鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本

今までZ級映画ばかり観てきたからか、洋画における全然変ではない日本描写を見ると背中がむず痒くなってしまう。Z級映画ではニンジャ、サムライ当たり前、何か頭に日の丸ハチマキ付けているヤバい奴が出てきたり、セガールが日本刀を持ちながら「これ人斬れますよ〜コレ。ねっ。これ、今晩使いますよ。人斬れますよこれは」と言ったり、考証とかそういう以前の問題でありそれを楽しむ嗜好すらあった。だからウルヴァリン-SAMURAI-」が渋谷とかの位置関係と新幹線でウルヴァリンと互角に戦う雑魚ヤクザ以外は全然ちゃんとしている日本描写には、いやリトルトーキョー殺人課」くらいはっちゃけて良いんだよ???と背中がかなりむず痒くなった。が、今回紹介する映画はその比ではない、何故なら私の世界で最も好きなルーマニア映画でマジでもうちゃんとしている日本描写に日本語が出てくるのだから。

トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ Tudor Cristian Jurgiu1984年にルーマニアのメディアシュに生まれた。ブカレストの国立演劇映画大学(UNATC)で映画を学び、現在はこの大学で教師として脚本の教鞭を取っている。映画監督としては2009年にデビュー短編"Nunta lui Oli"を製作、アメリカで執り行われる息子の結婚式にウェブカムを通じて参加する父の姿を描いた作品は英国のリーズ国際映画祭や母国ルーマニアのアノニムル国際映画祭で最高賞を獲得するなど話題となる。2013年には別れようとしても何故か離れられないカップルを巡るコメディ短編"În acvariu"を手掛け、カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門の三位に選ばれ、更に今作で大学の修士学位を得ることとなる。そして同年には彼にとって初の長編映画「日本からの贈り物」を監督する。

屋根すらも消え去り、太陽の光に晒され続ける廃墟、その中に老いた男が1人。ボロボロになったゴミの屑から何か使えるものを物色しているらしい。男は幾つかのゴミを見繕い、外へと運んでいく。ホコリだらけの身格好に禿上がった頭、憔悴を全身から漂わせながら、そして男はゴミと共に去っていく、かつては自分の家だった廃墟から……先頃ドナウ川沿岸の田舎町を襲った水害は、老人コスタケ(「不倫期限」ヴィクトル・レベンギュウク)から家も尊厳も最愛の妻すらも奪い去ってしまった。今は持ち主をやはり水害で失った邸宅に身を寄せ、傷心の日々を過ごしている。その最中コスタケは"所有している土地を売らないか?"という申し出を受けるのだが、驚くほどの額を提示されても彼は迷い続ける。その土地だけがコスタケに残されていた最後の物だったからだ。

物語の前半はコスタケの日常をゆったりとしたテンポで描き出していく。自宅の廃墟や小学校の倉庫からゴミを漁り、空き家の修繕に勤しみ、妻も誰も居ないベッドに寝そべり孤独な夜を迎える。そんな彼に対して村の人々は暖かく接してくれる。近隣に住むリャンカ(Alexandrina Halic)は甲斐甲斐しく彼の世話を焼いてくれるし、役所に勤めるガビ(「ミラーズ」Ioana Abur)は電気もまともに来ない現状を見かねて灯油ランプを持ってきてくれたりと親切だ。彼女たちの暖かさは染みながら、コスタケの苦しみは癒えることがない。雨漏りに見舞われる家で、どうにもし難い思いを容器にぶつける彼の姿には深い悲哀が宿る。

コスタケの日常を縁取るのはルーマニアに広がる美しい田園風景だ。陽光に満ち溢れた村は柔らかく長閑な雰囲気を湛え、階段のような凹凸を持った丘や鮮やかな緑が心地よい風に微睡むような森は村人たちを優しく包んでいる。そして村にはピョコピョコ歩くヒヨコの群れに間の抜けた鳴き声を響かす牛たち、飼い主の言うことに対してそんなに忠実な訳じゃない可愛い犬たちなど、様々な命が息づいてもいる。撮影監督のAndrei Buticaは腰をドッシリと落ち着けながらの長回しによって、村に広がるゆったりとした空気感をそのままスクリーンにも息づかせていく。だが冒頭に広がる水没し荒れ果てた田畑、下半分にはさざめく麦の快活な色彩/上半分には限りなく黒に近い曇天の灰色が広がる麦畑の風景には長閑でだけでは要られない村のシビアな現状すらもまた浮かび上がるのだ。

