鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済藤鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

Kaouther Ben Hania&"Beauty and the Dogs"/お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?

以前、“À peine j'ouvre les yeux”というチュニジア映画をこのブログで紹介したアラブの春直前を舞台に、バンド活動に明け暮れる少女の姿を通じて若者の未来への絶望感や家父長制社会からの抑圧を描き出した青春映画が本作だった。今回紹介するKaouther Ben Hania監督の長編映画“Beauty and the Dogs”もまたチュニジアのそういった現状を、若者の目から描く作品である。

Kaouther Ben Haniaは1977年8月27日、チュニジアのシディ・ブジドに生まれた。最初は大学で貿易業について学んでいたが、2002年からチュニス美術映画学校に通い、映画製作について学ぶ。そして2004年からはフランスの名門La Femisに留学し、勉学を続けていた。在学中から短編製作を始め"La Brèche"(2004)や"Moi, ma sœur et la chose"(2006)などを監督し、映画祭で賞を獲得するなどする。

2006年にはアルジャジーラのドキュメンタリー部門に勤務し、更に2007年からはソルボンヌ大学でドキュメンタリー制作について学び修士学位を取得した。そして2010年には彼女にとって初の長編ドキュメンタリー"Les imams vont à l'école"を製作、こちらはパリのモスクで勉学に励むイマーム見習いの若者たちを描いた作品だった。幾つかの短編を経て、2013年には初の劇長編"Le challat de Tunis"を手掛ける。アラブの春直前のチュニス、とある女性監督が10年前に起こった自転車の男が女性の尻を切り付けるという事件の謎を追う……という物語で、アミアン国際映画祭、トラヴァース・シティ映画祭で賞を獲得するなど話題になる。2016年には第3長編"Zaineb n'aime pas la neige"を監督、父の死をきっかけに母とカナダへ移住したチュニジア人の少女を描いた作品でロカルノヨーテボリ映画祭で上映される。そして2017年には第4長編となる"Beauty and the Dog"を完成させる。

主人公は21歳の大学生マリアム(Mariam Al Ferjani)、この日彼女は学校主催のパーティーへと赴き、友人たちと共に羽目を外してはしゃぎ回っていた。その途中で彼女はユセフ(Ghanem Zrelli)という若者と合流することになる。少し話し込んだ後、2人はパーティー会場を抜け出して、外へと出ていく。

まず目を惹くのは撮影監督Johan Holmquistによる流麗な長回しの技術だ。まずトイレでの化粧直しから幕を開け、友人たちとのお喋りに鏡の前での自撮り、そして会場へと戻って音楽に身を任せて踊り始める。この一連の流れを彼は長回しで連綿と紡いでいくのだが、浮かんでは消えるチュニジアの若者文化も私たちの目には興味深く映るだろう。自撮りなど私たちにもお馴染みな行為はアフリカの遠き国の若者に親近感を感じさせる類いのものであり、極彩色に包まれたパーティー会場の活気もまた同様だ。それでいて流れる音楽はEDMに加えてこの国の伝統音楽など、日本とは異なる部分もある。そうした文化をもHolmquistは長回しで映し取っていく。

だが約10分にも渡る長回しが終りカットが変わった後、状況は一変する。外の通りを走るのは、ドレスが乱れたのも気にせず号泣しているマリアムの姿だ。ユセフはそんな彼女を必死に追いかけて、落ち着かせようと言葉をかける。そして2人は病院へと向かうのだが、受付の女性にIDが無ければ診察は受けられないと拒否されてしまう。マリアムたちは仕方なく別の病院へと向かうことになる。

