鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

デュプラス兄弟&"The Puffy Chair"/ボロボロのソファー、ボロボロの3人

スピリエッグ、コーエン、タヴィアーニ、ラリュー、ダルデンヌ、ファレリー……これが何を示しているか分かるだろうか。そう共同で映画を手掛けている兄弟監督の名字である。兄弟監督は数多く存在するが、マンブルコアにも有名な兄弟監督がいるのはご承知だろう。ということで今回は私がマンブルコアの中でも特に好きなジェイ&マークのデュプラス兄弟と彼らの長編デビュー作"The Puffy Chair"を紹介していこう。

デュプラス兄弟ルイジアナ出身の映画作家だ。兄のジェイは1973年3月7日、弟のマーク1976年12月7日生まれ。ローマ・カトリック教徒の家庭で育ち、カトリック男子校ジーサイット・ハイスクールに通うなどしていた。両者揃ってテキサス大学オースティン校で映画について学び、マークの方はニューヨーク市立大学シティカレッジにも通っていた(ちなみにジェイはテキサス大学時代、そこでTAをしていた"ギリシャの奇妙なる波"の立役者アティナ・レイチェル・ツァンガリに出会い深く影響を受けたという)

大学での経験について兄弟はこう語る。"大学では多くのことを学びましたし、出来の悪い映画でもどんどん作っていくにはうってつけの場所です。しかし結局どうやってアーティストになるかは誰も教えてくれない、教師のほとんどが成功した映画作家である訳ではないんです。やるべきことは映画を作る機会を得て、失敗して、そしてもっと作品を作ることです。芸術を作るには多くの失敗が必要ですからね"

"大学にはまず基礎を学ぶために通っていましたが、何度も何度も失敗した末に物語の描き方というものを学び取ったんです。編集作業も何をするべきでないかを知る助けになりました。これは陳腐なアドバイスになるかもしれませんが、実際カメラを持って撮影する、これが映画を学ぶに最もうってつけな方法なんです"*1

1996年には自身の製作会社Duplass Brothers Productionを設立し、第一回作品としてAndy Fisher監督作"Connect 5"を製作し映画界へのデビューを果たす。日焼けサロンの従業員やギャングの一員、冷え切った関係性の父と子など彼らの人生が交錯し思わぬ結果を生むという群像劇で兄弟は製作と共に出演も果たしているが、ここから全てが上手くいかない暗黒期に突入してしまう。その間ジェイは編集技師やウェイターとして働き、マークはインディーバンドに参加したり戯曲を書きながら映画製作を続けていたそうだが、彼らの運命を変える瞬間が訪れる。

"20代の頃は本当に酷い映画の数々を作っていて、それを気に病んでいました。そしてとうとうアパートに籠もって、もう映画作りなんて止めてしまおうかと思った時があったんです(中略)だけどマークがーー彼がいつも物事を前進させてくれるタイプの人間なんですー―言ったんです。「クソったれ、今日も映画を作ってやろうじゃないか、完成するまでこのアパートから出ないぞ!」と。私たちが持っていたのはホームビデオ用のカメラだけでしたが、ある男が留守電に応答メッセージを吹き込もうとするとそんなアイデアが浮かんだんです。マークは「それだ!」と言って、脚本もクソもない状態で部屋を飛び出していき、戻ってくるやいなやそのシーンを演じてみせたんです。そして彼は泣きながら床に倒れこみました。失敗するんじゃないかという絶望や恐怖からそうなったんでしょうが、その全てが一気に起こったんです。この時初めて自分は唯一無二の美しい瞬間を捉えたとそう思えたんです"*2

そうして2003年に完成した、留守電の応答メッセージを吹き込み続ける男の姿を描いた短編"This is John"(製作費はテープ代のたった3ドル!)で兄弟はサンダンス映画祭とSXSW映画祭への初出品を果たしたのである。この勢いに乗り2004年にはスクラブルで遊ぶ最中に関係性の危機を迎えるカップルを描いた"Scrapple"を監督、フロリダ映画祭短編部門の作品賞を獲得する。そして翌年2005年には両親やパートナーから援助を受け、初の長編映画である"The Puffy Chair"を手掛ける。

主人公は30歳を目前に控えた男性ジョシュ(マークが兼任)、しかし彼の生活は安定したものとは言えない。自身が組んでいるバンドは方向性の違いで瓦解し、恋人であるエミリー(ケイティ・アセルトン、マークの実の妻で当時は恋人関係)との関係も余り良くはない。この日も2人で食事をしているのにバンド関連の電話に気を取られてしまうマークにエミリーの怒りが爆発し、彼らの間には険悪なムードが漂う。

