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鉄腸野郎と昔の東欧映画を見てみよう

鉄腸野郎Z-SQUAD!の姉妹館。ここでは昔の東欧映画だけについてツラツラと。

ヤンチョー・ミクローシュ&"Oldás és kötés"/虚無と絶望のハンガリー交声曲

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物語の舞台はブダペスト郊外にある病院、そこでの人々の姿が描かれるのだが、中心となる1人の青年医師ヤーロムだ。彼は人の命を救うという自分の仕事に疑問を持ち始めている。そんな中で70歳になる恩師が手術に復帰すると聞き、複雑な思いを抱きながら手術に望むのだが、彼は失敗し患者は死を迎える……

今作の監督はハンガリー映画界におけるおそらく最も偉大な映画作家ヤンチョー・ミクローシュである。ネメシュ・ラースローの長回しがどうとかタル・ベーラの長回しがどうとかいう話があるが、彼らの源にはミクローシュがいる(もしかしたらその更に前の源流もあるかもだが)。今作は1962年製作の第2長編で、第3長編“”で世界的名声を獲得する直前の作品だが、ここにも確かに彼の刻印がある。

彼の特徴は先述の通り長回し遠近感を自在に行き交いながら世界の豊かさを見せる長回しだが、ここでもそれは発揮されている。もちろん彼の諸作の方がハンガリーの広大な野原などを舞台にしておりその効果は顕著だが、こちらでは病院という狭い空間とそこに広がる時間をカメラの瞑想的な動きで捉えていく様はゾクゾクするほどヤンチョー作品だ。そして手術室の全容を空間を練り歩くように撮す様なんかは、驚くことにめちゃくちゃ「ER」っぽい。タル・ベーラだけじゃなく「ER」の源もここにあったのだ!

だが青年が病院から帰り、町へと赴く場面になると途端に話が変わってくる。仲間たちと合流した彼はパーティ会場へと行き、前衛的な映像詩を観る。そこでとある女性と他愛ない愛の駆け引きを繰り広げたり、彼らの現実に詩が入り込んできたりとおいおいあの「ER」展開どこ行ったんだよ!って感じになる。かなりヌーヴェルバーグっぽくなるのだが、私の心の中には違和感しかなくなる。

かと思えば、70歳の恩師の惨めな失敗を目の当たりにした彼は同じく70歳で不治の病を患った父に会いに行くため、故郷へと車を走らせる。ここで後に見られる遠近感炸裂長回しの数々が見られるのだが、そこに刻まれているのは虚無感である。幼馴染みはこの場所に根を落とし、青年は彼女がこの殺風景な場所で朽ちゆく未来を見る。他の人々、友人たちや他ならぬ父にもその影を見て、青年は皆にブダペストみたいな賑やかな都市にくれば幸せになれると言うが、全員“いや、収穫があうから”と無下に断られる。というそんな青年が都市に倦怠を感じており、逆に俺を連れてってくれと嘆願するが、いやお前の居場所はここじゃないと断られる。青年は故郷にも都市にも属すことの出来ない宙吊りの存在として世界に投げ出され、すごすごともと来た道を帰るしかない。

何というかこの映画は構成的にかなり変だ。例えるならあのミケランジェロ・アントニオーニ「ER」のエピソード監督をまかされ、何事も経験と最初はいやいやながら製作していたが、いつしか飽きて全てを投げ出し、自分の美意識のままの作品を作り始め、とうとう彼お得意の底無し沼のような虚無と絶望の世界へと突っ込んでいった……みたいな変な映画なのである。悪くない、ただ変なのだ。巨匠のあんまり見ちゃいけない所を見ちゃった感じがある。だが変な物好き、巨匠が作った誰に省みられる訳でもないマイナー映画好きにはとてもお薦めしたい訳である。

 

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