観客は上述した2つの場面を観ながら、あることに気づくだろう。それは1つの場面ごとにカットが一切途切れないという事実だ。そう“Beauty and the Dogs”はいわゆるワンシーンワンカットの手法で撮影された作品であり、たった10個の長回しで以て本作は構成されているのである。そんな長回しが描き出すのはマリアムたちが巡る1夜の悪夢だ。2つ目の病院へと辿り着いたは良いのだが、夜なのに病人たちで犇めく姿はさながら地獄のようだ。更にここでも自分たちの要望は否定されてしまい、事態は官僚主義的なたらい回し劇の様相を呈し始める。

だがマリアムたちは何とか警察と接触し、自分たちが遭遇した事件について語り始める。2人が夜の砂浜で散歩していた時、警察官らしき男たちが車でやってくる。そして突然ユセフを逮捕したかと思うと、マリアムを車へと拉致し彼女をレイプしたというのだ。だがその話を聞いた警察官は信じられない言葉を口にする。“お前そんな露出の多い格好でレイプされたなんて主張するのか?悪魔が聖母マリア様を妊娠させようってか、ええ?”

ここで長回しの効能が遺憾なく発揮されることとなる。薄暗い部屋の中、マリアムとユセフは横暴な警察官に詰め寄られて危機に陥っていく。マリアムの震えるような恐怖、ユセフの事態を把握できない故の当惑、警察官たちの剥き出しになった軽蔑、そういった感情の数々が一繋ぎに描かれていくことで、その感触がより生々しく迫ってくるのだ。

そしてこの警察署内においてチュニジアの家父長制の悪夢が繰り広げられることとなる。警察官たちはドレス姿のマリアムに卑猥な視線を向け続けるが、彼女の主張を真面目に聞くことは殆どない。なかには女性警官もいるのだが、彼女ですらマリアムの話を怪訝そうに聞き、告訴したいのなら袋の中に下着を入れなさいと冷淡な態度を取る。先に記した“”は警察官の横暴をやはり描き出していたが、同時に女性同士の連帯をも描き出していた。だがこの苛烈な家父長制下においては、女性同士の連帯すらも潰される地獄絵図が広がることになるのだ。

さて、私は当初この映画の題名“Beauty and the Dogs”に疑問を持っていた。“the Dogs”というのは横暴な警察官らを表現した言葉というのは理解できるとして*1では“Beauty”とはレイプ被害に遭ったマリアムを指すのだろうか。それは自身が非難しようとしている性差別の陥穿に自分で嵌まってしまっては居ないだろうか、そう思えたのである。

しかしその理解は誤りだったと後に分かる。ある時尋問する警察官がマリアムに対してこんな言葉を吐きかけるのだ。“こんな告訴をしたら、この国や警察が汚されてしまうのが分からないのか。お前はこの国を、この美しい国を愛してるのか?愛してるならどうしてこんな愚行を犯せる?” この発言から察せられる通り、つまり“Beauty”が指し示すのはこの腐敗した国チュニジアなのだ。国には冠詞が付くことはない。だから単に“Beauty”な訳であり、ここには腐敗への皮肉とマリアムたちの絶望感が濃厚に反映されているのだ。

"Beauty and the Dogs"は1人の大学生がレイプされた事から起こる悪夢の1夜を描き出した作品だ。チュニジアに広がる絶望、警察に内在する下劣な腐敗、悍ましき女性差別の実態が、息詰まる臨場感の張り詰める長回しで描き出される様は正に圧巻という他ない。そして見終わった後もまたこの言葉が頭に響き渡り続けるだろう。"お前はこの国を、この美しいチュニジアを愛してるか?"

今作はカンヌ国際映画祭ある視点部門でプレミア上映後、バリャドリッド国際映画祭の若き審査員賞を獲得するなど高評価を得た。2018年には新作短編"Sheikh's Watermelons"がお披露目予定、とあるイマームが巻き込まれる事件を描き出したコメディ作品だそうだ。ということでBen Hania監督の今後に期待。

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*1:だが納得はしていない。何故なら犬は忌むべき相手ではなくもっと平和的な存在だからだ。私の“犬”を否定的に使う言葉への不信感はこの記事を参照