そんなマークたちは仲直りも兼ねて車で旅をすることになる。というのも彼は昔家族で使っていたLa-Z-Boy製のソファーのレプリカをネット広告で見つけ、それを家具店で買い取りそのまま父の誕生日プレゼントとして贈ろうと計画していたのだ。旅の途中、マークたちは彼の兄レット(Rhett Wilkins)の元に足を運ぶ。最初はただ挨拶をするだけのつもりだったのだが、一緒に父の誕生日を祝いたいという兄に懇願され、彼を良く思わないエミリーの反対を押しきり、3人の短くも長い長い旅路が幕を開ける。

"The Puffy Chair"はロードムービーという体裁を取りながら、普通とは違う何処かすっとぼけたような感覚を宿している。車中泊は避けたいが金もないマークたちは部屋代を節約するために色々策を講じ、挙げ句の果てにはペットボトルにオシッコをジョボジョボ垂らすことまでやらかす。そして目的の家具店に着き、あの懐かしい赤紫でモッコモコのソファーを見つけたはいいが衝撃の事実が発覚しマークは頭を抱えざるを得なくなり、それが思わぬ結果を生み出す……今作のユーモアは登場人物が真顔で変なやらかすが突っ込む奴は誰も居ない、このやったらやりっぱなしの間抜け加減にあり、この奇妙さによって観客を巻き込んでいく。

そして独特なのはこの作品の撮影にある。撮影監督は手持ちカメラによって登場人物を映し出すのだが、妙にプラップラと揺れるわ細かいズームが多用されるわと、コメディ映画としては異色のスタイルを取っている。それは例えば最近ではポール・グリーングラス作品をよく手掛けるバリー・アクロイドのような、つまりドキュメンタリー的なスタイルなのだ。それ故に3人の間に満ちる空気感が生々しく伝わってくる。

しかしボタンをかけ違えたような奇妙なユーモアと臨場感溢れるドキュメンタリー演出、ともすればチグハグな印象を与えかねないが、デュプラス兄弟は両者を掛け合わすことによってどこかお伽噺めいた雰囲気を作り上げてしまう、これが彼らの作家性とも言える。マークの兄レットはトカゲを撮影してその映像を眺めるのが趣味の変人で、人と上手く付き合っていくことが出来ないでいる。だがある時、彼は映画館でアンバー(Julie Fischer)という女性と出会う。ここから始まる一連のシークエンスはデュプラス兄弟の作風を象徴するものだ。微妙に現実離れした展開が続くうちこちらもそのメルヘンに引き摺られていくのだが、唐突に顔を出した世知辛さに頬をぶん殴られて、苦しみに溢れた現実に引き戻される。

そしてマークとエミリーもそんな現実に直面せざるを得なくなる。マークは彼女との関係性を曖昧なままにしておきたい、悪く言えばずっとこのぬるま湯状態のままでいたいと思っている(このキャラ造型は同じマンブルコア作家でもアンドリュー・ブジャルスキーと共鳴する物がある)。逆にエミリーにとってはその曖昧さこそが最も許しがたいものであり、ある出来事をきっかけにこの関係性を"結婚"という契約で確たる物にしたいとマークに詰め寄る。この胃が痛くなるような対立の風景は、人生において誰かと生きることを選択したならば避けられないものだ。それでいて妥協点を見つけることがこれほど困難な対立もない。

もう既に日本で発売されている「僕の大切な人と、そのクソガキ」もしくは「ハッピーニートを観ている方は分かると思うが、デュプラス兄弟の真髄はそうした人生の危機に直面する人々、特に中年に差し掛かった人々に対する暖かな眼差しにある。だからこそ"The Puffy Chair"においてもデュプラス兄弟は現実という名の痛みに苛まれるマークたちの心をも深い温もりで包み込み、現実と折り合いをつけられる地点に導いていく……かと思いきや、驚きなのは此処にはそういった感覚が抜け落ちているということだ。それどころか物語の裏側には何か底知れないもの存在すらも感じさせられる。そして終盤にかけてマークたちの心は当惑の激しい渦に巻き込まれ、お伽噺は擦りきれ荒みきり、ボロボロになってしまう、まるであのソファーのように。

