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映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

リン・シェルトン&"My Effortless Brilliance"/2人の男、曖昧な感情の中で

リン・シェルトン&"We Go Way Back"/23歳の私、あなたは今どうしてる?
リン・シェルトンの経歴および長編デビュー作についてはこちらの記事参照

アメリカの広大なる森には男たちを彷徨わせたくなる魅力が宿っているようだ。例えばジョン・ブアマンの田舎は怖いよスリラー「脱出」から、私が思うウォルター・ヒルの最高傑作たる一作「サザン・コンフォート/ブラザー小隊恐怖の脱出」まで、鬱蒼たる森の中で男たちがヒイヒイハアハア肉体も精神もボコられる映画は枚挙に暇がない。だが最近は純アメリ男児どもを拷問する的な嗜虐的な内容から、もっと内省的な男たちが人生を見つめる旅路を描く内容にシフトし始めている。その代表的な一作がケリー・ライヒャルト監督作“Old Joy”だ(この紹介記事を読んでね)疎遠だった2人の親友が山の秘湯まで旅し、それぞれの日常に戻っていくというそれだけの内容だが、このミニマルな作劇の中に人生への如何ともし難い幻滅と諦念が浮かび上がる様は筆舌に尽くせぬほど豊かな物だった。さて今回は、そんな森の中で心を彷徨わせ口ごもる男たちを描き出す、リン・シェルトン監督作“My Effortless Brilliance”を紹介していこう。

今作の主人公はエリック(Sean Nelson)という男性、彼は2本の長編小説を発表するなど将来有望な若手作家として、まずまずの生活を送っている。そんなエリックは過去の遺恨を解消するために住み慣れた都会を離れ、ワシントン州の山奥へと足を運ぶ。ここに住んでいるのはディラン(Basil Harris)、2人はかつて親友だったが今ではほぼ絶縁状態なのだ。エリックはドロリと引き摺るわだかまりを胸に、彼のいる山小屋のドアをノックする。

前作を既に観ているなら一目で分かるだろうが、“My Effortless Brilliance”の規模は比べ物にならないほどチープになっている。前作にはエキストラ含め多くの人物が登場したが本作の登場人物はたったの4人(1人は冒頭で消えるので実質3人)、映像は35mmフィルム撮影からかなりチープなデジタル撮影に移行、舞台も山小屋か森の2つしか存在しない。“We Go Way Back”はシアトル州からの補助金を予算に充てることが出来たのだが、この作品にそういった補助は一切存在しない、予算はシェルトンや友人らのポケットマネーから捻出した訳である。こうした意味で作品の規模はかなり小さくなっているのだが、その製作状況こそがシェルトンをマンブルコアへと導いたと言っても過言ではない。

2人の久々の再会は酷くぎこちないものだ。元はと言えばデビュー長編を別荘で書いていたエリックが、ディランを電話で呼びつけたら玄関先で“お前はマジのクソ野郎だよ、ケツ穴ビチグソ野郎だ!”と罵倒され絶縁状態という流れであり、エリックは彼の真意を知りたくもあったのだが、ディランは朴吶と言葉を返すだけで、会話は進展していかない。そこには根深い遺恨ばかりが淀み続けている。

それに関連して監督は今作の構想源についてこんな言葉を残している。"共依存的な友愛関係が持続不可能になり、恋愛関係と同じく不健康な状態に陥った時どのようなことになるのか?というテーマに興味がありました。私自身も3回ほど、女友達との劇的な別れを経験していて、恋が終わる時よりも辛かったんです。恋人との別れは過ぎ去ってくれますが、彼女たちとの別れは一生残り続けるように思えます。それは女性だけの現象なのかそうではないのか分からなかったのですが、それについてショーン(・ネルソン)に尋ねてみた時、彼はとても興味を持ってくれました(中略)そしてこのテーマとショーンから今作は始まったんです"

