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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Ana Lungu&"Autoportretul unei fete cuminţi"/あなたの大切な娘はどこへ行く?

現在大隆盛を遂げているルーマニア映画界には、傍目から見れば何の問題もないように見える。だが内部で叫ばれているのは女性監督の圧倒的な不足だ。例えば以前紹介した「テキールの奇跡」ルクサンドラ・ゼニデや、アニメーションと実写を交互に行き交う監督Anca Damian アンカ・ダミアンなど居るには居るのだが、片手で数えられるくらいその数は少ない。それによって語られない声があることが問題とされているのである。今回はそんな中で現れた女性新人作家であるAna Lunguと彼女の出世作"Autoportretul unei fete cuminţi"を紹介して行こう。

この物語の主人公は30歳のクリスティアーナ(Elena Popa)という女性、1人暮らしを始めた彼女は現在大学院で地震学についての論文を執筆中の身だ。しかしこの先について考えると不安ばかりがよぎってしまう。そうして彼女は日々眠れない夜を過ごしていた。

今作はそんなモラトリアム真っ只中なクリスティアーナの日常を素描していくという作品だ。眠れない夜に友人であるアレックス()の元へと押しかけセックスの前戯について喋ったりする一方、教授の執務室では彼の論文指導へ真剣に耳を傾ける。かと思えば友人たちと美の定義についてベラベラ御託を並べ立て、結構お金持ちな両親(Dan Lungu&Magdalena Lungu、監督の実の両親である)の家ではドレスをもらって大喜びしたり……

今作に見られるLung監督の美意識は徹底して洗練されている。 撮影監督Silviu Stavilăはカメラを深く地に据えて、ストイックな長回しによって目前の光景を切り取っていく。皺だらけになったベッドのシーツ、クリスティアーナの吸う煙草の煙、タクシーの後部座席に座る彼女の何処となく不満げな表情、秋の色彩に塗り潰されたブカレストの公園。そういった何気ない日常に根差した光景の数々が魅力的に捉えられていくのだ。

この美意識は例えばコルネリュ・ポルンボユクリスティ・プイユの作風と濃厚に共鳴を果たしている訳だが、特に後者はLung監督が「ラザレスク氏の最期」のスタッフであったり、彼の製作会社Mandoragora Productionが今作のプロデュースを担当していたりと関係がとても深い。更にプイユの妻である製作者アンカ・プイユは犬の飼い主役としてもカメオ出演を果たしていたりする。

そして物語は"従順な娘"の心の深層へと分け入っていく。彼女の実家は裕福で経済的には恵まれていて、そこからの自立を求められている訳だが、我がまま娘は1000ユーロもかかる由緒ある血統の犬を飼いたいと親にせがんで呆れられまくる。更に問題なのはダン(Emilian Oprea)という男性との関係だ。彼は父の友人で妻帯者なのだが、秘かに浮気してる訳だ。彼のことが好きでセックスするのは気持ちが良いが、ダンが自分を大切にしてくれる様子は微塵もない。それでも愛してしまって泥沼状態。Lung監督はそんなクリスティアーナ独りよがりだけどもどうしようもない切実さを、静かに画面へと滲ませていくのだ。

今作はルーマニアの先達による作品以上に、いわゆるアメリカの一潮流であるマンブルコアを彷彿とさせるものだ。超低予算、金がないので出演陣には友人たちや自身の両親を総動員という側面が共通、更には脚本も自分の体験を多分に反映させており、両親が引っ越して結果的に独り暮らしになった寂しさをそのまま脚本にしたのが今作の始まりだという。

だがもう1つ最も重要なマンブルコア的要素を今作も内包しているのだが、それが日常に根差した身体性である。今作ではセックスについての考え方もセックス自体も全てがあけっぴろげにしてあり、その野ざらし具合に気圧される場面も少々存在する。だがこのリアルさは自分たちのリアルを自分たちで語るという決意表明であり、その力強さが確かに宿っているのだ。その中で特徴的なのは着替え場面の多さだ。必然的にクリスティーナたちのありのままの日常が描かれると共に、何だか上手く服を着られない姿の数々には、彼女が何となく世界にフィットしない感覚が妙に生々しく伝わってくるのだ。その意味でクリスティアーナ役のElena Popaはマンブルコアにおけるグレタ・ガーウィグっぽさもあったりする。

