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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ

前回、ルチアン・ピンティリエ“Terminus paradis”をレビューしたが(という書き出しから、この記事が大分前に書かれたことを察して欲しい)、その記事の中で今作は20年越しにピンティリエがルーマニアで作り上げたアメリカン・ニューウェーブの末裔的な作品であると記した。ピンティリエは60年代後半からチャウシェスク政権崩壊までルーマニアでの映画製作をほぼ禁じられていたのがその原因の一端だが、彼がそんな状態にあった時に当時の空気感を濃厚に反映しながらアメリカン・ニューウェーブ的な映画作品を作り上げていた人物がいる。ということで今回はピンティリエと並ぶルーマニア映画界の巨匠ミルチャ・ダネリュク Mircea Daneliucが、1976年に手掛けた長編“Cursa”を紹介していこう。

今作の主人公はアンゲルとパナイト(Mircea Albulescu&Constantin Diplan)というトラック運転手、アンゲルは昔気質の不器用な男でパナイトは人当たりのよく剽軽な性格、正反対の彼らはそれでも大の親友でいつも行動を共にしていた。今回の仕事は80トンの巨大な部品を炭鉱街まで運ぶことだ。いつもと変わらない日々を送る筈だった彼らの人生は、しかしある女性の登場で大きく変わることになる。

パナイトは気まぐれに寄った酒場でマリア(Tora Vasilescu)という女性と出会う。一目見て彼女に惹かれたパナイトは自分と彼女の目的地が同じなことを知り、一緒に来ないか?と誘うのだが生憎つれないまま夜は幕を閉じる。しかし翌日財布やIDを盗まれたというマリアと再会したパナイトは彼女を自分のトラックに招き入れ、炭鉱街への三人旅が始まることとなる。

今作はルーマニアの広大な大地を舞台としたロードムービーだ。車窓の奥に広がるのは深緑が美しく輝く森や草原、人々の活気に満ちた街並みに、交通制限のせいで詰まりに詰まった車の数々。時おり藁を背負った人々がゆったりと歩みを進める姿が現れ、肩の力が抜けるようなのどかさを感じたりもする。その一方で炭鉱への道はそう容易いものだけではない。灰色に乾いた崖っぷちを余りにデカい部品を載せて走る様は、見てるだけでも尋常じゃなく恐ろしい。それでもアンゲルたちは慣れた運転裁きで切り立った絶壁を進んでいく。

だがマリアの存在が彼らの旅路に波紋を投げ掛ける。彼女には夫がおり、この旅の目的は出稼ぎのため炭鉱街へと行ってしまった彼と再会するためなのだという。パナイトはそれでもチャンスはあると希望を捨てず、アンゲルはそんな彼をアーネスト・ボーグナインさながらの濃い表情で諌めていく。しかし実際彼女に惹かれているのはアンゲルの方のようだ。ふとマリアに向ける視線には曰く言い難い思慕のような感情が、静かに滲んでいるのだから。そしてこの状況が親友という関係性にも亀裂を走らせていくのだ。

ダネリュクの演出は、先の“Croaziera”レビュー記事にも記した通り劇映画の中へと奇妙にドキュメンタリー映像が混ざるような不思議な感触を持ったものとなっている。物語が進むにつれアンゲルの過去やマリアの夫との微妙な関係性が明らかになっていく中でも、カメラはふとした瞬間にそんな彼らが眺める風景へと視線を向ける。特にどうということもなく走り去っていく車、工事現場で汗水垂らして働く人々、眼下に広がる谷間に満ちている濃厚な砂埃、こういった映像の中でアンゲルやマリアは登場人物というよりも、時代や場所は違えど私たちと同じ日常を生きる人々という側面が強く出てくる。この映画の場合、しかしこういった親しみは人生への倦怠感へと接続されていく。私たちは相も変わらぬ日常の中で磨り減り、どうしようもなく徒労感ばかりが募っていく……

“Cursa”はこうした作風の中に、更にまた別の要素を織り込んでいく。この時代世界の映画界を席巻したのはいわゆるアメリカン・ニューシネマと呼ばれる映画の一群だった。ベトナム戦争などに端を発する若き活力の反体制的な炸裂とそれが燃え尽きる/既に燃え尽きた故の虚無と倦怠が交わりあった唯一無二のムーブメントだが、今作は後者の要素が濃厚に滲んでいるという訳だ。更にウィリアム・フリードキン「恐怖の報酬」に1年先駆けて、今作にはトラックにまつわる凄まじいサスペンスシーンも存在する。どうやって撮影したのかと思わされるくらいにはスゴい。実際ダネリュクがそういった作品群を観たかは定かでないが、1つ言えるのはこの1976年当時のルーマニアは文化にしろ作風にしろまだアメリカ的な要素を検閲などで排することはなかったということだ。

後半からアンゲルたちの旅路は些細な誤解や怒りからスレ違いを見せ、その間隙には人生への哀感が吹き込み始める。彼らは見せかけの笑顔とふざけた態度で全てをやり過ごそうとしながら、心の奥底にある思いはいつしか音もなく画面へ滲み渡っていく。自分たちはもっと幸せな人生を生きていたはずなんだ、それなのにどうしてこんなことになってるのか、分からない……そして炭鉱街は雨と人々の涙に濡れていく。

さて、ここからは少し今後のダネリュク作品に繋がる要素について少し見ていこう。冒頭、アンゲルたちが勤める工場にテレビクルーが来訪し、ニュース映像を撮影するといった場面がある。その時画面に不自然な黒枠が現れるのだが、それはつまりクルーのカメラが撮影している風景を切り取っている特殊効果な訳である。インタビュー相手の顔や工場の機械が黒枠で覆われる一方で、私たちは逆に黒枠で覆われない場所がいかに広いかをも感じることとなる。この撮影者や被写体の関係性、何かを撮すことの恣意性、そして撮されないものに対する想像力は今後のダネリュク作品に頻出するテーマとなる。

ルーマニア映画界を旅する
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その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
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その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
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その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり