鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Mircea Săucan&"Meandre"/ルーマニア、あらかじめ幻視された荒廃

さてさて、ルーマニア映画界である。私は今までLucian PintilieMircea Daneliucなど映画界に絶大な影響を与えた巨匠たちについてもこのブログで紹介してきた。もちろんこれでは足らなすぎる。他にもDan PițaMircea VeroiuNicolae Margineanuなどなど紹介しなくてはならない重要人物と映画作品はとても多い。しかし上述の人物は取りあえず後に回して、今回はたった2本の長編作品を残しただけながら、ルーマニア映画史において重要な立ち位置にある偉大なる映画作家Mircea Săucanと彼の作品“Meandre”を紹介していこう。

まず私たちはある女性の顔をその目に映すこととなる。ショールで頭を包み、美しくも生気の欠けた表情だけを彼女は世界にさらけ出している。彼女はある男と再会した後、闇に包まれた部屋へと赴くこととなる。2人は彼女たちだけにしか分からない会話を繰り広げながら、テレビ画面を見つめ続ける。群れを成した水鳥たちが黒に染まった湖で羽根をバタつかせる、崇高な白を纏った馬が全身の筋肉を躍動させながら地を駆け抜ける。

だがその馬は私たちを全く違う世界へと導く。現れるのは美しい白色の夕焼けが広がった砂浜、そこで一頭の馬が若い男女と共に戯れている。恋人同士らしい彼らは砂の巷を自由に踊り回り、時は過ぎていく。夜が海を覆う頃、熱が冷めたように落ち着いた様子の青年は、しかし友人にこう尋ねる、ペンを持ってないか、アイツを殺しに行きたいからさ。そしてペンを片手に彼は背広を着た人物の後をついていく、彼はテレビ画面を見ているあの男だ……

“Meandre”という作品は凄まじく難解な代物だ。物語は直線を忌避するように苛烈なうねりを見せ、現れては消えていく登場人物たちの素性や関係性も容易には掴むことが出来ない。それでも少しずつ観客は今作の一端を垣間見始めるはずだ。建築士であるペトル(Mihai Paladescu)とその妻であるアンダ(Margareta Pogonat)、だが彼らの結婚生活は既に終りを迎えたようにも見える。そしてペトルの友人であるコンスタンティン(Ernest Maftei)と彼の息子であるジェル(Dan Nuțu)、家族仲は険悪のようでありジェルはむしろペトルを慕いながら、では何故ジェルは彼をペンによって殺害しようと目論むのか?

今作が私たちの脳髄に混乱をもたらす理由の1つは、異なる時間が混ざりあう錯雑した編集だ。まずペトルとアイダが再会を遂げてからの時間があり、2人とジェルが奇妙な形で愛し憎みあう時間があり、更にそれらから逸脱するような断片的な過去の数々、もしかすると実在しなかったのかもしれない時間がここには存在している。そして私たちを更に混乱させるのは“現在”の欠落だ。再会の時こそが他ならぬそれのようにも思われながら、断言できる証拠は余りにも乏しい。今作において時間は万華鏡の鏡像のごとく入り乱れていくのだ。

そしてGheorghe Viorel Todanによる撮影によって世界はまた深く歪んでいく。彼が世界を真正面から捉えることは殆どない。見上げるように、見下げるように、風景を抉りとるように、凍てつかせるように、歪な悪意を以て世界を捉える。その時ペトルやアイダの顔は不自然なまでに斜めに傾き、影に覆い尽くされ、生気を刈り取られていく。更にTodanの撮影で特徴的なのは長回しの異様さだ。例えばパーティ会場を映す時、彼はカメラを空間の中心に固定し、ゆっくりと360度回転させる。来賓客たちが絶えず移動を繰り返す中で、画面の奥の人物たちを映すロングショットが繰り広げられていたかと思うと、ヌッと別の人物が現れ、突如クロースアップに移行する。私たちは絶えず距離感を狂わされる中で、ある当たり前の事実に行き当たる。世界はカメラが映す場所にだけ存在する訳ではないのだと。その瞬間にスクリーンの外へ世界が拡大していくような感覚を味わうかもしれない。しかしそれは明るいものではない、むしろ油が床を這いずるような不穏さを秘めている。

