物語の主人公は名もなき少年たち、彼らは家の屋上に集まり、思い思いに自由な日々を過ごしていた。寝転がって1日中眠りを貪ったり、壁に立ちションしたり、ピューマや人生への不安についてダラダラとお喋りを重ねたり……だがある夜、そんな小さな共同体に事件が巻き起こる。それをきっかけに3人の少年は狭い屋上から大いなる世界へと旅立つこととなる。

Williamsの監督としての才覚は今作の冒頭からして異様な輝きを放っている。薄い月の浮かぶ青い空、そこからカメラは一気に真下へと視線を落としていく。現れるのは屋上から屋上へと移っていく少年たちの姿、どういう構造か判別できないが互いに繋がりあっている屋上の上を我が物顔で彼らは進んでいく。彼らを眼差す視線は窃視的、まるで向かいの建物から双眼鏡でその姿を眺めているような、若さを搾取する背徳の快感に裏打ちされているような印象を与える。それを思った時点で私たちはWilliamsの語りに心を絡め取られているのだ。

少年たちの平穏を破る事件の後、監督は観客を全く違う世界へと連れていく。屋上の狭苦しい世界は一気に開かれ、眼前には濃厚な紫色に覆い尽くされた荒野が広がる。そこには瓦礫の山と殆ど建物の体も成していない廃墟ばかりが存在している。圧倒的な何かによって徹底的に破壊し尽くされたと、そんな薄ら寒さを観る者に抱かせながら、少年たちはその雰囲気をものともせずにお喋りを交えながら残骸の巷を歩く。

彼らの行く先々には廃墟や枯れ木の群れが伸び立つ湖など、荒廃した風景ばかりが現れる。撮影監督Manuel Bascoyのカメラはこの旅路をトラッキング・ショットで捉えていくが、その撮影にもやはり異様な感触が宿る。カメラは少年たちとはかなり距離を取っており、故にロングショットの中に彼らが紛れ込んだような印象を私たちは抱く。だがカメラが撮影/追跡しようとしているのは少年たちであって風景ではない。この距離感と動きのチグハグさが生む不安感は私たちの心に歩くような早さで食い込んでいく。そしていつしか荒廃の風景は"もしかするなら、世界の終りが到来しているのではないか?"という不穏な疑問すらも呼び込んでいくのだ。

だがその感覚の本当の源は何処か?劇中において、ある少年が仲間の1人に次々と質問をぶつけていく。"自制心を失うのが怖くなる時がありますか?"……"過去について何か癒えないトラウマがありますか?"……"悪い予感がして夜も眠れない時がありますか?"……その質問にはほぼ"Si(はい)"という返事が帰ってくる。少年たちは表面上無邪気さを装いながら日々を過ごしているが、彼らの内面には複雑な不安や恐怖が巣喰っている。それが世界に作用することで世界は終りを迎えようとしている、少なくともそう思わせる圧力がWilliamsの紡ぐ画には宿っている。

それでいて彼は全てを転覆させる大胆さまでも会得している。表面上の無邪気さ、内奥の複雑な恐怖、ラストでこの力学関係を劇的にひっくり返してしまうのだ。この作品を観ることはつまり少年たちの掌で踊ることと同義であり、無邪気な遊戯こそが正義だ。私たちは自分たちが心の中で作り上げた世界の終りに、あっと言う暇もなく打ち捨てられる。その姿を見て少年たちは満面の笑みを浮かべるだろう、私たちはその顔を一生観ることは出来ないが。

最後に監督のプロフィールを紹介していこう。Eduardo Williamsは1987年アルゼンチンに生まれた。ブエノスアイレス国立映画大学で学びながら、2006年に短編"Arrepentirse"で監督デビュー。2011年には"Tan atentos"と前述した"Pude ver un puma"を監督、後者はカンヌ国際映画祭シネフォンダンシオン部門に選出、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭の短編部門で作品賞を獲得するなど大きな話題となる。2012年には都市を彷徨う少年たちの姿を実験的に描いた短編"El ruido de las estrellas me aturde"、2013年にはフランスを舞台とした短編「ずっと落ちていく?」(原題:Que je tombe tout le temps?"、実はこれだけ日本で上映されている)を製作、更に2014年には初のドキュメンタリーとなる"J'ai oublié"を盟友である俳優ナウエル・ペレ・ビスカヤと共に監督、今作はフランスに生きるベトナム移民の少年たちの大冒険を描き出した一作でマルセイユ国際映画祭、Doclisboa国際映画祭で特別賞を勝ち取った。

そして2016年、Williamsが完成させたデビュー長編が"El auge del humano"だった。今作の舞台はアルゼンチン、モザンビーク、フィリピンと三大陸を股にかけており、この国に生きる日常に鬱屈を抱えた若者たちの姿を魔術的な形でオーバーラップさせながら描き出した作品だそうで、前述の通りFilmmakers of Present部門で金豹賞、第一回作品賞のスペシャル・メンションに選ばれるなど高い評価を獲得する。もし観る機会が回ってきたのなら真先に紹介してきた一作だ。何故ならこのFilmmakers of Present部門で金豹賞に選ばれた歴代作にはMarianne Pistoneの"Mouton"Alessandro Comodinの""L'estate di Giacomo"などなど錚々たる面々が並んでいる故に、クオリティは保障されているも同然だからである。ということでWilliams監督の今後に超超超期待。

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