兄弟は今作についてこう語っている。"私たちは白人で、中流もしくは上流階級にいる男性というとても恵まれた立場にあります。だから飢えを感じたりだとかそういった問題に苛まれることは殆どありません。正直な所、私たちが話題にし悩み続けていることこそが関係性について――善人であろうとすること、自分に忠実であろうとすることなんです。そういった観点において、世界を見渡したり映画を観たりしても、人々の行動や言葉を信じられないでいる自分に気付くんです。人間は関係性というものに対し消極的な攻撃性を見せるものでしょう。簡単に打ち解けることはなく、自分たちの成し遂げたいことについてそれぞれ全く異なるやり方で対応しようとする。ですが人々が互いに対してそうやって接する光景は、映画ではほとんど見られません。なので私たちはその要素を自作に入れられて興奮していますし、笑える形で描くことができて嬉しいですね"*3

"The Puffy Chair"サンダンス映画祭で上映後、ベンド映画祭で主演男優・脚本賞を、SXSW映画祭で観客賞を獲得し、インディペンデント・スピリット・アワードのジョン・カサヴェテス賞にノミネートされるなど話題になる。そして先の記事でも書いたが2005年はブジャルスキー"Funny Ha Ha"劇場公開、彼の"Mutual Appreciation"ジョー・スワンバーのデビュー作"Kissing on the Mouth"、更に"The Puffy Chair"のSXSW映画祭プレミア上映が重なり、毎度お馴染み音声係エリック・マスナガバーで酒飲みながらこの言葉を作り上げた意味でマンブルコアが真の始まりを迎えた訳である。

だが配給が決まるまでの道のりは険しいものだったそうだ。映画祭での上映の度、配給会社の人々は口々に「この映画気に入ったよ」と言うのだが、この映画に客足は見込めないとどこも配給権を買うことはなかったのだ。しかしサンダンスでプレミア上映されたちょうど1年後、この映画を配給したいと名乗り出る会社が現れた、それがあのNetflixだった訳である。この時期配信は行っていなかったがオンラインでのDVDレンタルで躍進を遂げ、ブロックバスターなどの大手レンタル店に拮抗するほどのシェアを誇っていた。更にその勢いで以て自社で100本近くのインディー映画を配給するなどもしており、その一環として"The Puffy Chair"の配給を決めたのである*4

そして2006年に公開された本作は製作費1万5千ドルのところ興行収入19万ドルを稼ぎ出し、そして後にNetflixで配信されるとなると更なる人気を獲得、これ以降彼らの監督作・製作映画は勿論のことマンブルコア作品が多く配信されることとなる。このムーブメントが広まる最大の要因はこのデジタル時代においてNetflixと密な関係性を築いたことであるのは明確であり、その意味でマンブルコアの始まりを告げた"Funny Ha Ha"と共にこの"The Puffy Chair"はマンブルコアの最重要作品と言ってもいいだろう。

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
その4 ジョー・スワンバーグ&"Silver Bullets"/マンブルコアの重鎮、その全貌を追う!
その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
その11 ジョー・スワンバーグ&"Private Settings"/変態ボーイ meets ド変態ガール
その12 アンドリュー・ブジャルスキー&"Funny Ha Ha"/マンブルコアって、まあ……何かこんなん、うん、だよね
その13 アンドリュー・ブジャルスキー&"Mutual Appreciation"/そしてマンブルコアが幕を開ける
その14 ケンタッカー・オードリー&"Team Picture"/口ごもる若き世代の逃避と不安
その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
その16 エイミー・サイメッツ&"Sun Don't Shine"/私はただ人魚のように泳いでいたいだけ
その17 ケンタッカー・オードリー&"Open Five"/メンフィス、アイ・ラブ・ユー
その18 ケンタッカー・オードリー&"Open Five 2"/才能のない奴はインディー映画作るの止めろ!

