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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ahmad Bahrami&"The Wasteland"/イラン、変わらぬものなど何もない

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何事も、永遠に続くことはない。どんなに頑強に建てられた家も、どんなに密な関係性を持つ共同体も、どんなに強靭な生命力を持つ生命も。この世界に在る限り、終りを持たないものというのは存在するはずもないのである。この至極自然な、しかしいつだって目を背けたくなる事実を固く見据える映画が、今回紹介するAhmad Bahrami監督作"The Wasteland"だ。

今作の主人公はロトフォラー(Ali Bagheri)という中年男性である。彼は生まれてから40年間、ずっと煉瓦工場を中心とした共同体で生きている。常に工場長(Farrokh Nemati)に従いながら、毎日労働をこなし日々を過ごしている。彼はこの地に自身の骨を埋めることにも疑問を持っていないかのようだった。

序盤、映画はそんなロトフォラーが生きる過酷な現実を真正面から映しだしていく。どこまでも灰色の荒廃が広がる世界、もはや廃墟と見分けがつかない工場で彼と同僚たちは粉塵を吸いこみながら労働に精を出す。単純労働ながら身体を酷使するゆえに、ロトフォラーたちの身体は少しずつ朽ちていく。その様は私たちは目撃することになる。

しかしこの鬱屈に反して、撮影は奇妙なまでの優雅さすら持っている。撮影監督のMasoud Amini Tirani長回しを基調としながら、目前の光景を見据える。そしてカメラはある種の優雅さをも伴いながら、登場人物たちの動きを追っていくのだ。そして荒涼たる風景からは崇高さすらも漲ることになる。さらに厳然たる濃淡を伴ったモノクロ撮影はこの印象を高めるのである。

ある日、工場長は工員たちに対して信じられない通告を行う。煉瓦製作にもとうとう限界が来てしまった、ゆえにこの工場を閉鎖すると。突然の言葉に動揺を隠しきれない工員たちだが、ロトフォラーは意外と冷静だ。だがそんな彼にも心配があった。最愛の女性であるサルヴァル(Mahdieh Nassaj)の未来だ。

今作は度重なる反復によって構成されている。工場での作業、工場長と工員の会話、工員たちそれぞれの家での日常、そして工場長の最後通告。これらが淡々とかつ延々と繰り返されることによって、果てしない徒労感や虚無感が今作には積みあがっていくのである。

そして個人の行動にも反復が見られる。労働の後、工員たちは家族とともに食事を取る。それが終わると、彼らは床に横たわり、身体に白い大きなシーツをかけ、眠りに就くのである。監督はこの光景を何人もの工員たちの日常において反復するのである。頗る奇妙な光景ながら、何か過酷なる現実を忘れたいという工員たちの切実さがここからは浮かぶようだ。

さらにこの反復のなかには工員同士の複雑な力関係が見えてくる。例えばクルド人であるシャフをめぐる状況である。彼はイランでは少数民族に属する人物であり、他の人物からはよく思われていない。この緊張感が高まることで、諍いが起こることも珍しくないのだ。ロトフォラーはこういった争いの調停役をも務める必要があるのである。

だがそんなロトフォラーに対して運命は残酷である。問題を起こした工員たちは工場長と話すことになるのだが、彼らは口々にロトフォラーに関して密告を行うのだ。例えば夜にクルド人たちと酒を飲みすぎて泥酔している、サルヴァルと密会を行っている。彼は工員たちから軽蔑される対象なのだ。物語が進むにつれ、その悲哀は濃厚なものになっていく。

今年のヴェネチア国際映画祭には2本のイラン映画が出品されたが、それらは2020年代におけるイラン映画の新たな局面を予告しているように思われる。以前はアスガー・ファルハーディ諸作を模倣するような饒舌なリアリズム作品が多かったが、そのリアリズムが多様化しているのを感じるのだ。例えばShahram Mokri監督作"Careless Crime"(紹介記事はこちら)はそのリアリズムを窒息するほどに濃密にすることで、映画館を放火しようとする男たちの姿を凄まじく不穏に描きだしていた。今作ではそのリアリズムは高貴なる芸術性に接近していき、例えばタル・ベーラ作品を彷彿とさせる荒涼の詩を感じさせる作品となっている。前年の傑作であるSaeed Roustaee監督作"Just 6.5"(紹介記事はこちら)における狂熱の社会派リアリズムも合わせ、イラン映画のリアリズムは新たなフェイズへ突入したと言ってもいいかもしれない。

そして工場閉鎖の日がやってくる。工員たちがこの地から出ていくなかで、ロトフォラーは粛々と工場の後始末を行っていく。そしてサルヴァルと最後の会話を繰り広げるうち、彼はある真実を知るのだが、その後にも彼は厳粛な面持ちで以て後始末を続けるのだ。終盤はそんな光景が延々と描きだされる。この悲壮なる最後に私たちの心は締めつけられる他ない。

今作の核はもちろんロトフォラーを演じたAli Bagheriだろう。彼は表立って感情を露にすることはない。果てしのない過酷さにおいても、彼は己の職務を静かに全うしていく。ロトフォラーにはそんな繊細なしなやかさが存在している。彼にとってはこの工場地帯が唯一の世界なのである。Bagheriはこの救いがたい悲愴感を静謐によって体現していき、私たちの網膜に底なしの絶望感を叩きつけるのだ。"The Wasteland"は"変わらないものなどない"という諸行無常の感覚を静かに、しかし壮絶に描きだした作品だ。そして私たちはロトフォラーの至る最後に言葉すら失うだろう。

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