"Autoportretul unei fete cuminţi"はそんなフラッフラな女性のフラッフラな人生の一瞬を切り取った愛おしいポートレイトなのだが、ある場面で彼女はAda Mileaという変な曲ばかり作ることでお馴染みのルーマニア人歌手の歌を唄う。"パパ、卒業したよ、パパ / あなたの大切な娘はどこ行くの? / 負け犬になって腐っていくの / パパ、卒業しちゃったよ! / 助けて! / もう死んじゃう! / どこかで働くべきなの?"……この映画を観た後にはそんな彼女に、大丈夫、きっと大丈夫、何となるよなんて、そんなことを言いたくなることだろう。

ルーマニア映画界を旅する
その1 Corneliu Porumboiu & "A fost sau n-a fost?"/1989年12月22日、あなたは何をしていた?
その2 Radu Jude & "Aferim!"/ルーマニア、差別の歴史をめぐる旅
その3 Corneliu Porumboiu & "Când se lasă seara peste Bucureşti sau Metabolism"/監督と女優、虚構と真実
その4 Corneliu Porumboiu &"Comoara"/ルーマニア、お宝探して掘れよ掘れ掘れ
その5 Andrei Ujică&"Autobiografia lui Nicolae Ceausescu"/チャウシェスクとは一体何者だったのか?
その6 イリンカ・カルガレアヌ&「チャック・ノリスVS共産主義」/チャック・ノリスはルーマニアを救う!
その7 トゥドール・クリスチャン・ジュルギウ&「日本からの贈り物」/父と息子、ルーマニアと日本
その8 クリスティ・プイウ&"Marfa şi Banii"/ルーマニアの新たなる波、その起源
その9 クリスティ・プイウ&「ラザレスク氏の最期」/それは命の終りであり、世界の終りであり
その10 ラドゥー・ムンテアン&"Hîrtia va fi albastrã"/革命前夜、闇の中で踏み躙られる者たち
その11 ラドゥー・ムンテアン&"Boogie"/大人になれない、子供でもいられない
その12 ラドゥー・ムンテアン&「不倫期限」/クリスマスの後、繋がりの終り
その13 クリスティ・プイウ&"Aurora"/ある平凡な殺人者についての記録
その14 Radu Jude&"Toată lumea din familia noastră"/黙って俺に娘を渡しやがれ!
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その17 Lucian Pintilie&"Duminică la ora 6"/忌まわしき40年代、来たるべき60年代
その18 Mircea Daneliuc&"Croaziera"/若者たちよ、ドナウ川で輝け!
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その21 Lucian Pintilie&"Balanța"/ああ、狂騒と不条理のチャウシェスク時代よ
その22 Ion Popescu-Gopo&"S-a furat o bombă"/ルーマニアにも核の恐怖がやってきた!
その23 Lucian Pintilie&"O vară de neuitat"/あの美しかった夏、踏みにじられた夏
その24 Lucian Pintilie&"Prea târziu"/石炭に薄汚れ 黒く染まり 闇に墜ちる
その25 Lucian Pintilie&"Terminus paradis"/狂騒の愛がルーマニアを駆ける
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その27 Lucian Pintilie&"Niki Ardelean, colonel în rezelva"/ああ、懐かしき社会主義の栄光よ
その28 Sebastian Mihăilescu&"Apartament interbelic, în zona superbă, ultra-centrală"/ルーマニアと日本、奇妙な交わり
その29 ミルチャ・ダネリュク&"Cursa"/ルーマニア、炭坑街に降る雨よ
その30 ルクサンドラ・ゼニデ&「テキールの奇跡」/奇跡は這いずる泥の奥から
その31 ラドゥ・ジュデ&"Cea mai fericită fată din ume"/わたしは世界で一番幸せな少女