鉄腸野郎Z-SQUAD!!!!!

映画痴れ者/ライター済東鉄腸のブログ。日本では全く観ることができない未公開映画について書いてます。お仕事の依頼は 0910gregarious@gmail.com へ

“まなざし”という断罪「偽りなき者」

「わたし、ルーカスなんてきらい」
 闇に充ちた部屋の中、その黒に溶けてしまいそうな程に小さな声で、クララ(アニカ・ヴィダコプ)はそう呟いた。
「どうして?」
 彼女を探しにやってきたグレタ(スーセ・ヴォルト)は、少女にそう問いかけた。
「だってすごくバカだし、それにおちんちんがついてるんだもん」
 そんな一言にグレタは愛おしげな微笑を浮かべた。ただの妄想、たわいもない一言、そう思う彼女の笑みをオレンジの灯が優しく照らし出す。
「おちんちんなんて、貴方のお兄さんや、それにお父さんにも付いてるのよ」
 それは教え諭すような声色だった。グレタの瞳には未だ、柔らかな温もりが宿っている。だが――
「でも……ルーカスのはピンと立ってたの」
 グレテの表情が一瞬に曇る。その一言の、胡乱な響きを嗅ぎ取ったから。
 そしてクララの口から語られていくい何気ない筈の“言葉”。それは大好きなルーカス(マッツ・ミケルセン)を、ただ少しだけ困らせたかったためだけのちっぽけな“嘘”の筈だった。しかしその“嘘”は小さな町に激動を生み、ルーカスの人生を狂わせていく。

 この「偽りなき者」は“言葉”によって窮地に追いやられていく男の姿を描いた物語だ。
“Af børn og fulde folk skal man høre sandheden”――子供と酔っ払いはウソをつかない
 という諺の通り、人々は少女の“言葉”を真実として疑わず、ルーカスは町のの住民や恋人、そして長年来の親友テオ――彼こそが少女の父親であるのだが――から『忌むべき犯罪者』という烙印を押され虐げられる。“無垢”の意味を掛け違えた大人たちの思い込みの一方的な投映は、少女の“言葉”への無条件の信奉を生み出して、ルーカスの痛切な訴えは容易く無視される。そうしたディスコミュニケーションによって独り歩きする猜疑と悪意は、雄弁を以てその歩みを加速させていく。だがしかし、その雄弁とは劇中において表立って現れる“言葉”ただ一つによるだけのものではない。それらと反して音も無く、だが確実にルーカスの心を蝕んでいくものがある。それが“まなざし”だ。
「偽りなき者」の撮影の特色として、全編を通じ登場人物の表情に寄り添うクロースアップが多用されている点が挙げられるだろう。ルーカス、恋人のナディア(トマス・ボー・ラーセン)、その息子マルクス(ラセ・フォーゲルストラム)、テオ(トマス・ボー・ラーセン)、彼の妻アグネス(アンネ・ルイース・ハシング)、そして名もなき幼稚園の子供たち、そしてルーカスを虐げる町民たち――例えばルーカスを精神的かつ肉体的暴力を加えるデパートの店員たち――そして何より少女クララの表情。誰もが平等にその表情をスクリーンに晒されるが、その顔の何よりも、時には言葉よりも饒舌に、瞳は人間の心を語る。

『お前は嘘をつく時、視線がフラフラするんだよ』
 未だ町が平和だった頃、二人が“嘘”によって分かたれていなかった頃、テオがルーカスに言った一言だ。この言葉は二人が分かたれた後のある対峙に大きな意味を持つが、このようにクロースアップに晒される数々の瞳が湛える偽り、悪意、慈愛、哀切が物語の重要なファクターとして機能していると言える。
 町民たちのルーカスに対しあれほど親愛に見開かれていた瞳は、冷たい酷薄な視線で以てルーカスを突き刺す。グレタのルーカスに対する軽蔑は神経質な瞬きとして現れる。アグネスが向ける視線は研がれたナイフのような憎悪を伴い、
しかしその瞳には冷えた涙に濡れている。ルーカスの理解者である筈のナディアのまなざしはどうだ?最初は笑い飛ばす程の鷹揚さと慈愛が瞳にはあった。だが悪意に心が塗り替えられていく最中、慈愛が猜疑へと変容していく過程をまざまざと見せつけられる。そして息子であるマルクスのまなざしは揺れる。はっきりとした二重瞼に、だが幼い瞳。信頼と哀切の狭間でそれは揺れ動く。ただ純粋に何の想いも介在させること無くルーカスを見つめるのは、愛犬のファニーただ一匹である。

 だが忘れてはならないのが、まなざしに断罪されるルーカスもまた、まなざしで以て心を語るということだ。言葉や行動を越えて瞳は痛切なる叫びを放つ。終盤、クリスマスイヴの教会においてルーカスがテオと対峙するその時、互いが互いの瞳を真っ直ぐ見据える。そのルーカスの瞳には血が滲み涙が浮かぶ。何も語られることはない。そこに言葉が介在する余地はないのだ。ただルーカスの透徹なる“まなざし”は、テオを、そして私たちを見据え続ける。

 ラスト、とある場所でルーカスはクララを見つめることとなる。彼女こそ自分を凍てついた地獄に追い込んだ張本人だ。だがどうすればいい、彼女の“嘘”を断罪することで全ては救われるのか?余りにも多くの感情が入り混じった最後の“まなざし”それを見た私たちは一体何を想えば良いのだろうか。


こんなインテリヤクザみたいな人出てた……?(あのクマッチョの親友ヒゲ無しVerです)