ここにおいて、今作の主人公はペトルたち以上に空間それ自体と言えるようになる。光と闇が交互に現れる砂浜、憂鬱げな曲が流れ続けるダンスホール建築士のそれとしては余りにも殺風景であり生活臭を微塵も感じさせない家の内装、それらがTodanのカメラによって不気味に迫り、いつしか私たちの周囲にすら広がっていくような生々しい幻想を抱く。この不穏に開けていく世界を融通無碍に駆け回る存在がいる、それがジェルだ。彼は猿のような俊敏さと身体感覚で以て、私たちの目前から消え去ったかと思うと、全く別の姿を伴いながら再び現れ、消え去りとそんな躍動を幾度となく繰り返していく。その姿には文字通りの自由さを見出だせる、彼は私たちの救世主なのだ。しかし同時にそれは真逆の感触をも抱かせることとなる、すなわち運命的な不自由の感触を。

彼の姿に代表されるように、今作においては相反する2つの要素が絶えず激突し、その時に生まれる力が物語を牽引していく。世界を駆け回る自由はその実黙示録を思わす不自由に裏打ちされ、ペトルがジェルたちに向ける不器用な愛は不可解な殺意として返されていく。そして劇中でジェルはこんな言葉を呟く、人間の心には欺く自分と欺かれる自分の2人がいると。全てはコインの裏表としての関係性にあり、対立しながらも片方が消えるなら片方もまた消え去るしかない。

だが今作はそのダイナミクスの先を描き出そうとする。後半、観客は荒廃した廃墟やまるで完成することを拒まれたような建設現場の風景を目撃することになるだろう。そして不気味な予感に晒されることにもなる、全ては既に終わっているのではないか? 時代は1968年、チャウシェスクが第一書記としてルーマニアの最高権力者になって数年が経った頃だ。この時期は自由化の気風が吹き荒れていた時であり、まだチャウシェスクルーマニアを救う人物として国民に慕われていた。だがここから数年経たないうちに、ルーマニアは徹底した統制によって独裁政権へと姿を変え、貧困と荒廃がもたらされることになる。“Meandre”はそんな未来の予知夢として当時の人々の前に顕現したのだ。だがそれが遠く過ぎ去った歴史でしかない私たちにとっても、このヴィジョンは凄まじい生々しさを以て迫ってくる筈だ。

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
その15 Paul Negoescu&"O lună în Thailandă"/今の幸せと、ありえたかもしれない幸せと
その16 Paul Negoescu&"Două lozuri"/町が朽ち お金は無くなり 年も取り
その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&"Croaziera"/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
その19 Lucian Pintilie&"Reconstituirea"/アクション、何で俺を殴ったんだよぉ、アクション、何で俺を……
その20 Lucian Pintilie&"De ce trag clopotele, Mitică?"/死と生、対話と祝祭
その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
その26 Lucian Pintilie&"Dupa-amiaza unui torţionar"/晴れ渡る午後、ある拷問者の告白
その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その31 ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女
その32 Ana Lungu&"Autoportretul unei fete cuminţi"/あなたの大切な娘はどこへ行く?
その33 ラドゥ・ジュデ&"Inimi cicatrizate"/生と死の、飽くなき饗宴
その34 Livia Ungur&"Hotel Dallas"/ダラスとルーマニアの奇妙な愛憎
その35 アドリアン・シタル&"Pescuit sportiv"/倫理の網に絡め取られて
その36 ラドゥー・ムンテアン&"Un etaj mai jos"/罪を暴くか、保身に走るか