私の好きな監督・俳優シリーズ
その51 Shih-Ching Tsou&"Take Out"/故郷より遠く離れて自転車を漕ぎ
その52 Constanza Fernández &"Mapa para Conversar"/チリ、船の上には3人の女
その53 Hugo Vieira da Silva &"Body Rice"/ポルトガル、灰の紫、精神の荒野
その54 Lukas Valenta Rinner &"Parabellum"/世界は終わるのか、終わらないのか
その55 Gust Van den Berghe &"Lucifer"/世界は丸い、ルシファーのアゴは長い
その56 Helena Třeštíková &"René"/俺は普通の人生なんか送れないって今更気付いたんだ
その57 マイケル・スピッチャ&"Yardbird"/オーストラリア、黄土と血潮と鉄の塊
その58 Annemarie Jacir &"Lamma shoftak"/パレスチナ、ぼくたちの故郷に帰りたい
その59 アンヌ・エモン&「ある夜のセックスのこと」/私の言葉を聞いてくれる人がいる
その60 Julia Solomonoff &"El último verano de la Boyita"/わたしのからだ、あなたのからだ
その61 ヴァレリー・マサディアン&"Nana"/このおうちにはナナとおもちゃとウサギだけ
その62 Carolina Rivas &"El color de los olivos"/壁が投げかけるのは色濃き影
その63 ホベルト・ベリネール&「ニーゼ」/声なき叫びを聞くために
その64 アティナ・レイチェル・ツァンガリ&"Attenberg"/あなたの死を通じて、わたしの生を知る
その65 ヴェイコ・オウンプー&「ルクリ」/神よ、いつになれば全ては終るのですか?
その66 Valerie Gudenus&"I am Jesus"/「私がイエス「いや、私こそがイエ「イエスはこの私だ」」」
その67 Matias Meyer &"Los últimos cristeros"/メキシコ、キリストは我らと共に在り
その68 Boris Despodov& "Corridor #8"/見えない道路に沿って、バルカン半島を行く
その69 Urszula Antoniak& "Code Blue"/オランダ、カーテン越しの密やかな欲動
その70 Rebecca Cremona& "Simshar"/マルタ、海は蒼くも容赦なく
その71 ペリン・エスメル&"Gözetleme Kulesi"/トルコの山々に深き孤独が2つ
その72 Afia Nathaniel &"Dukhtar"/パキスタン、娘という名の呪いと希望
その73 Margot Benacerraf &"Araya"/ベネズエラ、忘れ去られる筈だった塩の都
その74 Maxime Giroux &"Felix & Meira"/ユダヤ教という息苦しさの中で
その75 Marianne Pistone& "Mouton"/だけど、みんな生きていかなくちゃいけない
その76 フェリペ・ゲレロ& "Corta"/コロンビア、サトウキビ畑を見据えながら
その77 Kenyeres Bálint&"Before Dawn"/ハンガリー、長回しから見る暴力・飛翔・移民
その78 ミン・バハドゥル・バム&「黒い雌鶏」/ネパール、ぼくたちの名前は希望って意味なんだ
その79 Jonas Carpignano&"Meditrranea"/この世界で移民として生きるということ
その80 Laura Amelia Guzmán&"Dólares de arena"/ドミニカ、あなたは私の輝きだったから
その81 彭三源&"失孤"/見捨てられたなんて、言わないでくれ
その82 アナ・ミュイラート&"Que Horas Ela Volta?"/ブラジル、母と娘と大きなプールと
その83 アイダ・ベジッチ&"Djeca"/内戦の深き傷、イスラムの静かな誇り
その84 Nikola Ležaić&"Tilva Roš"/セルビア、若さって中途半端だ
その85 Hari Sama & "El Sueño de Lu"/ママはずっと、あなたのママでいるから
その86 チャイタニヤ・タームハーネー&「裁き」/裁判は続く、そして日常も続く
その87 マヤ・ミロス&「思春期」/Girl in The Hell
その88 Kivu Ruhorahoza & "Matière Grise"/ルワンダ、ゴキブリたちと虐殺の記憶
その89 ソフィー・ショウケンス&「Unbalance-アンバランス-」/ベルギー、心の奥に眠る父
その90 Pia Marais & "Die Unerzogenen"/パパもクソ、ママもクソ、マジで人生全部クソ
その91 Amelia Umuhire & "Polyglot"/ベルリン、それぞれの声が響く場所
その92 Zeresenay Mehari & "Difret"/エチオピア、私は自分の足で歩いていきたい
その93 Mariana Rondón & "Pelo Malo"/ぼくのクセっ毛、男らしくないから嫌いだ
その94 Yulene Olaizola & "Paraísos Artificiales"/引き伸ばされた時間は永遠の如く
その95 ジョエル・エドガートン&"The Gift"/お前が過去を忘れても、過去はお前を忘れはしない
その96 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その97 アンジェリーナ・マッカローネ&"The Look"/ランプリング on ランプリング
その98 Anna Melikyan & "Rusalka"/人生、おとぎ話みたいには行かない
その99 Ignas Jonynas & "Lošėjas"/リトアニア、金は命よりも重い