しかしシェルトンはストイックに2人の会話に耳を澄ませる。エリックが先日亡くなってしまった愛猫について話すと、気の毒にという言葉をディランは返す。そして動物繋がりで、山小屋の前で会った、馬に乗った男についてエリックが話し始め、それが部屋に飾ってある剥製の鹿から山に住んでいるらしい猛獣の話へと変わっていく。この微妙な繋がりを持ちながらしかし話題が移り変わる会話の中で、2人の親密さが少しずつ元の姿を取り戻す空気感をシェルトンは繊細に掬い取っていく。そう後の作品「ラブ・トライアングル」などに見られる、会話の内容ではなくそこにある空気感を重視する演出法は今作を源としている訳である。

この演出法について監督はこう語っている。"例えば2人が初めて夕食を共にするシーン、私たちは20〜25分撮影すればいいと思ったんですが、その後も2人は会話を続けるんです(中略)こういった場面をカットするのはドキュメンタリーを編集するような経験になりました。彼らの素晴らしい演技や言葉が映された20時間ものフッテージ映像をどう映画として形成していくか決めなければならなかったんです(中略)これは削除した方がいい、これは入れても上手くいかない、そう思えるのは少しだけだったので編集でどうにかする必要がありました。それが編集段階における贖罪の美という訳です。つまりは編集室はどうすれば映画を語る者に、映画監督になれるのかを学ぶ場でもありました。セットでは自分がとんでもない詐欺師のように思える時があったんですが、それは幾度となく対話を重ね場面場面で何が起こるか全て知っている状況にあったからです。でも編集室でそういった物を全部投げ出しました(中略)監督としての役割の多くは編集室でこそ成されたと感じています"

そうして親密な雰囲気が醸し出されていく中で、彼らの元に現れるのが件の馬に乗っていた男ジム(Calvin Reeder)だ。ジムとディランは気の置けない友人同士らしく、朝から一緒に薪を割っていたりと関係はかなり密なものらしい。自分よりも親しくディランと会話するジムに対して嫉妬とも羨望ともつかない感情を抱くエリックは、森の中へと逃げ込み、遠くから2人の姿を眺めることしかできない。3者の間で音もなく高まっていく緊張感は、夜の山小屋で最高潮にまで達する。エリックたちは酒を唇に注ぎ込みながら、様々な話題に華を咲かせる。チャールズ・ブコウスキーの作品について、とある女性が自分の目の前に尻を向けてきた経験について……そんな会話の数々は酒の酩酊によってどんどんヒートアップしていき、場の雰囲気は深い親密さと暴力の予感のあわいを劇的な形で漂い続ける。そしてテンションが最高潮に達した3人は猛獣を狩りに、銃を片手に、深夜の山中へと足を踏み入れる。

いつしか今作に現れるのは言葉では言い表せない官能的な空気感だ。特にエリックとディランの間には並々ならぬ緊張感が存在し、行き着く先が何処なのかが分からない。彼らの繋がりは愛へと傾くのか、憎しみへと至るのか、それとも曖昧なままで居続けるのか。シェルトンはその2人の男たちの行く末を静かに見据える。

参考文献
http://parallax-view.org/2009/02/22/interview-lynn-shelton-on-my-effortless-brilliance/(監督インタビュー)

結局マンブルコアって何だったんだ?
その1 アーロン・カッツ&"Dance Party, USA"/レイプカルチャー、USA
その2 ライ・ルッソ=ヤング&"You Wont Miss Me"/23歳の記憶は万華鏡のように
その3 アーロン・カッツ&"Quiet City"/つかの間、オレンジ色のときめきを
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その5 ケイト・リン・シャイル&"Empire Builder"/米インディー界、後ろ向きの女王
その6 ジョー・スワンバーグ&"Kissing on the Mouth"/私たちの若さはどこへ行くのだろう
その7 ジョー・スワンバーグ&"Marriage Material"/誰かと共に生きていくことのままならさ
その8 ジョー・スワンバーグ&"Nights and Weekends"/さよなら、さよならグレタ・ガーウィグ
その9 ジョー・スワンバーグ&"Alexander the Last"/誰かと生きるのは辛いけど、でも……
その10 ジョー・スワンバーグ&"The Zone"/マンブルコア界の変態王頂上決戦
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その15 アンドリュー・ブジャルスキー&"Beeswax"/次に俺の作品をマンブルコアって言ったらブチ殺すぞ
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