そんなある日、母の死と父の苦境を聞きつけた息子のティク(「ラザレスク氏の最期」シェルバン・パヴル)が故郷へと帰ってくる。彼と一緒にいるのは東京で出会ったという日本人の妻ヒロコ(Kana Hashimoto)とコスタケにとっては孫である小学生のコウジ( Toma Hashimoto)だ。疎遠だった父と息子は再会を喜びながらも、その態度は何処かぎこちない。後半は彼ら4人を巡る家族の物語となるのだが、此処から「日本からの贈り物」ルーマニアン・ニューウェーブをしみじみと乗りこなす小津安二郎といった様相を呈することともなる。

話にだけは聞いていた外国人の妻と孫、コスタケの心は喜びと当惑でグラグラと揺れる。だが初めて見る風景に好奇心を踊らせる孫の姿には彼の顔も思わずほころぶ。本作の原題"Câinele Japonez"は"日本の犬"という意味のルーマニア語なのだが、劇中に柴犬や土佐犬などが出てくるという訳ではない。この言葉はコウジが持ってくるオモチャの犬AIBOを指していて、このアイテムが祖父と孫の交流において重要な役割を果たしながら、それ以上にAIBOを目の当たりにしたコスタケの姿が可愛いのなんのって思わず私たちの頬すら緩んでしまうこと請け合いだ。

だがコスタケが一番対話しなければならない存在は息子のティクだ。彼は村を出るにある負い目を抱えており、そのせいで父との間に溝が横たわっているのを意識しており、それはまた父のコスタケも同じだ。"僕たちは会話のない家族だったな"と、ある場面でティクが呟く。そんな家族の架け橋になっていた存在がマリアだったが、彼女はもう居ない。そのせいで最初2人の振る舞いは家族とは思えないほどにぎこちないものだ。しかし村に満ちる陽光の暖かさ、そしてコウジたちの存在が彼らの心を溶かし、2人は少しずつ距離を深めていく。

監督はこの時点でまだ29歳だがその演出は驚くほど老成しており、性急な展開をことごとく忌避し物事の静かな連なりによってこそ物語を語っていく。ここで描かれるのはたったの数日、人生という長いスパンにおいてはほんの一瞬の期間だ。だから何かが劇中で解決されることはほとんどない、そういう意味では消化不良になる観客も多くいるかもしれない。それでも人生のたった一切れを描くからこそ、むしろ生きることの滋味はそこから溢れだしてくると監督は熟知しているのだ。「日本からの贈り物」はそんなことを私たちに教えてくれる、かけがえのないルーマニアからの贈り物でもあるのだ。

ジュルギウ監督は現在のルーマニア映画界についてこう語っている。"何本かの有名なルーマニア映画、特にクリスティ・プイウの作品はとても気に入っています。良く練られたダイアログにキャラクター、そして素晴らしい俳優たちに恵まれ、ルーマニア映画界は世界をどう見るかについての新たな感覚をとうとう手に入れた訳です。思うに、70年代から80年代、90年代に至っても映画というメディアは現実に何が起こっているのか?について関心を払わず、歴史映画やコメディ映画しか存在していなかった。それが共産主義政権が崩壊した後、皆は自分が何を言ってもいいと感じ始め、全てが誇張された狂気へ向かっていくこととなりました。プイウの作品は新たな均衡と信頼性のある視点を見つけ出しています(中略)自分たちの周囲で起こることに対し注意を向け、物語を集める新たな方法です"

「日本からの贈り物」サン・セバスティアン国際映画祭でプレミア上映され、トランシルヴァニア国際映画祭、ワルシャワ映画祭、リトアニアのヴィルニウス国際映画祭などで賞を獲得し、ルーマニアアカデミー賞であるゴーポ賞では作品・主演俳優・助演俳優・監督・撮影・音響・美術・新人監督賞にノミネートされ、主演俳優賞を獲得する(ちなみにこの年に主要部門をほぼ総なめしたのはカリン・ペーター・ネッツァー監督の金熊賞獲得作「私の、息子」だった。)

2015年には目下の最新短編"In care eroina se ascunde si apoi are parte de o intalnire neasteptata"を製作、理由も分からないまま家に閉じ込められた女性と彼女が体験する奇妙な出会いを描き出した作品だ。そして現在はトリノ・フィルム・ラボに参加し、第2長編"Neither I From You, Nor Me From You"を手掛けており、ラボの公式サイトによれば脚本が完成した段階だという。ということでジュルギウ監督の今後に期待。

参考文献
http://www.torinofilmlab.it/people/5477-tudor-cristian-jurgiu(監督プロフィール)
http://www.altcine.com/details.php?id=1259(監督インタビューその1)
https://socialmantra.net/2013/11/10/mumbai-film-festival-2013-tudor-cristian-jurgiu/(監督インタビューその2)

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