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映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Octav Chelaru&"Statul paralel"/ルーマニア、何者かになるために

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私は5年ほど前にCorneliu Porumboiu コルネリュ・ポルンボユ監督の第2長編"Polițist, adjectiv"を観た時の感動を、昨日のように思いだせる。EU加盟を前にして、マリファナを密売する高校生を逮捕するか否か迷う警察官の姿を追った本作は、今まで観てきた映画とは何かが違った。凄絶なまでに息苦しい長回し、自身の生きる国ルーマニアに対しての鋭敏な批評、そして異様なまでにドス黒いユーモア。その数々は深く私を魅了した。そこからルーマニア映画を大量に観始めた訳だが、最近あるルーマニア映画の新作を観て、この感動を新鮮な形で思い出した。その作品こそルーマニアの新鋭Octav Chelaru監督の短編"Statul paralel"である。

今作の主人公はダン(Gabriel Huian)という20代の青年だ。彼はセキュリティの専門家として働いているのだが、ある日不穏な電話を受け取る。とにかくある人物のパソコンの不調を直してほしいというのだが、そのために彼は日本風のスパに連れていかれ、部屋でその応対をすることになる。怪しく思いながらも、仕事を進めるダンだったが……

まず際立つのはルーマニア映画には欠かせない、徹底したリアリズムである。Chelaruは撮影監督のBarbu Balasoiuとともに目睫の光景を静かに眺めることになる。カメラはとにかく不動であり、カットも途切れることがない。この長回しが持続していくにつれて、私たちはまるで禅の修行をしているかのような気分に陥ることだろう。この禅問答のなかで、物語はゆっくりと進行していく。

応対する相手(Alin Florea)は会社の重役のようであり、かなり尊大な態度を見せる。だがパソコンに関する知識はほとんど皆無で、常に無知を露呈しつづけ、それに対しダンは臆病に対応していく。ここに現れるのが無表情のユーモアだ。男の姿は典型的な"パソコン分からないおじさん"のそれであり、ここに口角が自然と上がってしまうような笑いが宿っている。そんな尊大ながら無知な男と臆病なダンの対話には、例えばジム・ジャームッシュなどを彷彿とさせる絶妙な間が存在し、私たちを静かに笑わせるのだ。

だが物語は徐々に不穏な方向へと舵を切っていく。仕事にはやはり裏があり、不気味な闇が現れはじめる。だがダンにとってこの仕事は何者かになるチャンスのように思われる。引くか引かないか懊悩をズルズルと続けるうちに、彼は後戻りのできない所まで辿りついてしまう。

今作を支える存在は主人公であるダンを演じるGabriel Huian ガブリエル・フイアンだ。病的に細く、神経質な風貌の彼は、挙動不審になりながらも仕事を何とか遂行しようとする。このHuianが体現する身近な弱弱しさこそが、私たちをこの物語へと引きこんでいくのである。さらにそこには何者かになりたいという静かな切実さも存在しているのだ。

そして本作は、先述した"Polițist, adjectiv"がそうであったように、ルーマニア映画に頻出するテーマである職業倫理に対する深い洞察へと辿りつくことになる。仕事と個人の境界線はどこにあるのか? この境界線を踏みこえた時、一体何が起こるのか? こういった意味で"Statul paralel"は正に正統なる現代ルーマニア映画だと言える。最後に1991年生まれのChelaru監督による、自分より世代が上の"ルーマニアの新しい波"に関する発言を紹介してこの記事を終ろう。

""ルーマニアの新しい波"のなかで見逃した作品は1本もありません。Calin Peter Netzer カリン・ペテル・ネッツェル「私の、息子」でベルリンの金熊賞を獲得した時にはとても誇りに思いましたね。その時私たちは実家にいて、インターネットで映画祭を観てたんです。そしてサッカーチームが点を取った時のように飛びあがりましたよ。

彼らの作品はとても魅力的に感じます。反抗するためにはまず何かを学ぶ必要があります。最終的に、私はコピーした訳です。この言葉を恐れてはいません。私は彼らの作品に触発されているんです。もちろん他の事柄、他の美学も好きですよ。だけでもどうやってそれを手に入れるかが分からないんです。少ないリソースだけで映画を作る時、私はこれが唯一の解決法だと悟りました。シンプルなショット、手持ちカメラか三脚で固定されたカメラ、長い台詞、そして真実味のある演技です。後々、物事は発展していき、他の映画においては他の物事も試しました。しかしリソースが限られているとやはりとても難しいんです。

"ルーマニアの新しい波"の後に現れたのは犠牲の世代であり、今でもそれが続いています。"新しい波"を理解せずただ形だけを模している人物たちもいます。彼らは形のなかに秘密の嘘があると信じているんです。しかしそれは違います。秘密は基本的に人々が語ること、彼らのユーモア、彼らが言及するものにこそ存在するんです。"*1

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