その100 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その101 パヴレ・ブコビッチ&「インモラル・ガール 秘密と嘘」/SNSの時代に憑りつく幽霊について
その102 Eva Neymann & "Pesn Pesney"/初恋は夢想の緑に取り残されて
その103 Mira Fornay & "Môj pes Killer"/スロバキア、スキンヘッドに差別の刻印
その104 クリスティナ・グロゼヴァ&「ザ・レッスン 女教師の返済」/おかねがないおかねがないおかねがないおかねがない……
その105 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その106 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その107 ディアステム&「フレンチ・ブラッド」/フランスは我らがフランス人のもの
その108 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その109 Sydney Freeland&"Her Story"/女性であること、トランスジェンダーであること
その110 Birgitte Stærmose&"Værelse 304"/交錯する人生、凍てついた孤独
その111 アンネ・セウィツキー&「妹の体温」/私を受け入れて、私を愛して
その112 Mads Matthiesen&"The Model"/モデル残酷物語 in パリ
その113 Leyla Bouzid&"À peine j'ouvre les yeux"/チュニジア、彼女の歌声はアラブの春へと
その114 ヨーナス・セルベリ=アウグツセーン&"Sophelikoptern"/おばあちゃんに時計を届けるまでの1000キロくらい
その115 Aik Karapetian&"The Man in the Orange Jacket"/ラトビア、オレンジ色の階級闘争
その116 Antoine Cuypers&"Préjudice"/そして最後には生の苦しみだけが残る
その117 Benjamin Crotty&"Fort Buchnan"/全く新しいメロドラマ、全く新しい映画
その118 アランテ・カヴァイテ&"The Summer of Sangaile"/もっと高く、そこに本当の私がいるから
その119 ニコラス・ペレダ&"Juntos"/この人生を変えてくれる"何か"を待ち続けて
その120 サシャ・ポラック&"Zurich"/人生は虚しく、虚しく、虚しく
その121 Benjamín Naishtat&"Historia del Miedo"/アルゼンチン、世界に連なる恐怖の系譜
その122 Léa Forest&"Pour faire la guerre"/いつか幼かった時代に別れを告げて
その123 Mélanie Delloye&"L'Homme de ma vie"/Alice Prefers to Run
その124 アマ・エスカランテ&「よそ者」/アメリカの周縁に生きる者たちについて
その125 Juliana Rojas&"Trabalhar Cansa"/ブラジル、経済発展は何を踏みにじっていったのか?
その126 Zuzanna Solakiewicz&"15 stron świata"/音は質量を持つ、あの聳え立つビルのように
その127 Gabriel Abrantes&"Dreams, Drones and Dactyls"/エロス+オバマ+アンコウ=映画の未来
その128 Kerékgyártó Yvonne&"Free Entry"/ハンガリー、彼女たちの友情は永遠!
その129 张撼依&"繁枝叶茂"/中国、命はめぐり魂はさまよう
その130 パスカル・ブルトン&"Suite Armoricaine"/失われ忘れ去られ、そして思い出される物たち
その131 リュウ・ジャイン&「オクスハイドⅡ」/家族みんなで餃子を作ろう(あるいはジャンヌ・ディエルマンの正統後継)
その132 Salomé Lamas&"Eldorado XXI"/ペルー、黄金郷の光と闇
その133 ロベルト・ミネルヴィーニ&"The Passage"/テキサスに生き、テキサスを旅する
その134 Marte Vold&"Totem"/ノルウェー、ある結婚の風景
その135 アリス・ウィンクール&「博士と私の危険な関係」/ヒステリー、大いなる悪意の誕生
その136 Luis López Carrasco&"El Futuro"/スペイン、未来は輝きに満ちている
その137 Ion De Sosa&"Sueñan los androides"/電気羊はスペインの夢を見るか?
その138 ケリー・ライヒャルト&"River of Grass"/あの高速道路は何処まで続いているのだろう?
その139 ケリー・ライヒャルト&"Ode" "Travis"/2つの失われた愛について
その140 ケリー・ライヒャルト&"Old Joy"/哀しみは擦り切れたかつての喜び
その141 ケリー・ライヒャルト&「ウェンディ&ルーシー」/私の居場所はどこにあるのだろう
その142 Elina Psykou&"The Eternal Return of Antonis Paraskevas"/ギリシャよ、過去の名声にすがるハゲかけのオッサンよ
その143 ケリー・ライヒャルト&"Meek's Cutoff"/果てなき荒野に彼女の声が響く
その144 ケリー・ライヒャルト&「ナイト・スリーパーズ ダム爆破作戦」/夜、妄執は静かに潜航する
その145 Sergio Oksman&"O Futebol"/ブラジル、父と息子とワールドカップと
その146 Virpi Suutari&”Eleganssi”/フィンランド、狩りは紳士の嗜みである